「周防壱だ。俺は志藤組次期組長、志藤尊の正妻で…。」


「従弟!!従弟なんだよ!!」


尊は平和な学校生活をブチ壊される前に、壱の言葉を遮って叫んだ。


「従弟?」


「そ、そう。田舎から東京見物の為に出てきてさ。俺の部屋に泊めてやってるんだ。」


「田舎から?」


マナがそう言って、壱の全身を見やる。


「ああ、だからそんなダサいファッションなんだぁ。顔はいいのに、もったいな~い。」


「………。」


その辛口ファッションチェックを受けて精神的ダメージを被ったのは、壱ではなく尊の方だった。


仲間に背を向け、尊が文字通りの押し掛け女房を問い質す。


「何しに来たんだよ、お前!あと、俺の服を勝手に着るな!」


「だって、愛するダーリンと一緒にいたかったんだもんっ。…しょうがねぇだろ、着の身着のまま嫁いできたんだから。着替え持ってきてねぇんだよ。お前の部屋にある服で、俺が着られるサイズがこれしかなかったんだ。じゃなかったら誰が着るかよ、こんな服。」


それは尊がショップ店員の口車に乗せられるがまま購入したビッグサイズのトレーナーだったが、壱が着ると小さいくらいで、真ん中にプリントされたキャラクターは伸びきって悲惨なことになっていた。


「アパートの鍵は!?まさか、開けっ放しにして来たのか!?」


「何か問題あるか?あのボロアパートに盗られるもんなんて何もねぇだろ。ああ、そうだ、ついでに忘れ物を持ってきてやったぜ、ダーリン。」


そう言って、壱が尊に財布とスマホを渡す。


それから、全く悪びれていない笑みを浮かべて「ま、安心しろよ。万が一、俺達の愛の巣に侵入するボケナスがいたら、俺が香港の奥義で退治してやるからよ。ホワチャー、なんつって。」


「………。」


こ、こいつはどこまで本気なんだ…?


周防壱は昨夜から現在に至るまで、一貫してヘラヘラ笑いを続けていた。


ある意味、ポーカーフェイス。


表情が固定されているから、何を考えているのか、そもそもこれは本当の笑顔なのかすら判然としない。


「仲いいねぇ。」


「だろ?」「どこが?」と、マナの言葉に、壱と尊が同時に振り返る。


「それにしても、尊にこんな男前の親戚がいたなんてな。全然似てないじゃん。」


「周防君っていくつなの?」


「18だ。」


「はぁ!!??」


一同が驚愕した声を上げる。


「えー、見えない!…あ、悪い意味じゃないよ!?」


「うんうん!すっごく大人っぽいから、25くらいだと思った!」


「すっげーな。何食ったら18でそんなガタイになるんだ?」


その中でも、尊の驚き具合は群を抜いていて。


青ざめた顔で小刻みに震える指を突きつけ、壱に言う。


「お、お、お、お前…み、み、み、未成年なのか…!?」


「…尊君、従弟の年齢を聞いて、何でそんな驚いてんの?」


「何か文句あるか、ダーリン。18で結婚は別に違法じゃねぇだろ。」


確かに結婚は違法ではないが、未成年の喫煙は法律で固く禁止されている。


いや、そんなことより…。


「お、お前…俺より年下なの…?」


「ま、そーだな。年下はお嫌いかしら、ダーリン。」


「周防君って面白いねぇ。そうだ、マナが東京を案内してあげる!マナ、オシャレなカフェとかセレクトショップとか、いーっぱい知ってるよ!」


「えー、ずるい!私も行く!」


「あんた達、抜け駆けしないでよ!周防君、お姉さんが大人の遊び、教えてあげよっか?」


「ダーリン、妻の貞操がピンチだ。ボーッとしてねぇで助けてくれよ。俺が食われてもいいのか?」


「………。」


しかし、尊の意識は深い闇へと沈んでいた。


『お、俺は今朝から3つも下のガキにいいように弄ばれていたのか…?』という事実が、尊のプライドを瓦解させていく。


その時だった。


「…あの、志藤尊君?」


まるで、尊の意識をすくいあげるように、頭上から可憐な声が降ってきたのは。


尊が机に突っ伏していた顔面を上げる。


そこに立っていたのはー…。


「い、伊藤純花(いとうすみか)さん!?」


「うん…志藤尊君、だよね?」


目の前に立つ人物を見て、尊は恐れおののいた。


それどころか、教室全体が騒然となった。


「うわ、伊藤純花さんだ!」「き、今日も可愛い…。」という声があちらこちらから聞こえてくる。


桜坂大学ミスコンテスト2年連続優勝者、大学の頂点に君臨する美の化身、伊藤純花が、どういうわけか尊の目の前にいて、しかも、尊の名前を呼んでいた。


純花がおずおずと切り出す。


「き、急にゴメンね。ちょっといいかな…?」


「ははは、はい!?」


そう言われて、尊はますますパニック状態に陥り、彼女に言われるがまま教室を出ていった。


その後ろ姿を、仲間達は驚愕の眼差しで、壱は怪訝そうな目つきで見送った。


「…誰だ、あの女は。尊の友達か?」


すると、すかさず周囲から「そんなわけないじゃん!!」という総ツッコミが返ってきた。


「伊藤純花!容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能!おまけに家は超金持ちのウルトラ完璧美少女だよ!」


「へぇ、学園のマドンナってやつか。」


壱はさも面白くなさそうに鼻を鳴らして、2人が消えていったドアに目をやった。


小柄で華奢な体つきのくせに、胸だけは妙にでかい女だった。


色白で、性格も多分だが清楚で大人しそうだ。


しかしー…。


「…黒髪じゃねぇな。」


伊藤純花のゆるいウェーブのかかった明るい髪色を思い出しながら、壱はボソッと呟いた。


「え?」


「…いや、何でもねぇ。で、そんな高根の花が、尊みたいな雑草に何の用だ?」


「そんなの、俺達が聞きたいよ。」


「ひょっとして、あの作戦が効いたのかな…。」


ふいに、尊の友人の1人が半信半疑の顔つきで言った。


仲間内に動揺が広がる。


「あの作戦が!?そ、そんな馬鹿な…。」


「でも、それ以外に尊と伊藤さんに接点なんて…。」


そこで、壱が口を挟んだ。


「何だ、あの作戦って?」


尊の友人軍団は、皆一様に奇妙な表情を浮かべながら、おずおずと言った。


「実はー…。」




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