弟子②
◇
「本当に、大丈夫ですか?」
女子高生が念を押して聞いてきた。
「ああ、何ともない。ありがとう」
天井から落下したとき、彼女のテケリリがクッションになったらしい。
命拾いした。
対戦と全然関係ないところで死ぬところだった。
あんな気色悪いものに救われるとは……
「そっちこそ、落ちてきたガレキが当たらなかったか?」
「はい」
言う通り、見た感じどこもケガはない。
俺が落っこちたあと、彼女はすぐにスカートを履き直した。
それで、心配して介抱してくれた。
突然のことで、俺も死にかかったので、見えてしまったことはうやむやになっている。
俺が気絶したと思っているようだ。
実際、意識がいくらか飛んでいたが。
どうやら彼女は、シェイプシフターに襲われているときに、粗相をしてしまったらしい。
まあ、仕方ない。
だから、そそくさと俺から去っていったようだ。
それで、下着を脱いで処理していたところに、たまたま上にいた俺が上から落ちてきたと。
彼女の下に落ちなくてよかった。
そういえば、彼女のいたところに水たまりがあった気がするが、俺は黙って気付かなかったふりを通す。
廃ビルの一階の、おそらく安全だと思われる吹き抜けのあるスペースで、向かいあって座っている。
俺は、あぐらをかき、女子高生はスカートに手を添えて正座している。
「アサキさん……ですか?」
「ああ」
とりあえず、俺は女子高生に名乗った。
「ミツバ・ユムです。どうぞ、よろしくお願いします」
ユムが頭を下げる。
「こちらこそ、よろしく」
ユムは途方に暮れたように言った。
「はあ、それにしても、これから、どうしたらいいんでしょうか……」
「それなんだが……」
俺はそのあと、時間が経つと、シェイプシフターがどんどん強くなることを説明した。
◇
「それって、まずいじゃないですか!」
ユムが声を上げた。
「おい、テケリリ。声ってシェイプシフターに聞かれるのか?」
「聞コエナイ、姿モ見エテイナイ。シェイプシフターハ、オ前タチノ、生命力ヲ、追ッテイル」
「そうか。逃げるには離れるしかないのか……」
「あ、ごめんなさい。私、追われてるのに、大きな声出しちゃって」
ひそひそ声で話す。
「いや、関係ないらしい」
「はい、すみません……」
ひそひそ声でなく、普通に話し始める。
「それで、アサキさんは、私を狙ってたあのシェイプシフターのところに戦いに来たんですね」
「ああ、そうだ」
ユムが立ち上がった。
「改めて、ありがとうございました!」
また、深く頭を下げて礼を言う。
「アサキさんが来てくれなかったら、私、間違いなくやられてました。アサキさんは命の恩人です!」
「まあ、こんなゲーム、ほとんどの人はやらないからな。メチャクチャだ」
ユムはちょこんと正座して座り、拳を握って言った。
「あの、さっきの、すごかったです!」
彼女のくりくりした目に、光が宿っている。
「どかああんって、ビックリしました」
「対戦の後半の、あれか?」
「チートっていうんですか?ああいうの?」
俺とユムのテケリリが声を重ねて言った。
「「チート、バグ、コノゲーム二、ナイ」」
「だ、そうだ」
「じゃあ、どうやって?」
「普通にこのゲームの仕様だよ。バフとバイオリズムを合わせるとああなるんだ。昔、このゲームをやってたんだ」
「経験者さんだったんですか」
「そうだけど、もうだいぶ昔に引退してる」
「でも、あれだけ強かったら、きっとどんなシェイプシフターにも負けないんじゃないですか?」
「そうだといいんだが……危うくなるかもしれない」
「あれだけダメージが出せるのに、負けちゃうなんてあるんですか?」
「あるよ。いろいろ面倒くさいスキルがあるんだ、反射だとか無効化だとか。デバフでやりあうこともあるから、いつも攻撃が成功するとも限らない。さっき俺が後半まで動かなかったのは、その対策もあるんだ」
「へえ、なんだか難しそうですね」
「まあ、ゲームしてた時はそういうのも含めて楽しくやってたんだけどなあ」
「好きなんですね。このゲーム」
「いや、好きだった、だ」
ユムはきょとんとした。
ユムは話しやすくて、無駄話が長引いたが、そうもしてられないので、そろそろカード交換の話に移る。
「君は今、何枚カードを持ってる?」
「ええと、30枚です。追われて戦わされて、何とか勝って……」
「30枚か。プレイヤーどうしでカードの交換が出来るらしいんだ。俺のカードの、余りと被りがかなり出てきたから、使えるものは渡しておきたい」
「か、被るとか余るって、どれくらいカードを持ってるんですか?」
「今のところ105枚だな」
「ひ、105枚?何でそんなにあるんですか?」
「ここに来るまでに2回倒して、60枚。さっきのあの融合したやつが45枚持ってた」
「ひゃ、ひゃあ。すごいです。それの中から交換してもらえるんですね。でもそれだとアサキさんが損をしちゃうんじゃ……」
「いや、そうでもない。このゲームは偏らせるほど強くなるんだ。属性、攻撃型、種、全部一つにまとめ上げた方がいい。うまくない課金者はそこでひっかかるんだ。とにかく新しくてレアリティが高い方が強いって思い込んで直近のを集めて組んでしまう。でも、それをやると属性も攻撃型も種も全部バラバラになって、嚙み合わなくなって弱くなる」
「ほえー、なるほどー」
「じゃあ、交換すればするほど、お互いに強くなるわけですね。アサキさんにもメリットがあったんですね。よかった」
ユムが感心する。
結構飲み込みが早いな、この子。
「やっぱり、君はこのゲームのセンスがあると思うよ」
「え、そうですか」
「ああ、対戦中も言わなかったか」
「そんなこと言ってたんですか?あの時は頭がテンパってたから、気付かなかった」
「いや、言ってることは正確だったよ。だから、君はセンスがあるって言った」
「ええ!」
ユムは立ち上がった。
背を向けて、化け物に話しかける。
「テケリリちゃん、私センスがあるって!」
今、あの化け物をちゃんをつけたような……
ユムは腰をかがめて、化け物をなで始めた。
「うりうり」
あの化け物をペットみたいにしている。
というか、触って大丈夫なのか、あれ。
それよりも。
ユムはかがんだせいで、スカートがまくれ上がり、中のものが見えてしまっていた。
……
履いてなかったのか。
「うりー」
テケリリを指でツンツンする。
小ぶりなおしりが揺れた。
……
目を反らし、見なかったことにする。
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