「尊!!結婚おめでとう!!」


「はぁぁぁぁ!!??」


室内に尊の大絶叫と、中国人男性のパチパチパチといった儀礼的な拍手が響く。


「どういうことだ、このクソ親父ぃぃぃぃ!!」


その瞬間、普段は平和な性格で知られる尊の中で野獣のパワーが覚醒した。


父親の胸倉を掴んで、強引に立ち上がる。


「いや~、劉さんと相談して、信頼関係を築くにはお互いのガキを結婚させんのが1番じゃねぇかって話になってな。ほれ、戦国時代の武将も同盟締結の時にはそうやって…。」


「ふざけんなぁぁぁぁ!!!!」


「どうせ彼女が出来る予定なんか一生ねぇんだろ、オメェ。寧ろ感謝してほしいくらいだぜ。息子を生涯童貞の運命から救ってやったんだからな。」


「ふざけんなぁぁぁぁ!!!!」


父親の父親としてあるまじき暴言と暴挙に、尊が我を忘れて怒り狂う。


よくよく見れば婚姻届のほとんどは記入済みで、空いているのは『夫になる人』の部分だけだった。


『妻になる人』の欄には、達筆な文字でこう書かれている。


周防壱(すおういち)。


「誰だよ、これ!!」


「オメェの奥さんになる人だよ。」


「だから、誰だよ!!」


「劉さんの娘さんだ。」


この時、尊は父の首を締めることに夢中になるあまり、婚姻届の不自然な点に気付かなかった。


彼女の名字が父親である劉徳懐と異なること。本籍地が東京になっていること。その他、諸々の矛盾点を無視して「だから誰なんだよ、こいつはぁぁぁぁ!!」と雄たけびを上げ、炎の如く怒りを吐き出す。


「とにかく、こんな本人の意思が存在しない婚姻届は提出したところで無効だ!!この国の人道至上主義をナメんなよ!!大体、あんたの娘は承知してんのか!?見ず知らずの男と結婚なんて!!」


すると、思いがけない方向から返事があった。


その声の主は、猛でもなければ、劉でもなく。


「…俺ァ別に構わねぇぜ。」


「あんたには聞いてねぇ!!関係ない奴は黙ってろ!!」


「おいこら、尊。劉さんのお嬢さんに何て口を利きやがる。」


「はぁ!?」


「すまねぇな、壱さん。尊の奴、急に別嬪の奥さんが出来て、興奮しちまったらしい。」


「OK、OK。彼の気持ちはよく分かりますよ、爸。こんな絶世の美女を自分のもんにできるんです、ハイになるのも無理はありません。」


「は!?へ!?え!?」


「政略結婚とはいえ幸せ者じゃねぇか、尊。童貞のオメェに、こんな美人でセクシーダイナマイトボディの奥さんが出来るなんてよ。正直ちょっと羨ましいぜ。」


「あ、あんたら、何の話を…。」


尊はそう言いながら、眩暈を覚えてヨロヨロと父親から離れた。


どうやらここに来て、大声を出し続けたツケが回ってきたようだ。


脳の酸素が不足して、目の前の景色がどんどん暗くなっていく。


「お、おい、尊、大丈夫か!?」


急速に遠のく、この世で最も忌み嫌う父親の声。


「…っと、危ねぇ。」


崩れ落ちる最中、背中に感じた力強い感触。


「ところで、お料理まだですか。私、ずっと待ってるんですけど。」


どういうわけか、最後の最後にちょろっとだけカタコトの日本語を話した中国人。


尊はそんな理不尽で混沌とした世界から全力で逃れるように、意識を手放しー…そして、話は八畳一間のオンボロアパートに戻る。




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