第4話:奴隷たちが媚びてくるわよ!!?
「――さてと」
商談を終えた後のこと。キノコくんは去り、わたしの前には三十名ほどの傷病奴隷たちが残った。
みんな状況についていけてないって表情だ。まぁ最初の死んだ顔よりマシね、辛気臭かったし。
「アナタたちを買ったのは他でもないわ。このレイテ・ハンガリア様に服従し、死ぬまでわたしを守らせるためよ」
そう言うと、さらに彼らは困惑した。ってなによ。
「――すま、ない。一つ、いいか?」
そこで、左端の青年が声をかけてきた。
わたしが“視る”に明日にも死にそうな人だ。
負っている傷は全身火傷と全身裂傷。粗末な包帯こそ巻かれているものの、そこからは膿と死の臭いが漂っており、『女王の
……なのによく立ってられるわね。よほどタフなのかしら?
「アンタ誰よ。名前は?」
「俺の名はヴァイス…………ただの、ヴァイス。下級兵士だ」
ふむ覚えたわ。で、そのヴァイスくんが何用かしら?
「キミは俺たちを、“死ぬまでわたしを守らせるため”に買ったというが……。見ての通り、俺たちは傷だらけの有り様だ。護衛役をするには、荷が重い。だから」
そう言うと、彼はその場に片膝をついた。
「無理をさせるなら、どうか俺だけにしてくれ……! 残る者たちは、安静に治療してやってくれ……!」
あら生意気ね。この奴隷ってばいきなり主人にお願いしてきたわ。下級兵士のくせになんか偉そうね。
残る連中も、戯言を吐く彼に涙を流しながら「なんてお人だ……!」「自分たちなどどうか構わずッ!」と、なにやら敬意を感じる物言いをしている。
よくわからないけど人望がある下級兵士さんなのね。
でも悪いけど、
「ダメよ。全員今日から働いてもらうわ」
「ッ!?」
瞠目するヴァイスくん。
不服そうだけど当たり前だ。高いお金を払ったんだから、さっさと働いてもらわないと。
「キミは……いやお前は……ッ! なんて、極悪な……ッ!」
「あはっ、よくわかってるじゃないヴァイスくん! そう。わたしこそが悪の権化、レイテ・ハンガリア! 邪悪極まるこの地の女王様よ!」
あぁわかりやすい怒りや憎悪は心地いいわねぇ!
ウチの領地はそういうのを隠すのが上手い連中ばかりだけど、どうやらヴァイスくんは腹芸が出来ないみたいね。逆に安心するってものよ。
「……俺たち傷病奴隷を余さず買い取ってくれた時には、善意の貴族かと信じていたのだが……」
「それは残念ね。あいにくわたしは利もなく金を使う『
「くっ……!」
というわけで、
「――『
瞬間、黄金の光が奴隷たちを包み込む。
「これは……っ!?」
「なんだ、この温かな輝きは!?」
「痛みが、引いていく!?」
混乱する彼らを見ながら、わたしはゴシックドレスの深い袖口から一本の角を取り出した。
これぞ『
まぁ使うたびに目減りするから、一気に三十人も癒したことでわたしのおててに収まるくらいの大きさになっちゃったけどね。
「なっ……『
死に体だったヴァイスくんもピカピカだ。
包帯の隙間から覗く肌は白さを取り戻し、焼けて燻んでいた黒髪にも艶が宿った。
「ま、こんなところね。これで働けるはずよね?」
『……、……』
奴隷集団は黙り込んだままだ。
火傷や裂傷だけでなく、潰れていた目鼻や欠けていた指や手足がもとに戻った様を見て、呆然と震えている。
そんな中、ヴァイスくんだけが口を開いた。
「おま、いや……キミは、何なんだ……?」
「レイテ・ハンガリア辺境伯。好きな食べ物は肉と卵かけライス、趣味はお散歩と猫鑑賞」
「そうではなく」
じゃあなんなのよ。質問の意図が分からないんですけど。
「キミは自身を、“実利を求める悪意の貴族”と称したな。だったらなぜ、奴隷風情に『
「あぁそのこと?」
そんなことで戸惑ってたのね。そんなの簡単じゃない。
「理由は一つよ。『絶対に裏切らない護衛』を作るために、アナタたちに恩を売りたかったの」
「なに……?」
「アナタたちは傷病奴隷。全員ずたぼろな有り様の上、衣食住も頼れる相手もないでしょう?」
ゆえに、
「だからこそ、このレイテ様が全力で助けてあげるってわけよ! 身体の不調はもちろん癒すし、金銭も住居も与えてあげる! 怪我の
ふっふっふ。こうしてドップリとケアしてあげることで、
「これで、アンタたちはいくらわたしが嫌いだろうと、裏切るのを躊躇うようになるわけよッ! これが極悪令嬢のやり方よーーーッ!」
おーーほっほっほーーー!
あぁ気持ちいいわぁ! 奴隷たちってば、睨むようにわたしを見ながら握った拳を震わせてるわ!
きっとみんな、『なんて邪悪な美少女なんだ……! 断罪したいが、彼女を害せば頼る相手をなくしてしまう。自分たちはどうすれば……!』とか悩んでいるのだろう。
うふふふふ。どこの兵士たちかは知らないけれど、兵役についていたからにはきっとみんな正義の人のはずよね。
そんな連中を葛藤させるわたし……なんて邪悪なのかしら! うほひ!
「というわけで、さっそくアンタたちには働いてもらいたいわけだけど……って、なによヴァイスくん。なんだかまだまだ不満顔ね」
「いや……不満というか……」
包帯に隠れた口元をまごつかせるヴァイスくん。言いたいことがあるならしゃっきり言いなさい。
「……数十億もする『
「はぁ? 何言ってんの?」
こっちこそ彼の言いたいことがわからない。
数十億の出費? だからなに?
「まず一つ言っておくわ。わたしの命は、数十億よりずっと価値があるのよ。だったらソレを守る作戦に使うのに、何のためらいがいるのかしら?」
「凄い自信だな」
「極悪だもの。そして」
ヴァイスくんの背後に立つ男たちを見る。
「アナタたちは、そんなわたしの『
『っ……!』
はい講義終わり。
やれやれまったく、わたしに仕えるんだからそれくらい判ってもらわなきゃ困るわよ。
「あぁ、色々話してたら肩が凝ったわぁ」
そう言って肩を回すと、ヴァイスくん以外の連中が目を輝かせて、
『もっ――揉ませてくださいレイテ様――ッ!』
っていきなり何よー!?
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【Tips】
レイテ・ハンガリア:自称極悪令嬢。肉類とお散歩と猫が好き。
ユニコーン:伝説の幻獣。なんか散歩してたら出会ったらしい。
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