敗者の末路

 ざっと追加されたカードを見終えて、俺はテケリリに聞いた。


「テケリリ、まだこの近くにシェイプシフターはいるのか?」


「2体、予約デキルノガ、イル」


「2体もか」


 まだ、いくらか集中力はもつ。


「近い方を予約しろ」


「分カッタ」

 ……

 ……

「予約シタ」


            ◇


 それから、数分待つ。


 何も起こらない。


「テケリリ、次もさっきみたいにこっちに来るのか?」


「今ノ対戦ガ、終ワッタラ、来ル」


「何だって?」  


 俺は素っ頓狂な声を上げた。


「誰かもう戦ってるのか?それなのに予約出来るのか?」


「ソウダ。対戦ガ始マッテモ、予約出来ル。ソイツガ、勝ッタラ、オ前ト、対戦スル。負ケタラ、予約ハ、取リ消シ」


「テケリリ、そこに連れてけ」


「分カッタ」


 テケリリがズルズルと動き出す。


 意外と速い。


 俺はキャリーバッグを持って、走り出した。


 まずい。


 テケリリはフェアとか言っているが、全然フェアじゃない。


 ここまでの流れは、完全に初心者へのハメ殺しだ。


 こんなマイナーなゲーム、ほとんどの人がやったことがないに違いない。


 行けば、助言ぐらいは出来るかもしれない。


 走り続けると、既に張られたバトルフィールドが見えた。 

   

           ◇                                          

 

 フィールドの中には、20代に見える、金髪の、派手目な服装の女と、シェイプシフターが対峙していた。


 彼女についていると思しきテケリリがスクリーンを映している。


 もう対戦の最中だった。


 バトルフィールドに近づく。


 膜に手を触れると、ずぶっと手が入った。


 引いても抜けない。


 入り込む方向にしか動かない。


「テケリリ、何だこれは?」


「バトルフィールドハ、入ルノハ自由。タダシ、一度入ッタラ、出ラレナイ。次ハ、入ッタヤツガ対戦スル」


「はあ?」


 目の前のシェイプシフターは俺が既に予約をしたから、次に対戦するのは決まっている。


 けれども、誰かが戦っているバトルフィールドの中に入れば、自動的に次の対戦相手になるらしい。


 俺は全身とキャリーバッグをバトルフィールドの中に突っ込んだ。


 既に半分以上のターンが過ぎていた。


 累計ダメージの項目を見る。


 YOU 『4893PT』 

 vs 

 ENEMY 『306833PT』


 完全に負けてしまっている。


「なんでよ!なんで全部のスキルでダメージ出ないのよ!弱点属性とかあるんじゃないの?」


 女が儀式スキルのタブを開き、タップする。


『『雷神』の『大雷撃』』


『2318PT!』


 彼女が今使ったのは『雷神』のスキルか。


 めちゃくちゃいいカードだ。


 しかし、まったく性能は出せていない。


 焦りで、女の人は取り乱していた。


「なんでSSRのスキルが効かないのよ!」


 俺がここに来るまでに既に、SSRの攻撃スキルをすべて消化してしまったらしい。


 焦りながら、戦略スキルのタブを開く。


 スキルを必死にスクロールするが、すべて残数0。


 それを閉じて、儀式スキルを探るが、これも既に0。


 すべて使い切ってしまったようだ。


 『戦術』タブを押し、ノーマル攻撃を出す。


 『134PT!


 『75PT!』


 『121PT!』


 非情な、低いダメージが加算される。


 あれでは、彼女が今やっているように、ノーマル攻撃を連打するしかない。


 が、APは0になってそれも尽きるだろう。


 俺に何か口を挟めることはもうなかった。


 言いたくないが、手遅れだ。


 せめて、死ぬというのが、悪い冗談なのを祈るしかない。

 ターンが変わって、敵の戦術スキルが発動する。


 『70088PT』!

 

 ダメージが上乗せされてしまった。


「バグってんじゃないの、このゲーム!」


 女が手で髪をかき乱す。


「なんであっちの方がダメージ出るわけ?こっちの方がSSR多いのになんでよ?」


 無情にも、敵はダメージを入れ続け、ターンは経過していく。


「なんでよ。なんでよ。なんとかしろよ!」


 さらに頭をかき回し、半泣きになっていた。


「ふざけんな!」


 女は対戦を放棄して、バトルフィールドの外に逃げようと走り出した。


 バン!


 膜にぶつかり、跳ね返る。


「何よ!これ!」


 膜を両手でバンバン叩く。


 膜から抜けようと、泣きながら膜で爪を掻き始めた。


 つけ爪が剝がれ、爪でガリガリ擦り続ける。


 俺もキャリーバッグを持って、遠心力で勢いをつけて膜に叩き付けたが、硬くて、やはり、びくともしない。


 時間の限りそれを続けたが、音だけが響く。


 やがて、俺の力が尽きて、ぜえぜえと息が切れた。


 そうしている俺と女の傍らで、ターンはどんどん過ぎていく。 


 そして、対戦が終了した。


 スクリーンに『YOU LOSE!』と映される。


 すると、シェイプシフターが飛び跳ねて、女の頭にかかった。


「ぎゃああああ!」


 頭がゼリーで包まれる。


「うわあ!」


 突然のことに、俺は驚いて声をあげた。


 女は窒息して、目を見開き、口を大きく空けて、苦悶の形相を浮かべる。


 息苦しさからか、首に手を回した。


「ゴボォ」


 口から空気の玉をはく。


「クソ!」


 俺は、彼女の頭のゼリーを取ろうとした。 


「触ルト、オ前、溶ケル」


「は?」


 女の人は全身がゼリーに覆われて、倒れて横に転がった。


 けいれんしたように体を揺らす彼女の服に、穴が開く。


 服がボロボロに溶けていって、下着が露になってそれも溶けていく。


 皮膚も溶けて、内側の赤い筋肉の繊維が現れて、それもドロドロになった。


 髪は消え、目玉が眼下に消える。


 ゼリーの中に骨だけが残った。


「うっ」


 俺は吐き気を覚えて、こらえた。


 シェイプシフターが人の形をして立ち上がる。


 女の人の骨が、半透明のゼリーに包まれていた。

 これがシェイプシフターの本来の姿か。


 ただのゼリーの塊だと思っていたが、おぞましい化け物だった。


 さっきまで生きていた人の、骨。


 直視するのはキツイ。


 俺は、目を反らす。


「ひ、ひでえ」


 敗北者がどうなるか、初めて見て俺の心に改めて恐怖が巣くう。


 でも、対戦しなければならない。


 既に予約してしまった。


 次は俺がああなる。


 その次は、俺の骨が、誰かをああする。


「やってやる」


 俺は骨とゼリーの化け物と向かいあった。


 金髪の女のテケリリは、いつの間にか消えていた。


 俺のテケリリと俺とシェイプシフターがバトルフィールドの中にいる。


 デッキ編成と戦略を練るフェーズを終えて、対戦が始まる。


 シェイプシフターのスキルの威力は増していた。


 さっきのよりずっと質が悪くなっている。


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