第35話:執事「お祭りデートやめろおおおおおお!!!」



「……それでヴァイスくん。その恰好はなんなのよ?」


「む」



 ケーネリッヒを追っ払った後のこと。

 わたしとヴァイスくんは盛り上がる雑踏を歩いていた。


 あぁアシュレイ? あいつは数十人の子供たちに『なにその着ぐるみー!?』『かわいー!』と群がられて溺れ死んだわ。死因:ロリショタ。


 まぁそれはともかく、



「ヴァイスくん、なんで『ヴァイス王子のコスプレ』なんてトンチキな真似したわけ?」



 おかげでちらちら見られ放題よ。

 死んだはずの第一王子が歩いてるんだもん、みんな「マジで!?」って顔してるわ。



「……これ、王都まで噂が届いたら『地獄狼』の連中が大軍勢で押し寄せてきちゃうんじゃないの?」



 その危険性をわかっているのだろうか。

 そう思案するわたしに、だがヴァイスくんは「安心してほしい」と言ってのけた。



「アシュレイとも相談した『現政権にダメージを与える策』だ。これに対して連中は、決して大仰に動くことはできない」


「な、なによそれ?」



 一体どういうことなわけ?



「まず『ヴァイス似の男がいた』という噂が王都に流れたとしよう。そうなれば、俺を慕ってくれる連中も現政権の者たちも、どちらも騒ぐことだろう」


「そりゃそうね」



 前者は希望を見出し、後者は不安になると思うわ。



「これに対し、シュバールを始めとした現政権の者らは動けない。戦争で忙しいというのもあるが、何より」



 ……あっ。



「そっか。だってアイツら、『ヴァイス王子は死んだ!』って、偽物の死体まで用意して大発表したばっかだもんね」



 ゆえに騒げるわけがない。

 

 なのにワーワー慌てて兵を向かわせたら、本当はヴァイスくんが生きてるんだって知らしめるようなものだわ。



「そうだ。ゆえに奴らは静観を決め込むしかない。ただでさえ革命で乗っ取ったガタガタの政権下で、偽の死体を用意してまで嘘を吐いた――なんていう外道で情けない策が露見してみろ。国がひっくり返るような大暴動に発展することだろう」


「うわー……」



 そらバレるわけにはいかないわ。

 今はみんな恐怖で凍り付いてる感じだけど、マイナス感情も加減ぶっちぎったら大爆発するわよねぇそりゃ。

 それで国自体が運営できなくなったら終わりね。

 だからシュバール第二王子は黙り込むしかないってわけか。



「その上で民衆には希望を残せる。あの革命から逃げ延びた敗残兵たちも、噂を聞いて密かに集まってきてくれるかもしれない。そう願って俺は顔を晒したのだ」


「な、なるほど……」



 ヴァイスくんらしからぬ大胆な策である。

 いやわたしは面倒ごと大嫌いだから敗残兵集まってくるのは正直勘弁したいけど、でも効果的な案だとは思うわ。



「理解したわ。アシュレイと相談の上とはいえ、そんな策がヴァイスくんの頭から出てくるなんて驚きね」


「あぁ。最近はレイテ嬢にお昼寝させてもらってるからな。ちょっと冴えてる」


「普段からちゃんと寝なさい」



 ほんといい加減にしなさいよね特訓気絶部?



「……今回の『ラグタイム公国』侵略の件で思い知ったからな。焦るのも駄目だが、手をこまねいていては国も周辺国も滅茶苦茶になってしまう。出来ることはしなくてはならない」


「その意見には同意するわ」



 レイテちゃんは僻地でのんびり民衆を虐げてたいんだけどね。

 だけどこのままじゃ、足場であるストレイン王国自体がぶっ壊れちゃいそうだもの。

 流石にそれは勘弁よ。



「まぁ、現状出来るのはこの程度だがな。これでシュバールも……弟も少しは肝を冷やしてくれるといいんだが」



 ぼやくように言うヴァイスくんの口調には、親愛の情がほんのりと紛れていた。

 例の弟さんに対して非情になりきれないのね。



「甘ちゃんヴァイスくんねぇ」


「甘ちゃんヴァイスくんだ」


「でも、やるときはやるんでしょ」


「……ああ」



 彼は腰の辺りに手を持って行った。

 普段、刀剣を下げている場所だ。

 今は仮装中ゆえ空いているが、必要な時には必ず剣を握ってくれることだろう。

 彼はそういう人間なのだ。



「やるときは、やるさ。兄として、これ以上シュバールの手を汚させないためにな」



 そう語る彼の目は熱い。

 最初は冷ややかに思えた彼だが、その無表情な顔の奥には色んな感情を持ってるんだって今ならわかる。



「よしっ、そうと決まれば今はひたすら遊びましょっか!」



 迷子にならないようヴァイスの手を引っ張ってあげる。

 ぼーっとしてるとこあるからねぇこの子は。



「楽しいわよ~『大仮装祭』は。みんなの恰好を見るもヨシ、色んな出店で食べ歩きするのもヨシ、他には腕相撲大会に歌唱大会とかカードゲーム大会もやってたり、出稼ぎ商人たちの大露天市場を覗いたり~」



 ね、わくわくするでしょヴァイスくん!?



「ああ、すでに楽しくてたまらない。さっきから胸がはち切れそうだ」


「ってもうそこまで楽しんでるの!?」



 まだわたしと歩き始めたばっかじゃないの。

 そんな何の面白みもない地点ではち切れそうになってたら、今からヴァイスくん八つ裂きになっちゃうわよ?



「まぁ、ヴァイスくんはしぶといから大丈夫かな」


「ああ、革命により丸焼けにされてもしぶとく生きてるヴァイスくんだ」


「ってコメントに困るわっ!」



 まったく彼は相変わらずねぇ。

 でもま、ちょっとトンチキなところが一緒にいて飽きないからいいんだけどね。



「よしヴァイスくん、視察がてら街中の店舗を回るわよ! 悪の女王が案内役をしてあげるわっ!」


「む、そんな案内役がいるのか?」


「ってこのレイテ様に決まってるでしょうがーーーっ!」



 わたしは彼の手を引くと、雑踏の中に飛び込んでいった!



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