第32話:クソガキさんVSトンチキ王子!(with後方観戦ヅラ着ぐるみ執事)


「レイテのことをクソ女だと? その脳髄、砕き直したほうがいいと見えるな」

「お嬢様が運だけ領主だとぉ!? 七割殺すッ! 運だけで生きてる身体にしてやるッ!」



 ゲシボカとケーネリッヒを蹴り始める王子と執事。


 わたしは二人の格好にぽかんと口を開け――そこでハッと、「やめなさいっ!」と止めに入った。



「二人ともストップストップ!」


「「なぜに!?」」



 ひぃ怖い!



「酷い真似は流石にしちゃ駄目よ。たしかにケーネリッヒはチビでがさつで口が悪くてガキでよくつっかかってきて目ざわりでうざいカス野郎だけど……」


「って貴様が一番酷いだろうがレイテ・ハンガリアッ!?」



 と叫びながらケーネリッヒが復活した。

 地を蹴るや一瞬にして身体が掻き消え、王子と執事のボコスカ状態から脱出する。



「ちっ、相変わらずのレイテ馬鹿執事と……っ、貴様は……!?」



 そこで、彼は大きく目を見開いた。

 うんわかるわ。わたしもヴァイスくんの恰好を見た時、固まっちゃったもの。



「ヴァ――ヴァイス・ストレイン王子、なのかっ!?」



 そう。

 なんと彼は覆面代わりの包帯を外したうえ、明らかに王子様な感じの衣装をまとっていたのだ。


 っていやいやいやいやいや王子が王子服着たらもう完全に王子じゃないのよ!?

 なにやってるわけヴァイスくん!? なんで正体を明かして……と思ったが、



「違うぞ。これはあくまで仮装だ」



 と相変わらずの無表情で言ってのけた。



「なっ、仮装だと?」


「そうだ。ちまたではモノマネやコスプレと言うんだったか? 名前や見た目で『ヴァイス王子』と間違われることが多かったゆえ、その恰好をさせてもらっただけに過ぎない」


「そ、そうだったのか……?」



 ケーネリッヒがこちらに対して問いかけてきたので、わたしもコクコクと頷いておいた。



「そっ、そうわよ! 彼はヴァイスくんと言って、わたしの新入り護衛なの。『ヴァイス王子』と違ってごく普通の平民だから、こんなことしても平気よっ!」



 わたしはヴァイスくんの横腹をぽかぽか殴った。

 “いったいどういうつもりよヴァイスくん!?”という非難も込めて。



「な、なるほど。本物のヴァイス王子は冷徹なる武神と聞く。舐めた真似をしたら斬られるか……」


「そうわよそうわよっ!(あ、そんな印象なんだ)」



 まぁ“氷みたいな無表情で武術大会荒らしまくってる”って情報だけが新聞から伝わったらそうもなるわよね。


 彼と距離が近かった元王国騎士団の人たちや王都の人たちの印象はまた違うかもだけど、わたしたち田舎民にとってはそんな感じが妥当かな。



「まぁあの王子がこんなところでピンピンしてるわけがないか。先日、いよいよ亡骸も見つかったそうだからな。今も王都広場に黒焦げ遺体がはりつけになっているとか……」



 その言葉にヴァイスくんが眉をひそめた。


 そう。新国王は隣国への出兵発表と同時、『第一王子の亡骸』を発見して晒したのだ。

 もちろん偽物に決まっている。

 つまり例の死体は、ヴァイスくんの代わりに誰かが焼かれてしまったということで……、



「む、どうした王子のコスプレ男。何を黙り込んでいる?」


「いや、なんでもない」



 無表情でそう言う彼だが、わたしにはわかる。

 無関係な人間が犠牲になったことを気に病んでいるってね。



「ふんっ、それよりも貴様と執事、よくも俺のことを殴ってくれたな!? 特に執事のほうはなんだその恰好ッ、腹立つ!」



 とケーネリッヒが怒鳴るのも無理はない。

 今のアシュレイは、顔だけ出した『わたしの着ぐるみ』を着ていたからだ……!

 いやなによそれ!?



「ちょっとアシュレイ、何その恰好!?」


「ふっ、よくぞ聞いてくれました! これぞハンガリア領のマスコットとしてお嬢様をデフォルメ化させた存在、『極悪令嬢れいてちゃん』の着ぐるみです!」



 いやそんなマスコット認可してないんだけど!?



「ちなみにこっそり100着ほどこの着ぐるみを用意しましたが、私が借りたものでラストだったようですよ。盛況ですね~」


「ってふざけんな!」



 わたしの着ぐるみ着た連中が百人も練り歩いてるの!? きっしょ!!!



「即刻回収して処分しなさいそんなの!」


「おい」


「ったくアシュレイってばそーいうとこあるわよね! ヴァイスくんと決闘したのもそうだけど、普段は馬鹿真面目に従順なクセにたまに独断行動するっていうかさぁ! は? 『鼻から出そうなほどの愛ゆえに』? 知らないわよアホー!」


「おいって!!!」



 っと、気付けばケーネリッヒが怒鳴っていた。



「なによあんた、まだいたの?」


「ずっといるわ! クソッ、このケーネリッヒ様が平民ごときにボコられたまま引き下がれるか……!」



 瞬間、彼の身体からくれないの光が溢れ出す。

 間違いなくギフトの輝きだ。



「ってちょいちょいちょい!?」


「なんだッ!」


「いやなんだじゃないわよっ! アンタもしかして、あの二人に戦い挑む気!?」


「当たり前だ!」



 アホガキは謎のやる気で言い放つ。



「気に食わない貴様の前で負けっぱなしでいられるかッ! 見ていろ、貴様の部下二人を潰し、俺のほうが雄として優れていると見せつけてやるっ!」



 いやいやいや駄目だって!!!



「ストップッ、マジでストップだからアンタ!?」


「今さら止めても無駄だぁ! この俺に手を出したことを奴らに後悔させてやるっ!」



 などと吼えるアホの親戚。

 それに対しヴァイスくんとアシュレイはのほほんとしていた。



「おいヴァイス、どうやらあのお坊ちゃまは決闘をお望みらしいぞ」


「ふむ、ならば俺が行こうか。二対一は卑怯だからな」


「いいだろう。ただ貴様、異能アレを使うのは控えろよ? いよいよ誤魔化しがきかなくなるぞ」


「わかった」



 と一切恐れず作戦会議中である。

 普通、平民がギフト持ちの貴族に絡まれたらガクガク震えるものなんだけどね。



「っ、えぇいなんだ貴様らはッ!」



 当然ご立腹なケーネリッヒ。

 そこで、



「主人のレイテ・ハンガリアに似て、すっとぼけた連中だな!」


「――ほう」



 彼が放った一言に、ヴァイスくんの眼が細められた。



「ケーネリッヒと言ったか。貴様、レイテ嬢をまたも悪く言ったな」


「っ、だったらなんだ!?」


「少し仕置きが必要だと思ってな。叱られるばかりの俺も、たまには叱る側に回ろうか」



 ヴァイスくんから闘志が溢れる。

 普段のように放射光すらないが、それでもゾッとするような威圧感だった。



「くっ、なんだお前は……!?」


「レイテ嬢のしがない護衛だ。それよりも、貴様」



 彼はそこで言葉を切り、



恐れてないで・・・・・・、来るがいい」


「ッッ、なんだと貴様ァアアアーーーッ!」



 ヴァイスくんの一言にケーネリッヒがキレた!

 放射光が足に集まり、そこから強い突風が吹き出す。



「蹴り砕いてやる! 風の道を踏めッ、『旋紅靴せんこうか』!」



 彼のギフトが解放された。

 その能力は脚部からの暴風発生。

 風で相手を吹き飛ばすことはもちろん、逆側から噴射して蹴りの威力を上げることもできる強力な異能だ。



「貴族を舐めた罰だ! 半年は歩けない身体にしてやるッ!」



 ケーネリッヒは一気に高く舞い上がった。

 空中で反転すると、その暴風を纏った足先をヴァイスくんに向ける。



「死ねっ、コスプレ野郎!」



 猛禽のごとく放たれる飛び蹴り。

 風の噴射と重力落下を出力に、凄まじい勢いでヴァイスくんに蹴りかかった。


 そして着弾。

 激しく砂ぼこりが舞い、祭りの領地に轟音が響くが、しかし。



「いい一撃だ。なかなかに鍛えているな」


「はぁ!?」



 異能を使った飛び蹴りを、ヴァイスくんは素手で受け止めていた……!


 相変わらずのトンチキ身体能力である。

 


「なっ、な、嘘だっ!? 俺の蹴りを、そんなっ!?」


「では終わらせよう。加減はするから耐えてくれ」



 そう言って、ヴァイスくんは軽く拳を振りかぶると、



「またかかってこい、いつでも挑戦を受けてやる」



 ケーネリッヒのお腹にパンチをぶちこみ、十数メートルもぶっ飛ばしてしまうのだった……!


 やっぱりこの王子様、強すぎない~!?



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