トップランカー

 シェイプシフターの融合が終わり、バトルフィールドが閉じられる。


 敵はさっきの奴と同じく、人の姿をして立っていた。


 2体融合して、一回り体積が大きくなっている。


 そして、内側に人の骨……


 テケリリの目から、スクリーンが映される。


 俺は十分の間に、相手のデッキとにらめっこしながら、戦い方を練った。


 狙われていた女子高生は、その間に大分落ち着きを取り戻している。


 怯えた顔で、深く息を吸ったり、吐いたりしていた。


 時間が来て、戦闘画面に切り替わった。


 俺はシェイプシフターと対戦を始める。


           ◇


 1ターンめ。


 敵が『戦術』のノーマル攻撃を使ってくる。


 ENEMYの『戦術』

 『3455PT』!


 スクリーンに大きく表示された。


 対戦画面の下の対戦履歴にも出る。


『ENEMYの、『戦術』、YOUに3455PTのダメージ!』


 さらに付随する特性の効果もずらずら乗せられる。


 敵の名前はずっとENEMY、俺の名前はYOUで固定されていた。


 俺はこのターン、まったく何もしなかった。


「え、どうして?」


 女子高生の戸惑った声が後ろからする。


           ◇


 2ターンめ。


 またしても敵は『戦術』を使ってくる。


 俺はまた何もしない。


 ENEMY『戦術』

 『4308PT』

 スクリーンが更新される。


           ◇


 3ターンめ。


 俺はやっぱり何もしない。


 ……『戦術』です……


 女子高生のささやきが聞こえた。


 ……『戦術』を使ってください……


 アドバイスのつもりだろう。


 俺に攻撃させたいらしい。


 対戦中の俺に気を散らさないように気を使ってか、小さな声でいう。


 逆に気を取られるように思えるが、俺のために言っているのだと考えると、文句は言いづらい。


 俺はまだまだ動く気はない。


 全て計算のうちだ。


 無視、だと失礼なので、聞こえなかったふりをする。


           ◇


 4ターンめ何もせずやり過ごす。


           ◇


 5ターンめ。


 ここで敵が光属性の『戦術スキル』を使ってくる。


 『50999PT』


 『30998PT』


 『79345PT』

 

 3回食らった。


 ノーマル攻撃より10倍ほどのダメージが出ている。


 女子高生の動揺する声が聞こえた。


「5万、3万、7万。うわ、私のときはあんなに出なかったのに。どうしよう」 


 女子高生の声が祈るようなものに変わる。


「勝って、勝ってください……」


           ◇


 5ターンめ。 


 敵はノーマル攻撃。


 俺はまたしても何もしないで流そうとする。


 そのとき、女子高生がこらえきれないように言った。


「攻撃です。攻撃してください」


 俺は少し彼女の方を振り向いた。


「いっぱい攻撃しないとダメなんです。それで、私、さっきはなんとか勝てました」


 さっきの金髪の女性と同じことをして、女子高生はたまたま勝ったようだ。


「大丈夫だ。問題ない」


「え?」


 体の向きを敵の方に直して、俺は対戦に戻る。


 6ターンから9ターンまでも、同じく俺は何もしなかった。


 その間、女子高生が話しかけてきた。


「あの」


「うん?」


 俺はまた、少し振り向く。


「体調、大丈夫ですか?気分が悪いとか?」


 女子高生が心配そうに聞いてきた。


 彼女は俺が何もしないのは、体調が悪くて動けないからだと思ったようだ。


「大丈夫だ。何もしてないのはわざとだ。心配ない」 


「は、はあ」


 女子高生はため息のような返事をする。


 敵はこまごまと攻撃を繰り返して、俺のダメージは溜まっている。


 10ターンめ。

 

 累計ダメージ287987PT


 ここでまたしても、女子高生が声を掛けてくる。


「今です!今、スキルを使って下さい!」


 俺はまた女子高生の方を振り向く。


 テケリリを抱えた彼女と、始めて目を合わせた。


 大きな、くりくりした瞳で俺を見据えて、必死になって言う。


「左上にグラフみたいなのがあるじゃないですか!あれが高くなると、スキルが強くなるんです!」


 女子高生はスクリーンのバイオリズム時計を指さした。


「白いのは光属性で。黒いのは闇属性で!

 だから、今、白いのが高くて光属性が強くなるから、光属性を使って下さい!」


 命を賭ける状況にいながら、俺は彼女の言葉に感心した。


 そう、そのとおりだ。


 彼女の言う通り、このゲームはバイオリズムでスキルの効果が増減する。


 バイオリズムに気を配るのが、このゲームで勝ち筋を作るコツだ。


 彼女はきちんとソウルマスターの基本を理解している。


 何年やっても、バイオリズムを無視したり、理解できないプレイヤーも結構いるのだ。


 前の対戦を力押しで勝ったと思っていたが、そうではないらしい。


 あの歳でカネもかかって、マニアックなソウルマスターをやっているとは思えないので、おそらくルールの説明から読み込んだのだろう。


 健気な性格なのかもしれない。


 10ターンめの今、バイオリズムは白の棒、光属性を表すグラフが高くなっている。


 確かにこの近辺で、攻撃をするなら今だ。


 彼女はなかなかセンスがある。


 それでも俺はまだ何もしない。


「ありがとう!大人しく見ててくれ!」


 俺は声を張り上げた。


 スクリーンに向き直る。


「うっ」


 女子高生は沈んだ声で言う。


「邪魔してごめんなさい」


 俺がでかい声をしたから、怒っていると勘違いしてしまったかもしれない。


 後ろ向きのまま俺は言った。


「俺の動きをよく見ていてくれ。特に20ターンから」


「え、ええ?に、20ターン?」


「そう、20ターンだ」


「は、はい」


 それからの俺は、まだまだなにもしない。


 別にもったいぶっているわけでもない。


 これが、もっとも安全かつ、確実なやり方だからだ。


 正確には、何もしていないのではなく、何もしなくていいのを確認している。


 適当に流しているのではない。


 俺は戦略を考えるフェーズで、敵の持つスキルは大方覚えていた。


 1ターンめから、相手が何を消費して、何を残して、特性が何が発動しているか、集中して履歴で見極めている。

 

「どうなっちゃうの……」


 暗い声で、女子高生が呟く。


 19ターンめ。 


 俺への累計ダメージ、『1229962PT』

 

「うう、あんな大きいダメージ」 


 ボソッと女子高生の声が聞こえる。


 俺はターンが切り替わる直前、女子高生の方を向いて言った。


「君はセンスがある」


「え、今なんて?」


「強い仲間は欲しい。ここからは集中して見ててもらいたい。俺のやり方を吸収してこれからの戦いに生かすんだ」


「は、ははは、はひ」


 女子高生は慌てて返事をしようとして、嚙んでしまったようだ。


 20ターンめ。


 ここでやっと使えるスキルが出てくる。


 俺はバフを開始した。


 儀式スキル

 闇属性『死のドライブ』5ターン後の霊種のパラメーターアップ★★★

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 闇属性『悪魔の憑依』5ターン後の闇属性の儀式スキル効果アップ★★★

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 闇属性『肉体変異』5ターン後の霊種バイオリズム被効果がアップ★★

 …………

 …………

 スキル名だけを見て、畳み掛けるようにタブをタッチしていく。


 これが素早く出来るように、スキル名は全て暗記してある。


 APが切れないように、デッキも調整済みだ。


 ミスポチしないように、細心の注意を払う。


 スクリーンがチカチカ光って瞬時に更新するのを繰り返す。


「ど、どうなってるの?す、すごい」


 21ターンから24ターンまで俺は指をハイスピードで動かしてスキルを積み込んでいく。


 『雷神』の儀式スキルも放り込む。

 

 そして、25ターンめ 

 

 闇属性バイオリズム最大。 


 残ったバフを使い切る。


 ここでとうとう攻撃に移る。


 戦術スキルのタブを開き、『ジェラルダイン』のスキル『エナジードレイン』をタップする。


「食らえ!」

 

「え、攻撃した?」


 女子高生が呟いた次の瞬間、ダメージ値が表示される。


 『『ジェラルダイン』の『エナジードレイン』』


 『11343748234050268PT』


「へ?」


 俺はもう一発放つ。


 『15758957389892892PT!』


 さらに追撃。


 『9805548243058459PT』


 ……

 ……


「なに、あれ?」


 あっけに取られたような女子高生の声が聞こえた。


 こちらとしては想定通りの値だ。


 その後の26ターンから先は、俺は1ターンずつデバフで敵を落とし込んだ。




 累計ダメージ


 YOU 

 『759105217404847154PT』

 vs

 ENEMY

 『1748025PT』


 『YOU WIN!』


 対戦は俺の圧勝で終わる。


 こうなることは敵のデッキを見た段階で予想できて、20ターンめまでの履歴で完全に確信した。


 それでも、命がかかっていることで冷や冷やする。


 緊張の糸がほぐれて、俺は大きく息を吐いた。


 前回の対戦より、ダメージ値が6桁増している。


 やはり、『風神』『雷神』がいい仕事をしてくれた。


 反面、これまでの対戦より被ダメージが上がっている。


 敵も編成が強くなっていた。


 バトルフィールドが消える。


 俺は後ろを振り向いて言った。


「大丈夫か?」


 俺が後ろを振り向いた途端、女子高生はガバっと立ち上がった。


「ありがとうございました!」


 深々と頭を下げる。


「失礼します……」


 そう言って、そそくさと階段の方へ、一目散に走っていった。


 彼女のテケリリがその後をついていく。


「なんだったんだ?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る