第二章:ハンガリア領の日々

第7話:わたし、16歳なんですけど!? 領主の仕事やってるんですけど!


「わたし、起床ぅ……!」



 傷病奴隷たちを買った翌日。わたしはグロッキーな気分で目を覚ました。


 いやぁまさかね。テキトーに買った奴隷たちが新政権の残敵の上、そこに王子まで紛れてたとはねぇ。

 しかもわたしの何気ない言葉で“再革命”る気になっちゃうとか、そんなのありえないでしょ。


 ……ん? ありえない? ハッ!



「そ、そうよッ、そんなこと現実にあるわけないわよ! きっと昨日の出来事は全部夢なのだわっ!」



 そうそうそうに決まってるわよ! 今までの出来事はぜーんぶ夢! そうわよそうわよー!



「起こしに来たぞ、レイテ嬢」


「そうわよッ!?」



 突如、部屋へと響く男の声。

 わたしがドアのほうを見ると……!



「ヴぁ、ヴァイスくんだぁぁ……!」


「俺だ」



 そこには昨日の悪夢の象徴、ヴァイス第一王子が立っていた……!



「ふぁぁ、やっぱり夢じゃなかったんだ……!」


「どうした、寝ぼけているのかレイテ嬢? ちなみにどんな夢を見たんだ?」


「爆弾に囲まれる夢」


「ならば安心するがいい。俺がキミを守り抜こう」



 って無駄にいいセリフ言うな! 爆弾ってのはアンタよアンタ!



「とにかく起きよう。小鳥のさえずるいい朝だ」


 

 こちらの気など一切知らずに近づいてくるヴァイスくん。

 

 ちなみに彼の服装は、『護衛役』用の威圧感ある軍服っぽいスーツとなっていた。



「あぁそうだったわね……。あれから騎士たちは領地の戦士団に回して、アナタは召使い兼ボディガードとしてわたしを世話するよう命じたのよね」



 昨日のことを思い出す。

 

 “第二王子へといざ逆襲! いざ再革命レコンキスタ!”と無茶苦茶やばい方向に熱狂していた騎士たちとヴァイスくん。

 さらにはそこにウチの使用人たちまで交ざって、“いざ再革命の暁には、我らがレイテ様を王族に!”とか、意味わからんことを叫ぶ始末だった。


 ああ、このままじゃまずい。

 わたしはこの僻地で民衆どもをいたぶっているだけで満足な悪党なのに、このままじゃ政権闘争に巻き込まれてしまう……!


 そう思ったわたしは、ひとまずみんなを落ち着かせるために、



 “いきなり戦いを挑むのは無謀よ。しばらく普通に生活して、ゆっっっくりと戦力を集めましょう”



 と言って、一旦その場を収めたのだった。


 それに対してアホ連中は“流石はレイテ様! なんて冷静で的確な判断なんだ!”とか媚びたことほざいてたけどね。

 いやふざけんな。アンタらがトチ狂ってるだけなのよ。



「まぁいいわ……。それじゃあヴァイスくん、今日からよろしくね」


「ああ。専属のボディガードといえば、主君の寝首をラクに掻ける立場だ。そんな役目を与えてくれるとは、俺のことを信じてくれているのだな……!」



 ってちッッッげぇわよッ! 無表情のまま目を輝かせるな!


 今や『第一王子アンタ』といえば王都に見つかったら即攻め込まれる爆弾なんだから、わたしの手元に置いておかないとハラハラして仕方ないのよッ!



「ずっと側にいなさいよね!」


「照れる」



 殺すぞッッッ!?



「ったく……。あぁそうだ、外を歩くときにはコレを身に付けてなさい」



 ベッド脇の小物入れから包帯を取り出す。

 

 わたしは悪党だからね。使用人どもに寝込みを襲われた時のために、医療セットを寝室に用意してるのよ。


 まぁ今のところ使った機会は見習いメイドがうっかり転んで擦りむいた時しかないんだけどね。

 だらだらと血を流しながら仕事されたらわたしの屋敷が汚れちゃうもの。



「この包帯で、顔の半分……目の周りでもグルグル巻いておきなさい。そしたらいざ王都の者に顔を見られても大丈夫でしょ」


「ふむ。目の周りをグルグル巻いたら前が見えなくなるんだが?」


「目はちゃんと見えるようにするのよ」


「ふむ?」


「だから、目だけ開くようにして……」


「ふむむ?」



 いやふむむってなによ。



「……あーもう、やってあげるからベッドに腰掛けなさい」


「助かる」



 では失礼してと、丁寧に腰を落とすヴァイスくん。


 うわすごいベッドがギシッてなった。

 引き締まった身体の中によほど筋肉が詰まっているのか、思わずわたしのお尻が浮きそうになったわ。

 体重差どんだけあるのよ……。



「レイテ嬢のベッドは柔らかいな。とてもふかふかだ」


「高級品だからね。てか王子様なら、高級ベッドの感触くらい慣れっこじゃないの?」


「いや、俺はよく鍛錬に熱が入って訓練場で寝ていたからな。兵の訓練に参加して四時間ほど剣を振るったあと十六時間も自主練で剣を振るうと、その場で意識が落ちて気持ちいいぞ」


「って鍛えすぎでしょどんな王子よ!?」



 顔は無表情でクール系なくせに、変なとこあるわねぇコイツ……。



「特訓気絶部の王子様とかどうなのよ……」


「仲間を募集中だ。兵たちも付き合ってくれようとするが、みんなゲロ吐いて死にかけてしまう」


「当たり前の話でしょーが」



 ……でもそのうち見てみたいわね。そこまで鍛えたコイツの剣技。



「はい、それじゃあ大人しくしてなさいよ~」



 トンチキ王子の前に立ち、額あたりから包帯を回していく。



「クルクルっと巻いて……。うーん、念のために片目は隠しちゃいましょうか。そこだけ包帯一枚にしておけば、透かして見えるから不自由ないでしょ」


「ああ、俺の金眼は珍しいものだからな。片方だけでも隠しておこうか。再革命の日まで潜伏できるよう、念を押してくれ」



 そんな日は来てほしくないんだけどねー……。

 あと今は喋らないでほしい。首下あたりに吐息がかかってくすぐったいのよ。



「ギュッと縛って……はい出来た。これで身バレの可能性は減るわね」


「ありがとう。これから毎朝頼んだぞ」


「いや自分でやりなさいよ」



 はぁー……なんだかんだでコイツ王子ね。

 世話されるのに慣れてますって感じだし、どっか抜けた雰囲気あるし。

 


「まったく、子供じゃないんだからシャキッとしなさいよね」


「反省する。その点、レイテ嬢はすごいな。大人という感じだ」


「あらあらっ!?」



 まぁまぁ嬉しいこと言ってくれるじゃないの。

 そうよそうわよ、わたしは大人のレディなのよ。わかってるじゃないのヴァイスくん。



「うふふ、嘘だったら承知しないわよっ!」


「事実だ。レイテ嬢のことは、十歳程度なのにすごいなぁと思っている」




 ってわたしは十六歳よバァァァカ!!!


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【Tips】


ヴァイスくん:無表情のどえらい美丈夫。『氷の王子』とも揶揄されるが、中身は天然の特訓気絶部。レイテのことを10歳そこらと思っていた。


レイテ:↑失礼ねコイツッッッ!!!


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