第19話:執事が死んだわよ~~~!!!!!!




 ――『魔の森』が消滅しかけた決闘から数日後。


 わたしは屋敷の庭園にて、優雅に紅茶を飲んでいた。



「ん~まだまだ微妙ね。蒸らす温度が高すぎたのか、茶葉の風味が飛んでるかも」


「そうか、難しいものだな」



 無表情ながら少ししょぼくれるヴァイスくん。


 そう、実はこの紅茶は彼が淹れたものだったりする。

 これまでは執事のアシュレイがやってくれてたんだけどね。


 でも彼は、あの決闘で王子のトンチキ斬撃を受けて……、



「――まったく不器用だなお前は! レイテお嬢様に不快な思いをさせるんじゃないっ!」



 はい、しっかり生きてました。


 プンプンと怒る元反社系変態眼鏡執事ことアシュレイ。傷ひとつなく無駄にピンピンとしております。

 ま、実際は少し違うんだけどね。



「元気ねぇアシュレイ」


「それはもう。生まれ変わった気分で働いておりますよ、文字通りね」



 晴れやかな笑みで彼は言う。


 あの決闘の日のこと。ヴァイスくんの剣技を受けた彼は、当然ながら無事じゃすまなかった。

 “異能殺しの異能”のおかげで消し炭にはならなかったものの、全身火傷かつ手足も全部吹き飛んでハムみたいになっちゃってた。


 それをなんとかしてあげたのが、王子様たちのことも救った『聖神馬ユニコーンの霊角』パワーである。

 引継ぎ業務もせず死んでるんじゃないわよ、ってね。



「重ねて謝罪を、お嬢様。私はアナタの器の深さをまだまだ舐めておりました」



 深々と頭を下げるアシュレイ(元ハム)。



「まさか極悪結社『地獄狼』の元幹部と知ってなお、私を引き留めてくださるとは……!」


「あぁ、まぁねぇ……」



 その点については、正直後悔があるところなのよね~~~~……!


 いや変態な上に極悪な眼鏡が配下とか怖すぎるし。この領地に悪人はわたし一人で十分なのよ。

 でも決闘の日のわたしは途中からキレ散らかしてたからねぇ。冷静に保身を考えるなら、コイツも王子も手放すべきだったわ。


 まぁだけど、



「わたしは絶対者のレイテ様だからね。自分の決断はひっくり返さないつもりよ。これからもわたしに仕えなさい、アシュレイ」


「はいィッ! 命も貞操もアナタ様にお捧げします!」


「貞操はいらないっつの!」



 相変わらずの変態執事ねぇ。

 でも有能だから許してあげるわ。



「バトルしか出来ないヴァイスくんにお茶の淹れ方を仕込んでみせた件、実に見事よ。えらいえらい」


「でゅへッ!!!」


 喜び方きも。

 やっぱ捨てようかなコイツ。



「ふん、いいかヴァイスよ。貴様を護衛役と認めた以上、日夜お嬢様に付き添う身として最低限の世話は出来るようになってもらうからな? レイテお嬢様を満足させるのだぞ」


「ああ、わかってるさアシュレイ。朝から夜まで彼女を満足させられる男を目指すぞ」


「って何を言ってるんだ貴様は!? 夜は満足させなくていいッ!」


「む? 『日夜』とは日が出てから夜までという意味じゃないのか……?」



 ……ちなみに二人の仲は微妙である。

 変態でヒステリックなところがあるアシュレイと、天然でスットボケの王子様。

 よく話が噛み合わなくなって言い争いをしているようだ。



「はいはいアンタら、喧嘩はそのへんにしときなさいよ」


「お嬢様は私とヴァイスのどちらに夜満足させてほしいのですか!?」



 うるさいアシュレイ少し黙れ!



「なぁレイテ嬢、どうしてアシュレイは怒っているんだ? 満足とは肩を揉むとかだろう? 夜にしてはいけないのか?」


「あぁうんヴァイスくんはそのままのアナタでいてねー!」



 ……なんだかめちゃくちゃ周囲がうるさくなったわね。まぁ辛気臭いよりいいけどさ。



「フッ、わかってないなヴァイスよ。揉むのは肩ではなく、背丈と違って最近なぜか膨らみつつあるレイテお嬢様の」


「ってヴァイスくんを汚すな変態執事。……いいかしら、アナタたち」



 このままじゃ話が進まないので、言いたいことを強引に言い切る。



「我がハンガリア領にて、もうすぐ『大仮装祭』が始まろうとしているわ。今日からは使用人たちも協力して、領民たちの出店準備と衣装作りを手伝いなさい」


「ハッ!」



 元気に頷く変態執事。でも王子様のほうはきょとんとした様子だ。ってなによ。



「すまないレイテ嬢、『大仮装祭』とはなんだ?」


「え、えぇ!? このハンガリア領で昔からやってきたお祭りよ!?」



 領地の開墾当初から行われてきた催しごとである。ここ数年は他の土地からも観光客がやってきたりでかなり有名になってきてたはずだ。

 そうでなくても王子ならば聞いたことくらいあるだろうに。

 いつか全ての領地を取り仕切ることになるんだから、どの土地でどんな催しごとがあるかくらいは教育されてるはずよね?


 なのに……!



「なんで知らないのよ。まさか辺境のコトなんて覚える価値もないってわけ!?」


「いや違う」


「じゃあなんでよッ!?」



 レイテちゃんキレてるわよこの野郎!?

 領地をマイナー田舎だとディスられてマジでぷりぷりよぷりぷり!?



「このヴァイスくん野郎! わたしが納得する言い訳を述べなさいッ!」


「あぁわかった。そもそも俺はな、全ての領地の情報を知らないんだ」



 ……は?

 全て……しゅべて?



「えっ、ちょ、すべてって、え?」


「王族として各地の特徴や催しごとは習ったのだがな。だが俺の脳みそは吸い込みが悪い上、剣を二十時間も振るっていると意識も記憶も飛んでしまうんだ」


「ってアンタもう修行やめろバカ!!!」



 特訓気絶部ぅーーー! 

 この王子様ってば爆発剣術が出来るようになった代わりに、ちょっと脳細胞までエクスプロージョンしてるじゃないの!



「今は流石にしてないぞ。キミの側にいなければならないからな」


「あぁ、それは安心したわ……」


「だがキミが寝てる間には鍛錬してるぞ」


「ちゃんと寝ろッッッ!」



 ヴァイスくんってばほぼ一日中わたしとピッタリなんだから、つまりほとんど寝てないってことじゃないの……!



「な、なんて哀しいヴァイスくん……!」



 人は強さを手に入れるために、ここまで人を捨てなきゃダメなのね。

 なんかわたし、こんなくだらない場面で『強くなることへの無情さ』を悟ってしまったわ。

 なにわたしの人格を育ててるのよ。



「それで『大仮装祭』とはなんだ? 頑張って覚えよう」


「えぇそうして頂戴……。あと話し終えたら一緒にお昼寝しましょうね」



 そう前置きしつつ(※なぜかヴァイスくんのギフト『天楼雪極』がいきなり大発光して側にいた執事の目を潰してるがもう気にしない)、わたしは例の祭りについて説明する。



「『大仮装祭』っていうのは言葉の通り、みんなで色んな恰好をして楽しむ祭りよ。思い思いの服装で、午前零時まで飲んで騒ぐの」


「ふむ」


「元々は、ハンガリア領の初代領主の逸話にちなんで開いた祭りとされているわ。わたしのご先祖様は自ら兵団を率いて魔物と戦う武闘派だったらしいんだけどね、ある日『魔の森』で魔物の大軍勢に襲われて全滅しちゃうのよ」


「……ふむ」


「で、ここからが面白いのよ! 唯一生き残ったご先祖様だけど、場所はまさに敵地。完全アウェーな状況なわけ。そこでご先祖様は、偶然見かけた豚鬼トロールの死体の皮を被って、魔物のフリをしたってわけ! それで無事に森から脱出したらしいのよね~」


「…………ふむ」


「そんなわけで魔物の仮装をするところから『大仮装祭』ってのが始まって、二百年経った今では“どんな恰好をしてもいい”ってゆるゆるな風潮になったわけ」



 まぁわたしも堅物な性格じゃないし、おどろおどろしい恰好より可愛くて華やかな衣装を見て楽しみたいからね。みんな好きにするがいいわ。



「はい『大仮装祭』の説明おわり。ヴァイスくん、ちゃんと覚えれた?」


「……あぁ。他ならぬ、キミの、言葉だからな、頑張って、覚えたさ。頭から、今にも、零れそうだが、俺は耐えるぞ……!」



 ……必死な顔をするヴァイスくん。

 なんか耳の穴とか押さえてるし、それほど全力で脳に留めようとしてくれているのだろう。

 いや、そこまで必死にならなきゃ覚えれない情報量だったかなって思うけどね。



「ヴァイスくん、やっぱり後でゆっくりと寝ましょうね……? 寝付くまで側にいてお腹とんとんしてあげるから、どうか脳みそを休めて頂戴……!」



 あまりにも哀れだったのでそう言うと、ヴァイスくんは「助かる」と無表情で言いながらさらに発光した。眩しいからそれやめてほしい。


 あと、



「――うぐぅぅ、目がぁぁ……! あと脳みそも壊れるように痛いぃ……!」

 


 お嬢様をママにされた~~~と寝言をほざきながら転がっている変態執事のほうを見る。

 こっちもこっちで生理的に哀れだなぁと考えつつ、そういえばと思い出した。



 このアシュレイを拾ったのも、『大仮装祭』の日だったわね。




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