第8話:領民どもを虐げるわよ!



「――レイテ嬢。もっとご飯を食べたほうがいい。キミのことが心配だ……!」


「わりと食べるほうよっ!」



 朝食後のこと。

 わたしが年齢を告げてから、ヴァイスくんがずっとこんな調子だ。


 あぁもうまったく失礼しちゃう。

 王都じゃ『氷の王子』と呼ばれるほど不愛想で物静かなくせに、わたしの年を聞いた瞬間“十六歳ッッッ!?”とデッカい声で叫んだりしてさ。



「ったく。アンタ、悪の女王を舐めてるんじゃないかしら?」


「悪の女王だと……!?」



 顔色を一気に変えるヴァイスくん。

 護衛役として与えた腰の剣に手をやり、真剣な眼差しで周囲を警戒して、



「一体どこにいるんだ、悪の女王は……!?」


「ってわたしよわたし! わたしが悪の女王様よ!」


「えっ」



 えっッッじゃないわよ! なんなのこいつ!? マジでわたしのこと馬鹿にしてるの!?



「いい加減に怒るわよ!?」


「いや、すまない。たしかに最初は悪ぶった言動をしていたが、キミが悪い人間だとはとても……」


「はぁ~~~?」



 どんだけ節穴なのよヴァイスくん。

 わたしのような極悪令嬢が悪に見えないとか、人を見る目がなさすぎでしょ。



「まったく呆れたヴァイスくんね」


「ああ、革命に敗れて王位継承権をなくした呆れたヴァイスくんだ」


「クソデカスケールな自虐すんな」



 ……やれやれ、ちょっと教えてあげますか。

 このすっとぼけた男に、わたしがどれだけ極悪なのかをね。


 わたしは立ち上がると、凛ッと彼のほうを見て笑った。



「見せてあげるわ。この『悪の支配者』、レイテ・ハンガリア様の優雅な一日をね!」


「女王じゃないのか?」



 うるさいわ!





 ◆ ◇ ◆





 はいというわけで、やってきました『ハンガリア』の街。

 極悪領主・レイテが治めるこの世の地獄よ!



「おーっほっほー! 働いているかしら民衆どもー!?」


『わーーーーっ、レイテ様だぁーーーーっ!』



 媚びへつらった笑顔を向けてくる領民たち。


 ふふふ。完全にわたしに調教されているわね。

 本当はわたしのことを鬼畜外道と蔑みたいけど、そんなことを言ったらどんな折檻が待っているかわからないから憎悪と尊厳プライドを偽の笑顔に隠して耐えているのよ。

 あー気持ちいいッ!


 どうかしらヴァイスくん!?



「レイテ嬢はとても好かれてるんだな」


「この節穴ッッッ!」



 かーっ。なんも見抜けてないわこのジャリボーイ。

 わからないのかしら? 民衆どもの心の奥にある、わたしという絶対悪に対する恐怖。

 あるいは媚びへつらうことで甘い汁を啜らんとする下卑た欲望が。



「まったく鈍感なヴァイスくんね」


「ああ、第二王子おとうとの悪意に気付かず革命を許し政権転覆された鈍感なヴァイスくんだ」


「クソデカスケールな自虐すんな」



 ……やれやれ。ヴァイスくんにわたしを悪だと認定させるには、もっと極悪なシーンを見せなきゃダメみたいね。



「ついてきなさい、ヴァイスくん。アナタにわたしの恐ろしさを分からせるためにも、今日は街中の人間を苦しめてやるわ」



 というわけで、すっとぼけを連れて悪行散歩開始。


 まずわたしが目を付けたのは、路地裏で遊んでた子供たち三人組だ。



「弱くて脆い幼子ども~!」


『あぁっ、レイテ様だぁ!』



 うじゃうじゃと寄って来る三人。

 あぁ滑稽。本来ならば世界の悪など知らない年齢でしょうに、この領地の子供たちはわたしという存在に既に屈服しているのよ。

 そんな幼い子供たちに、わたしは容赦なく命令してやるわァ!



「このレイテ・ハンガリア様が命じるわ。そこのパン屋で、パンを二つ買ってきなさいッ!」


『はいッ!』



 途端に駆け出す子供たち。

 あらあらまるで犬のようねぇ。十代にも満たないほどの幼子らを奴隷にするわたし、なんて邪悪なのかしら。



「これは、レイテ嬢……」



 このわたしの悪行っぷりには、流石のヴァイスくんも眉根を顰めた。

 そうして彼が「子供を使い走りにさせるのはどうなのか……」と、くだらない正論を吐こうとした時だ。

 調教されきった子供たちが、パンを抱えて爆速で戻ってきた。よし。



「よくやったわねぇアナタたち。はい、パンの代金よ、好きに使いなさい」


『わぁーい!』



 奴隷どもへと一万ゴールド紙幣を投げ渡す。

 さぁヴァイスくん、食べ歩きでもしながら悪行を続けましょうか。



「って……待ってほしいレイテ嬢。パンの代金はちゃんと渡す上に、一万は少し多くないか?」


「は? 何くだらないこと言ってんの?」



 呆れた。まさかヴァイスくん、代金踏み倒しとか値段通りの額を渡すとか、絶対悪であるわたしにケチ臭い真似をしろっての?



「わたしはこの地の支配者なのよ? だったら権威を示すためにも多少の金をバラ撒くわよ」



 それに、



「さっきの子供たちの内、ジェフリーくんは父を亡くした身。エドゲインくんは孤児院の子で、ルーカスくんの家は九人兄弟でお小遣いが少ないのよ。不満が溜まって不良になられるよりいいでしょ」


「!?」



 あら、ヴァイスくんが珍しく表情を崩している。

 何よその驚き顔。……ああ、わたしが子供たちにガス抜きさせて、未来の領地の治安を守っていることに驚きなのね。

 たしかに一見、悪党っぽい行動じゃないものね。



「あのねぇヴァイスくん。わたしは悪党として安定した税収を求めているわけで、そうなるとわたし以外の悪人の発生は邪魔になると考えたわけでね」


「いや……そんなことじゃなく……」



 ってなによ。じゃあなんで驚いてるのよ?



「レイテ嬢。キミはもしや、全ての領民の顔や名前や事情を把握しているのか……!?」



 は? そんなの無理に決まってるでしょ。



「全てじゃなくて『七割』くらいよ。流石のわたしも『10万3728人』の全情報は掴み切れないわ」


「!?」



 できればレイテ様としても、全ての奴隷どもの能力値やらは把握しておきたいんだけどねー。

 


「この地は景気がいいからね。その噂を聞いてか、新しく流入してくる人も多いのよ。『領主は極悪だ』って噂も流れてるでしょうに、みんなよく来るわよね~。そんだけお金好きなのかしら」


「……ああ、きっと凄まじい噂が流れているんだろうな……」



 静かに頷くヴァイスくん。

 よし、わたしの悪行一番目を見せつけたところで次に行きましょう!






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