第33話:ケーネリッヒのハンガリア領探索碌①



「ち、ちくしょぉ、なんだアイツ~~~~~~~~~~~……!?」



 ぶっ飛ばされたケーネリッヒ。

 当然ボロカスにはなってたけど、意外と意識は保っていた。



「元気そうねぇアンタ」


「うぐっ、レイテ・ハンガリア……! おい貴様、あの男は何だ!? あんな強い男をどこで見つけた!? いくらで雇った!?」



 んーいくらだったっけ?



「元傷病奴隷だったから安かった気がするわ。それでなんか大人買いしたら交ざってたの」


「そんなオマケ付きの菓子みたいな手に入れ方を!?」



 まぁ事実そうだったからね。



「くそっ……相変わらず運のいい女め。だから貴様が気に食わないんだ」



 苛立たしげに吐き捨てながら、彼はよろよろと立ち上がった。



「ふらふらじゃないの。肩貸しましょうか?」


「よ、余計なお世話だっ! くそっ、せいぜい必死に領主の座を守り抜くがいい」



 よたよたと去っていくケーネリッヒ。

 いつの間にか集まっていた野次馬たちに「どけっ!」と吠え、



「……今やこの領は、父様たちに狙われてるんだからな」



 そう言い残し、雑踏の中に消えていくのだった。



「ふう、なによアイツ。散々喚いて暴れた後、脅しまでしていったわ」



 相変わらずガキねぇ~と肩をすくめる。

 ヴァイスくんもそう思うでしょ?



「ふむ。なぁアシュレイよ、彼はもしやレイテ嬢を」


「まぁそんなところだ。だから私も本気で排除しようとは思っていない」



 ってちょっと。わたしを置いて何二人でコソコソ話してるのよ?

 


「レイテ様も交ぜてよ」


「「いやこの話題は少し……」」



 ってなんなのよもー!?




◆ ◇ ◆






「くそぉ、レイテ・ハンガリアめ……!」



 空前絶後の賑わいを見せるハンガリアの街。

 誰もが様々な恰好で『大仮装祭』を楽しむ中、ケーネリッヒは一人不機嫌そうに歩いていた。



「ふん、本当に気に食わないな。あの女も、この領地も」



 とても辺境都市とは思えない。

 普通、国の外縁地は地獄のような環境である。

 日々未開拓の地から押し寄せてくる魔物に怯え、死の恐怖に震えているのが日常のはずだ。


 それなのにこれはなんだ?


 少し周囲を見渡せば、華やかな街並みと溢れんばかりの笑顔の数々。

 この地の噂を聞きつけて観光客までやってくる始末で、これでは王都顔負けである。


 しかも、



「おや坊や、傷だらけじゃないか! どれ、おじさんが治療してあげよう」


「な、なんだ貴様はっ、医者か!?」


「いや、うさぎの餌売ってる」


「医療とまったく関係ないじゃないか!?」



 そう怒鳴るケーネリッヒに、話しかけてきた男は「いいものがあるんだよ」と言って、



「はい絆創膏ばんそうこうだよ。ほっぺの傷にぺたりとね」


「っ、なんだこれは!?」


「ドクターさんの発明品でね。膏薬のついた紙片に粘着性をもたせた医療品で、誰でも気軽に持ち歩けて使えるんだ」


「な、なるほど……」



 仕組み自体は簡単な品である。

 だがそういう『思い付きそうで誰も思いつかなかった物』こそ発明品というのだ。

 ハンガリア領にはそうした優れ物が溢れていた。



「ボロボロの衣装は服屋に持っていくといい。ミシンが開発されてから本当に仕事が速くなったからね、すぐに直してくれるさ」


「み、みしん?」


「そう。足踏みを動力にした自動縫い機でね。でもレイテ様が名前が可愛くないと言って、『踏むときミシミシ音するからミシンでいんじゃない?』と名付けたんだ」


「えぇ……」



 そんな軽く常識を変えそうな発明品に驚き、そんなものに雑なネーミングをしたレイテに二度驚きである。



「てかセンスないなアイツ……」


「テメェレイテ様を馬鹿にするのかッッッ!?」


「わぁっ!?」



 なお三度目の驚きを食らった模様。

 レイテへの軽い悪口を言った瞬間、親切なうさぎの餌屋の態度が豹変した。



「いいかよく聞けクソガキィッ!?」


「クソガキッ!?」


「オレ様はかつて王都のマフィアの首領ドンだったんだ! だが内部抗争に負けて腕を落とされ、半死半生のままこの地に逃げてきたんだよぉッ! そんなときだ、レイテ様は『マフィアの首領? ふんっ、悪の女王であるわたしのほうが偉いのよ!』と当時はなかった胸を張ってオレ様を快く迎え入れてくれて、希少な幻獣ユニコーンの角で腕まで生やしてくれてだなぁ……!」


「わっ、わかったわかった!」



 これである。

 とにかくこの領の民衆、レイテへの信奉度が半端ないのだ。



「テメぶっ殺してりゃぃァりゃァアアアッッッ!」


「ひえっ!?」



 などと狂乱した餌屋に襲われかけた時だ。

 不意に老女が餌屋の肩をポンと叩き、



「まぁまぁ落ち着きなされ。実はこちらの子はレイテ様の親戚で、レイテ様に『思春期的なアレ』でねぇ」


「むっ、『思春期的なアレ』か……!」



 と謎会話をすると、妙に生暖かい目になってケーネリッヒの頭を撫でてきた。



「なにをするっ!?」


「フッ、少年。『思春期的なアレ』ならばまぁ大目に見てやろう。レイテ様は魅力的だからな……ッ!」


「って何の話をしてるんだー!?」



 訳が分からないがとにかく恥ずかしくて真っ赤になる。

 ケーネリッヒは「チクショーッ!」と叫びながら雑踏から離れていった。




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