サヤはささやかな幸せは手に入らない

長女と末の妹

 物語の島と云われるイルディヒストアに、ファンファーレが鳴り響こうとしていた。


 子爵ラボルト家に子供が生まれたからだ。


 この島に生きる人々は、祝杯を挙げようと、今か今かと待っていた。

 男の子であれば、きっと救いの勇者かお姫様と出会う幸運者。

 女の子であれば、それは美しく、王子と添い遂げることができるに違いない。

 そう思うと、誰もがワクワクと胸を高鳴らせていたのだ。


 ここ一番の占いの婆様が告げていたのだ。

「次の主人公はラボルト家に生まれる」

 久方振りの主人公が誕生するとなると、賑わうのが当然だ。ヒーローやヒロインがいてこその物語なのだから!


 しかし、彼等は愕然とした。


 生まれた子供がパッとしない赤ん坊だったからだ。

 鴉のように黒い髪、闇夜のような目。

 顔立ちだって、特出すべき点がない普通の女の子だと知ったからだ。


 市井の者達は一目見るなり、踵を返した。

 こんなのは、主人公ではないとばかりに。


 そして、誕生したその子供の両親ラボルト夫妻は落胆していたのだ。

 目尻を歪ませて帰って行った人々にではなく、生まれたばかりの娘に。

「お前が我がラボルト家の娘だと思うと、一点の恥にしか思えない」

 そう吐き捨てたのである。





 その一年後に、またラボルト家に女の子が誕生した。

 

 人々は口々に誉めそやした。

「なんて美しいのでしょう!」

「こんなに可愛らしい子は滅多にいませんわ!」

 彼等の声は嬉々としていた。


 それもそうなのである。

 生まれたばかりのその女の子は見事な美しさを誇っていた。

 夕焼けに染められた雲から紡がれたかのような金糸の豊かな髪。碧い海を閉じ込めたかのような瞳。そして、雪のようなきめ細やかな白い肌。

 誰もが思い描く、主人公の姿をしているからだ。


 ラボルト夫妻は大いに喜んでいたのだ。

「この子は我がラボルト家の誇りだ!」

 祝福を受けたその女の子は、幸せそうに両親に抱き上げられていた。


 その完璧な構図の中に、一歳になってから数日ばかりしか経っていない女の子は、奥から眺めていた。

 その黒い髪の娘がいることも、誰もが気に留めなかったのだ。





 そして、数年も経っていくと、長女の存在は忘れさられることとなるのは、当人は未だ幼かった為に知らなかった。


 彼女の名前は、サヤ・ラボルト。


 愛されなかった少女である。

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誰もがそっぽ向く私が主人公なわけありません 〜物語が生まれる世界で起きた姉妹の試練〜 利人 @rihito6

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