第34話:ケーネリッヒのハンガリア領探索碌②



 そして。



「はぁ……こんな街外れすら、他の場所とは違うのか」



 ケーネリッヒが逃げてきたのは、大通りから遠く離れた郊外だった。

 普通、こうしたところは貧民街と化しているのが常である。

 実際、古い建物やいかがわしそうな店こそあるが、



「おう坊ちゃんッ、傷だらけで喧嘩でもしたかい? ウチのボロ屋でよけりゃぁ休んでいくかァ?」


「こんな男についてっちゃダメよー。こいつ、新築の家建てるために節約中だから、お湯みたいに薄いお茶を出されるわよ?」



 ……こんな場末の住民たちでさえ穏やかな有り様である。


 豊かでなくとも最低限の生活は送れているのだろう。

 貧民街の住人だというのに頬がこけていることもなく、何かの病気を患っている様子もなかった。



「……そういえばレイテが言ってたな。民衆たちを下からどうにかしていくとか……」


「応ッ、その通りよ。給料の最低額? っつーのを法で決まってくださったからよぉ、おかげでどんな仕事でも必死にやりゃぁ食ってはいけるぜ!」



 ケーネリッヒのつぶやきに荒くれ風の男が笑う。

 露出の多い女も「そうそう」と頷いた。



「色んな事情であんまり稼げないヤツには、医者代を安くしてくれたりねぇ。おかげでアタシらみたいなどーしようもない連中も、犯罪だけにゃぁ走らずやっていけてるよ」


「なるほど……」



 当初、ケーネリッヒは社会的下層ボトムに対するレイテの救済案を馬鹿にしていた。


 “下の連中を幸せにしたいなら仕事を用意してやればいいだろうが”


 適当にインフラ工事の仕事でも作って、募集をかけてやるのが常識だろうと。

 だが、



「レイテ様にゃぁ助けられてるよ。オレ、こう見えて色々あって、大人の男が一緒だと吐きそうになるんだわ。だからこの地に流れてくるまで、碌な仕事に就けなくてよぉ……」


「アタシんちは母さんがボケちまっててねぇ。目が離せないからろくに働けないし、病院にブチ込む金もない。だから捨てちまおうと思ってたくらいだけど……レイテ様のおかげで、ちゃんと病院に入れることが出来た」



 社会にはいるのだ。

 怪我や病気、さらにはそれら以外のどうしようもない理由で、働くこと自体難しい者たちが。

 野垂れ死ぬか犯罪に走るしか道がない、真の社会的弱者たちである。



「いやぁ、『楽園みたいな辺境領がある』って噂はマジだったんだなぁ」


「アタシらも盛り立てていかないとねぇ!」



 どこの領主も目障りにすら思っていた彼ら。

 だがレイテ・ハンガリアは、そんな者たちすら救いあげて見せた。



(まったく、あの女は……)



 完敗である。

 とっくに気付いてはいたが、やはり彼女はすさまじい。

 誰かを救い幸せにする。その善なる才能において、レイテ・ハンガリアの右に出る者はいないだろう。



(だから父様がた、この地を狙うのはやめておけ)



 数年前、ハンガリア領の領主夫妻が亡くなった時、親戚筋であるオーブライト家は誰もこの地を欲しがらなかった。

 ゆえに当時十歳程度だったレイテに押し付け、いつ潰れるか賭けていたほどだ。

 その結果が、これである。



「ほれ坊ちゃん、顔見ねぇところを見るに他の領地から観光できたんだろ? 元気があんなら楽しんでけ!」


「そうそう、今日は祭りなんだからね。レイテ様のためにも外貨落としていってね~!」


「こら性悪女ッ、なに言ってんでい!?」 



 快活に笑い合う貧民たち。


 ――もしもレイテを領主の座から追い落とそうものなら、彼らはきっと鬼になるだろう。



(この地の発展はあの女あってのものだ。だからどうか変な考えはやめてくれるといいが……)



 それと同時にケーネリッヒは思う。

 自分もいつか、彼女に並び立てるような男になりたいと。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る