第18話:王子が全てを破壊したわよ~~~~~~!?!?!?!?


「なんだか――腹が立ってきたな」



 わたしを放置して、話を進めるなよ。


 そう思いながら決闘の場に踏み込んだ。

 一瞬遅れてソニアが制止してくるが、知ったことか。そこで見ていろ。



「アシュレイ」


「お嬢様? 今さらなんの御用で、」


「黙りなさい」



 わたしはそのまま、アシュレイの股間に蹴りを食らわした。



「ぼふぅ!?」



 奇声を上げて転がるアシュレイ。

 股を押さえながらのたうつコイツの鳩尾みぞおちを、お望みどおりに踏み付けてやる。



「うごっ!? ぉ、お嬢様……!?」


「よく聞きなさい、アシュレイ」



 わたしはふう、と息を吐くと、意を決して彼に打ち明ける。



「わたし、アンタのこと嫌いじゃないわよ」


「なっ……えぇ?」



 目を白黒とさせるアシュレイ。何を言っているのか、という顔でこちらを見てくる。



「あぁ、言っておくけど恋愛的な意味での感情はないからね? アンタってばわたしの抜け毛集めて『ミニレイテ人形』作ってる変態だし」


「ど、どうしてそれを!?」


「悪党だからよ。裏切りに備えて、配下たちの趣味くらい把握してるわ。……そんな変態のアンタだからこそ、数少ない信用できる相手だと思ってるのよ」



 そう。わたしが信用できる相手は極めて少ない。

 一見持てはやしてくる連中も、みんな媚びているか何か思惑があるようにしか思えない。

 

 だけどその点、ヴァイスくんやコイツは違う。

 ヴァイスくんはとにかく不愛想。だけど代わりに、その言動に嘘はないとよくわかる。


 対してアシュレイは、変態だ。

 わたしに向けてくるニチャニチャとした笑みは、完全に変態のモノだ。


 そう変態。あまりに変態。正直言って気持ち悪い。

 でも変態であるがゆえに、わたしのことが本当に好きなのだとよくわかるのだ。



「なのにアンタは、勝手に話を進めて、わたしから離れようとしてるわけ? ――ふざけるなよ」



 再び胸に、怒りが満ちる。


 わたしはアシュレイの腹を踏み付けたまま、胸倉を掴み上げて顔を寄せた。

 流石のコイツも苦しそうにするが、知ったことか。わたしは悪党なんだからね。



「舐めるなよ童貞風情が」


「っ!?」


「お前はわたしの“所有物”だ。それが勝手な意思を持つなよ」



 何が“責任として命を投げ打つ”だ。


 彼の動揺した瞳を間近で見つめながら、その耳元で囁いてやる。



「お前の全てはわたしのモノだ。わたしの側で、生きて死ね」


「はッ、はひッ――!」



 首をぶんっと縦に振る執事。

 よしそれでいい。「いい子ね」と褒めて撫でてやる。

 すると彼は顔を赤くしながらぶっ倒れた。可愛いわね。



「さて」



 次は王子のほうだ。

 執事から足をどけて振り向くと……って、なによ信じられないものを見る目をして。


 まぁいいわ。――ヴァイスくんにはこう言えばいいわ。



「本気を見せてよ、ヴァイスくん」


「っ……!」



 真っ直ぐな視線で彼へと告げる。

 

 わたしはヴァイスくんに失望なんてしていない。むしろ、「ここからだよね」と笑ってみせた。



「ヴァイスくん。アナタは執事を、殺す気だった?」


「……いや」


「決闘前に意識していたことは?」


「……キミの言葉だ。不器用なりに、重症で済むよう努力した」



 そうだよね。ヴァイスくんは優しい人だし、苦手なことも頑張れる子だもんね。

 うんそれじゃあそれらの意識、



「全て捨てなさい」


「っ!?」


「本気で、殺す気でアシュレイを襲いなさい」


「っっっ!?」



 あらヴァイスくん、何を目を見開いているの。

 


「レ、レイテ嬢。そんな、ことは……」


「出来ないというの? もしかしてまだアナタ、下手な手加減をしたまま挑む気だった?」



 あぁやっぱりね。アナタは優しい人だものねぇ。

 でも。



「寒いのよ、『氷の王子』。わたしはアナタの強さに対して、苦戦なんて求めていない」


「っ……!」



 惑う王子を鏡眼ひとみで射貫く。


 そうよ。このわたしも他の兵士たちと同じよ。

 決闘を前にして密かに期待していたのは、“ヴァイス・ストレインが超絶剣技で勝つ姿”なのよ。

 お前の苦戦なんて見たくもないわ。



「期待に応えなさいよ、王子。このわたしと――彼らの期待に」



 振り返るように腕を伸ばす。そこには、この決闘に期待していた兵士団の面々が。

 わたしの目は見逃さない。アシュレイの実力とまさかの正体に驚きつつも、無双を遂げられなかったヴァイスくんに“残念だ”と思った様子を。



「加減して圧倒できるならそれでいいのよ。でも、無理なんでしょう? アシュレイは実力者なんでしょう?」


「……あぁそうだ。慣れない加減は負けに繋がるほど彼は強い」


「だったら答えは一つじゃない」



 下手な問答はここまでだ。彼の迷いに、トドメを刺す。



「ヴァイス・ストレイン。舐めた闘いでわたしたちもアシュレイも馬鹿にするか、あるいは極めた武力を示すか。アナタは王子として――なにより『男』としてどちらを選ぶの?」



 ――ぎしり、という音が鳴った。

 ヴァイスくんが剣の柄を握り締める音だ。

 それが明確な“答え”だった。



「……レイテ嬢。俺は本来、塵屑ごみくずなんだよ」



 顔が下がり、瞳が隠れる。



「俺は優秀な第二王子おとうとと違い、頭も悪ければ愛想もない。本当に駄目な王子なんだよ」



 声が落ちる。

 気迫も消える。

 ついには握っていた剣を、再び鞘へと納めてしまった。

 まるで全てを諦めたように。


 

「だが」



 刹那、大気が一気にざわついた。

 駆け抜ける悪寒に肌が泡立つ。兵士団の中には呻いてしまう者もいた。



「……何も持たざる俺だからこそ、日々『剣』だけは振るい続けた。“せめてれだけはけまい”と、鍛錬と鍛錬と鍛錬を続けた……!」



 決闘の場を支配したのは、彼から溢れた冷たい闘気だ。

 再び前を見る瞳。そこに宿るのは執念の光。



「そうして手にした俺の『強さ』……ソレを信じてくれる者たちがいる……。そして俺自身もまた、実力だけは信じているし信じたい……。あぁ、ならば」



 そこでようやくわたしたちは気付いた。


 一見諦めたように剣を収めた姿。

 それは彼の戦闘姿勢。“抜刀の型”であるのだと。



「俺の“尊厳プライド”を示すためにも、負けて堪るかふざけるな――ッ!」



 瞬間、一気に放射光が溢れた。

 絶対零度を想わせるような蒼白。されど極まった冷たい光は、太陽の如くわたしたちの目をかんとする……!



「っ……起きなさいよアシュレイ。あれが王子の本気みたいよ」


「もう起きてますよ、お嬢様」



 いつのまにやら側に立っていたアシュレイ。

 蒼き極光の前に、彼は獰猛な笑みを見せた。



「ああ、ようやく楽しくなりそうじゃないですか……! あれでいいんですよ、あれで」


「機嫌いいわねぇ。アナタってバトル大好きだったわけ?」


「えぇまぁ実は。『地獄狼』に入ったのも、元々は血気盛んさからでして」



 彼は懐に手を入れると、いつも掛けている眼鏡を渡してきた。「おそらく無傷じゃ済みませんので」とのこと。



「お嬢様に預けます。できればお胸のところに入れておいてください」


「わかったわ」



 眼鏡をそのへんの地面に捨てる。

 さぁ、いよいよ決闘本番だ。



「……無様を見せたな、アシュレイよ。もはや手加減などはしない。俺の『唯一つよさ』を見せてやろう」



 腰だめに刃を構えるヴァイスくん。抜刀の型は最初と同じ。されど溢れる蒼光と気迫はまるで違っていた。

 


「ふはっ、上等だヴァイス・ストレイン!」



 対するアシュレイも異能ギフトの灰光を輝き放つ。

 その顔付きは凶悪かつ好戦的。今まであんな本性を眼鏡の奥に隠してきたのね。



「『地獄狼』の残忍性こそ嫌悪したオレだが、闘争の興奮は未だに愛しているッ! ゆえに、さァッ、やろうか王子よ――!」



 そして執事は一気に駆けた。

 速い。身を屈めながら襲いゆく様は、まるで野生の狼のようだ。



「次は頭蓋を殴り抜いてやる。最大出力、ギフト『灰塵鬼かいじんき』!」



 さらに溢れ出す煤けた光。 

 まるで灰を被ったようにアシュレイを包んだそれは、異能殺しの異能だった。あれではヴァイスくんの異能剣術は効かない。



「これでッ!」



 終わりだと。

 そう叫びながら執事が殴りかかったが、しかし、



「『抜刀・斬煌一閃』」


「ッッッ!?」

 


 刹那に閃く破滅の抜刀。大爆発が巻き起こる。


 先刻の比では断じてない。王子の手元が一瞬ぶれるや、アシュレイとその背後数十メートルが、木っ端微塵に消し飛んだのだ。『魔の森』に爆音が響き渡る。



「ぐぅうううッ!?」



 舞い上がる粉塵を突き抜けていくナニカ。それは苦悶の表情を浮かべるアシュレイだった。

 またも衝撃を無効化したように見るが、違う。彼の燕尾服は傷付いており、明らかにダメージを受けていた。

 これは一体……、



「――なるほどッ! 無効化できる異能出力にも限界があるというわけか!」


「あ、ソニアくん」



 ここで何やら語り出したのはムキムキさわやかソニアくんだ。



「アシュレイのギフト『灰塵鬼』。“異能を無効化する異能”と言ったが、無効化の正確な条件は不明だった。でも見てください今のアシュレイを!」


「う、うん」



 膝をつきかけているアシュレイを見る。

 何か変化があるとすれば、少し傷付いているのと……、



「灰色の放射光が、少なくなっている?」


「そう正解ですッッッ!」



 うるさ!?



「ヤツの放射光は文字通り『鎧』なのでしょう。異能による攻撃を弾くことが出来るが、そのたびに放射光は『損耗』していく。それに凄まじい出力の一撃を受ければ、処理しきれずに貫通してしまうというわけです」


「なるほど、異能に対して完全無欠じゃないわけだ」



 弱点がある能力だとわかった。

 でも灰の鎧はまだ残っている。有効打を与えるには、ずっと高出力の攻撃をし続けるしかないんじゃないの?

 となるとヴァイスくん大変よ?



「ギフトは使うごとに体力や精神力を消費するわ。だから」



 先に攻撃するヴァイスくん側が息切れしちゃうんじゃ――と。

 そう言おうと思ったけど……、



「……いや、まぁヴァイスくんなら大丈夫そうね」


「ですね」



 わたしたちは苦笑しながら王子様のほうを見る。

 そこには放射光を一切翳らせていない凄絶な姿が。



「次だ」



 彼は抜き放った長剣を、今度は天を衝くように片手で掲げた。

 そして、蒼き光が剣に収束。まるで搭のように巨大な刃が顕現し――、



「“ストレイン流異能剣術”奥義――『断絶・斬煌烈閃』」



 天地を裂く一撃が、解き放たれた。


 アシュレイめがけて豪快に振り下ろされた巨大光剣。

 百メートル以上もあるソレは、地面に当たった瞬間に重さと衝撃と大爆発で『魔の森』の大地を大粉砕。

 結果、大量の砂塵を巻き上げながら森に『渓谷』を作ったのだった。


 ……って、



「ちょっっっ、なにサラッと地形変えてんのよ!? ヴァイスくんアナタなんなの!? いやたしかに本気を見たくて色々煽ったけど、やばすぎっていうかアシュレイ確実に死んでるっていうかアナタ本当に人間なのっていうかぁ!?」


「あぁ、いつもの調子に戻ったんだなレイテ嬢。先ほどまでのキミはかなり怖かった。……母親に怒られるとはああいう気持ちか」


「って誰が母親よ!?」



 アンタみたいな人間兵器を産んだ覚えはありません!

 もうっ、『魔の森』中から魔物たちの大絶叫が聞こえるんだけど!? 本来はアイツらのほうが恐怖存在なはずなんだけど!?



「そして、まだだ」


「ほえ!?」


「まだまだ俺はここからだ。なにせ」



 地に出来た渓谷を睨むヴァイスくん。すると、奈落の底より灰の光が輝き光った。



「あの男が、まだ生きているのだからな」



 瞬間、「オォオオオーーーーーーーーーッ!」という雄叫びと共に、人影が岩壁を突っ走って跳躍する。

 アシュレイだ。なんと彼はあの一撃から生存し、再び地上に降り立つのだった。



「はァッ、はァッ、はぁ、はぁァッ……!」



 もう最初の余裕などどこにもない。

 息は絶ええ。あちこちグチャグチャ。高級な燕尾服はもはや襤褸雑巾だ。

 でも、



「ヴァイスぅぅぅ……ッ!」



 その目は未だに死んでいなかった。

 凶悪な笑みを浮かべるや、もう一度灰光を滾らせた。



「ふはははははは! 貴様ッ、それほどの力があるならそう言えよッ!」


「いやなに、俺もここまでの力を発揮したのは初めてでな。……レイテ嬢と出会ってから、どうにもギフトが好調なんだ」



 アシュレイに負けじと、蒼き光をさらに滾らせるヴァイスくん。

 って、え!?



「なんでわたしと出会ってから好調なの!?」



 ヴァイスくんのギフト『天楼雪極』って激情を身体能力に変える力だよね!?

 つまり怒りとかそういうの!

 うぇ、つまりわたし恨まれてる!? やっぱり悪役だからぁ!?



「「さぁ、決着と行こうか」」



 やきもきするわたしをよそに、二人の決闘は佳境に向かう。



「灰の光よ、我が身に力を。『神威解放・殉光ノ型オーバーロードアリスフィア』!」



 目が焼けるほどの放射光を放つアシュレイ。

 そして彼は

 人との身でありながら十数メートルも空に跳ね、『魔の森』の大木の上に着地。

 さらに木が抉れるほどの力で踏み蹴ると、木から木への超速移動を開始したのだ――!


 って、



「いやアシュレイもアシュレイでなにそれ!? すっごい光りながらすっごい動いてるんだけど!? アンタの能力って異能殺しじゃなかったの!?」



 そうツッコむわたしにソニアくんが「まさかアレは!?」と叫んできた。

 あぁうん解説まかせた!



「アレは『神威解放・殉光ノ型オーバーロードアリスフィア』! アリスフィア放射光を何倍もの加速度で出力することで、物体干渉度を上げる技法です。その状態で踏み込みと同時に放出し、身体機動力を高めているのですよ!」


「な、なるほど。つまり足裏から激流を噴き出してるようなものってこと?」


「そう正解ッッッ!」



 うるさッッッ!?



「攻撃や防御にも転用できる異能力者の上級闘法ですよ。ただし、噴出しているものは『血液』に等しい。なにせギフト起動には体力を消費しますからね。放射光の過剰噴射は、血をブチまけているのと同じだ」


「なによそれぇ……」



 狂気の戦法じゃないの。わたしなら絶対にやらないわよ。

 でも、



「ふはははははッ! 捉えきれるかなヴァイスよッ!」



 ……アシュレイは出力を跳ね上げ続ける。

 

 王子を包囲するように木から木へと駆ける速さは、ついに音が遅れるほどの領域に到達。

 アシュレイが何十人にも見え始めた。ひぇぇ夢に出るぅ……!



「消耗は殺人的でしょう。ですが、あの機動力では動きを捉えるのは至難。そうして王子が惑った隙に、一瞬で首か心臓を殴り砕く腹積もりだ……!」


「うぇ、ヴァイスくんピンチなの!?」



 ソニアくんと共に固唾を飲んでヴァイスくんを見る。

 無数の残影に上空を取り囲まれた彼だが――しかし、



「無駄だ」



 まったく動じた様子はあらず。

 彼は再び納刀姿勢を執ると、全身から溢れる放射光を鞘へと集中させた。

 そして、



「“ストレイン流異能剣術”奥義――『滅尽・斬煌亂閃』」



 放たれたのは十六条もの光の斬撃。

 乱反射するが如き破壊光が、周囲一帯の木々をことごとく爆滅した――!

 


「なにィッ!?」



 これにはアシュレイも悲鳴じみた声を上げる。

 十六連破壊光は彼にも直撃。その身に纏う“異能殺しよろい”を激しく損耗させた。

 さらには飛び移る先の木々が消滅したことで、彼は空中で無防備になる……!



「『滅尽・斬煌亂閃』。鞘とつばの間で小爆発を何度も起こし、連続で『斬煌一閃』を放つ奥義だ。まぁ、体力も剣の耐久度も消耗する技だが」



 静かに語る、白雪の王子。

 彼はひび割れた刃を鞘に納め、再び居合切りの姿勢を執った。

 そして。



「しかし――決着をつけるだけの余裕は、残しているさ」


「っっっ!?」



 もはや、灰かぶりの執事はただ墜ちるだけ。

 次なる一撃を回避できるわけがなく、



「“ストレイン流異能剣術”奥義――『抜刀・斬煌一閃』」




 最後に輝く破滅の極光。剣閃に舞う原子崩壊ヒカリの吹雪。

 王子の“唯一つよさ”が、『魔の森』ごとアシュレイを大爆発させたのだった。



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【Tips】


めっちゃ破壊された魔の森さん「自分なんかしました……?」


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