第21話:王子と執事の夜②


「そうして、私が瞼を閉ざそうとした時だ」



 胸の中の宝箱を広げるように、アシュレイは語る。



「『悪の女王』が、現れたのだ」



 口元に浮かぶ誇らしき笑み。

 アシュレイは王子に恥じらいもなく言い放つ。


 自分は、かの女王に――レイテ・ハンガリアに出会うために生まれてきたのだと。



「そうか、そこでレイテ嬢がやってきたのか」


「ああ。……ただし、当時の彼女は今とは少し違っていたな。現在では当たり前に着こなしている『悪女の衣装ゴシックドレス』が、まったく着慣れていない様子だった」


「どういうことだ?」


「悪女はじめたてというわけだ」



 アシュレイは語る。

 あの時のレイテは、まったく堂々としていなかったと。

 むしろ凶悪な顔付きをした自分に、臆して震えている有様だったと。



「なんだコイツはと思いつつ、“ガキが近寄るな”と言ってやったさ。……子供に死体を見せたくなかったからな。鋭く睨みつけてやったよ」



 しかし、



「その子供は、半泣きになりながら歩み寄ってきた。いくら喚いても無駄だった。去れ、消えろと私が言うたびにビクついたが、それだけだ。ついに彼女は私の前までやってきた」



 そして――、



「彼女は言った。『この領地の人たちの命は、全て悪の女王たるレイテ様のモノよ。わたしの許しなく死ぬんじゃないわ』――とな。あぁまったく、ぽかんとしてしまったよ。おまけに血濡れることも辞さず、わたしの手当てまで始めてな!」



 当時を振り返ってクスクスと笑う。

 この子供は一体なんなんだと思った。それと同時に、



「こんな優しい『悪』が、この世にあるわけないだろうと爆笑したさ。しかし彼女は真剣な顔で『わたしは優しくないわ! めちゃくちゃ悪よ!』と吠えてな。そんな少女に笑っているうちに意識が落ち――気付いたら屋敷で寝かされていた。そして側には、ずっとオレを診てくれていたらしい幼い彼女が寝ていたよ」



 ああ、あの瞬間だった。

 全てはあの寝顔を見た時なのだと、アシュレイは告白する。



「とても彼女が、愛おしいと思った」



 それが人生の始まりだった。



「私は、なぜか悪党を名乗るこの少女を、ずっと見ていたいと想った。それからはもうゾッコンだ。彼女が領主と知るや即座に就職を希望し、執事いまに至るというわけだ」


「なるほどな」

 


 王子は短く一言頷く。

 反応こそ乏しい彼だが、内面はむしろ逆だ。



「よかったな、アシュレイ。それと同時に少し妬ましい」



 胸に溢れるのは救われた友への祝福。

 それと同時に、ヴァイスには珍しい嫉妬の念だった。



「俺の知らないレイテ嬢を六年間も見てきたとはな」


「ふははっ、そうだろう羨ましいだろう! あぁ、それからレイテお嬢様の活躍は目覚ましくてなぁ、日に日に領地を活性化させていってなぁ……ッ!」



 ヴァイスの妬ましいという言葉に、アシュレイのほうは嬉しげである。


 最近は最愛のレイテを占領され、なにかと脳を痛めてきた彼である。

 これ見よがしに『お嬢様とのヒストリー』を語ってマウントを取らんとするのだった。



「さてこのまま『【驚愕】レイテお嬢様、散歩中に聖神馬ユニコーンを見つけて角をもらう編【さすレイ!】』を語ってもいいのだが、あいにく夜も遅いのでな。貴様もそろそろ眠いのではないか?」


「いや、むしろレイテ嬢の話を聞きたくて目が冴えているほどだ」


「そーだろうそーだろう! あぁだが、これ以上お嬢様との珠玉の思い出を語るのはな~? さてどうするべきかな~?」



 ニチャニチャと気持ち悪い笑みを浮かべるアシュレイ。

 決して善良ではない彼である。ヴァイス王子が嫉妬に狂う様を期待していた。


 だが、



「ぜひとも教えてほしいところだ。話が気になって眠れないのもあるが、昼間にも少しせいか、妙に身体が昂り続けている」


「ん……? 寝させて、もらった……?」



 妙な言い方が引っかかる。

 そんなアシュレイに対し、ヴァイスは真顔で事もなげに――、



「ああ、実はレイテ嬢にお腹をとんとんされながら、『膝枕』までしてもらったんだ」


「ってなんだとォおおおおおおおおおおおおーーーーーー!?!?!?!?」



 瞬間、一気に壊れる執事の脳みそ……!

 マウントの天秤は一瞬でアシュレイを地に堕とし、彼は地べたにぶっ倒れるのだった。



「まぁ六年も共にいるアシュレイなら経験済みだろうが」


「ねーよボケェェェッ!?」



 なお、追撃まで受ける模様。


 そうして血涙を流す執事に、氷の王子はきょとんとした顔をするのだった。



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第三章完結!


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