直美の秘密

吉江 和樹

第1話

私は瞳。札幌の街中。

中心からやや外れた寂しい裏通りにあるビルの3階。

社員10人程度のつまらない会計事務所で経理をしている。

会社での仕事はパソコンでただひたすら数字を打ち込むだけの単純な仕事だったが、給与には満足している。

これでも大学は出ているのだ。

主人はプログラマーというやつで、家でも四六時中パソコンに向かって私には訳の分からない暗号みたいなものを操っている。

それを見て私は最初、彼がロシアかどこかのスパイではないかと本気で疑ってしまっていた。

私たちは、特別豊かな暮らしをしているわけでもなし、苦しい生活をしてるでもなし,人並みの生活(人並というやつがどういう生活かは知らないが)をしていた。

主人は、特別いて困ることもなければ、いなくても困らない、という存在だった。

そして言っておきたいが、私はキリシタンでもなし、仏教徒でもなし、いわば無神論者に近い存在だったが。

これから始まる物語が、その日の夢の神の御加護?によるものだと、私は信じている・・・。


 それはその日の思いもよらぬ夢から始まった。そう、その日、私は夢を見た。

 最初はそれは闇の中の一点の光だった。

 暗い闇の中に強く光る一点の光。私は思った、なんだろう・・・。

 するとその光は次第に白く美しく、徐々に広がりだしていった。

 私はもう一度、不思議な気持ちで思った、なんだろう・・・。 

 そしてよく見るとその白く美しく広がった光の中央に人が立っていたのだ。

 まっすぐと悲しげに、俯きながら、美しく白く光る中央に人が立っていたのだった。

 私は何とも不可思議な気持ちの中で、その光の中で真っ直ぐと寂しげに、俯きながら立っている、その人を見つめた。

 するとその人は後ろに金色の神々しい十字架を背負っていたのだ!

「キリストだ!」私はその瞬間に思った。私は驚愕のあまり、声を上げそうになった。しかし私はすぐに考えた。

 私は神のお迎えが来るようなことを何もしてはいない!

 私は天国に、いわんや地獄へ落ちるようなことは、何もしていない!

 そりゃ女のくせに、タバコは少し吸いすぎてるかもしれないが・・・。

 するとキリスト様が私を優しく見つめ、ささやくように言ったのだった。

「あなたは直美・・・」直美は会社の友人。

 特別仲がいいわけでもなかったが、私になかなか心の内は見せようとしない内気な子だった。

「ちっ、違う、私は瞳よ!」

「・・・・・・」キリスト様は優しくも悲気に私を見つめていた。

「あなたは直美・・・」キリスト様が再びささやいた。

「ちっ、違う私は瞳よ!・・・」

 そう、夢の中で叫んだところでその夢は終わったのだ。 

 

 私は目を覚ました。

 私は少し、額に汗をかき、何とも不可思議な夢を思いだしていた。

 何時もより少しここちよいベッドの気がした。

 窓にかかった緑色のカーテンの隙間から、夏の強い日差しが差し込んでいた。    

 あれ? カーテンの色が違う・・・。

 そんなこと私は思いながら、ベッドから起き上がり、何気に私の横に寝ている男の顔を見た。

 その時、私はのどから心臓が飛び出しそうに驚いた。

 それは私の会社の友人、直美の旦那だった。

 寝室には見たことのない高価なクローゼットと本棚が並んでいた。

 壁には何か感性を深くえぐりこむような、絵が飾られている。

 そういえば彼女の旦那は画家だった。

 ええ・・・。どうして・・・。

 私は、そんな淫らな真似をした覚えはない。私は驚いて起き上がった。

 

 するとそこは、以前遊びに来たこともあった、直美の部屋だったのである。

 私は驚いて部屋の中を駆け回り、バスルームに入った。

 すると今度は、本当にのどから心臓が飛び出していたかもしれない。

 そこのバスルームの鏡に映っていた私は、直美だったのだ。 

 私は呆然としばらくの間、何も言えずに立ち尽くし、昨日の夢を思い起こしていた。

「キリスト様の夢・・・」その時、彼、直美の旦那の声がした。

 彼がベッドから起き上がり、バスルームで立ち尽くす私に声をかけた。

「直美・・・」

 そして鏡をみつめ、もう一度考えた。

 すると直美は私になってるのだろうか?・・・。

 その時、もう一度背後から声がしたのだ。

「直美、どうかしたの?」直美の旦那だった。その声を聴いた瞬間、とっさに考えた。

 とりあえずここは直美になるしかない。直美が普段旦那をどう呼んでるかは知らなかったが、取り敢えず返事をした。

「なっ、なあに、あなた・・・」そしてバスルームを飛び出し、彼に少しひきつったような笑顔を見せた。

「おっ、おはよう、あなた・・・」彼はちょっと変な顔をしたが直ぐに言った。

「昨日、今日の僕の予定は、言っておいたろう、僕は今日、急ぐんだ」

 昨日のことを言われても困る・・・、昨日、私は間違いなく瞳だったのだ。

 そう思ったが取り敢えず返事をしておいた。

「わっ、わかったわ・・・。あなた」そうして大急ぎでベッドルームのクローゼットから直美の服を取り出し、普段よく見かける直美っぽい服装をして食卓へ向かった。

 そうして急ぐんなら、朝食はパンと目玉焼きでいいだろう、そう思い、冷蔵庫の中から卵1個と、牛乳パックを取り出した。そして急いでパンを1枚焼いた。

 フライパンに卵を割って、目玉焼きを焼いた。

 すると出社の準備を終えた彼が、背後にやってきて、そして怒るように言った。

「僕が目玉焼きを嫌いなことは、知ってるだろう?どうしたんだい」

「こっ、これは私の朝食よ」

「僕は今日急ぐんだ。昨日言ったことを聞いてなかったのかい?」

 そうして彼は言った。

「もう時間がないよ。朝食は外でとるからいい」彼は、投げ捨てるようにそう言うと、そのまま部屋を出て行った。

 私はほっとしてしまった。

 そうして、今日の朝からの彼の態度を見て、直美のところはあまり夫婦仲がよくないのではないかと、疑ってしまっていた。

 そして思った。本物の直美は今どうしてるのだろうか。

 そう思い直美の部屋に電話をしてみた。すると今いる部屋の電話が鳴った。

 そうだった、直美は今、私だった。

 そして瞳に、いや、自分に電話を掛けた。

 すると、震えた声で本物の直美がでた。

「ひっ、瞳?」電話の向こうの直美が言った。

「そうよ・・・。なっ、直美なの」私は聞いた。

「そっ、そうよ・・・」すべて把握したように声は上ずっていた。

「おっ、落ち着くのよ・・・、直美・・・」私は言った。

「落ち着くったって、ひっ、瞳・・・」直美は言った。

 どちらかというと直美より瞳のほうが肝が据わっている。

「とっ、とにかく直美、いっ、今は、あなたは瞳になってなさい。

わっ、私も直美になってるから。とっ、取り敢えず会社で落ち合いましょう・・・」

「ひっ、ひと・・・」何か言いたげな直美を無視して、私は強引に携帯を切った。

 

 私が少し、青ざめた表情で会社に出かけると、直美はまだ来ていなかった。

 私は自分の席に座ろうとすると怒られた、

「そこは瞳の席じゃないか」。

 私はあわてて直美の席に回った。私は思った、そうなのだった、今、私は直美なのだった・・・。

 少しすると直美がそしらぬ顔をして入ってきて、一直線に私の席に坐った。

 私はじっと直美を見つめていたが、彼女はなかなか目を合わせようとしなかった。

 朝礼が終わり、仕事が始まって5分くらいたった時だった。

 直美がようやく私を見つめたのだった。彼女の視線は言っていた。

「トイレに行きましょう」2人はそっと立ち上がりトイレに向かった。

 

 トイレに入ると直美が叫んだ

「どうするのよ!」

「どうするったって、どうしようもないじゃない、私に言われても困るわ!私のせいじゃないもの!」私は叫んだ。

「・・・・・・・・」直美は黙り込んだ。

「とにかく落ち着くのよ。そして、これからどうするかを考えましょう」

「・・・・・・・・」直美は黙り込んだままだった。

「とりあえず直美。あなたのことを紙に書いて。あなたのすべての情報、会社でのこと、旦那とのことを紙に書いて私に渡して。私も瞳の情報をすべてをさらけ出してあなたに渡すわ。いい、隠し事はなしよ!」

「そして昼休みに私に渡して、私もあなたに渡すわ。いい?」私は言った。

「そっ、そんなこと言ったって・・・・」直美がそういったところで同僚の優子が入ってきた。彼女は私を嫌っていた。

「あら、おそろいでどうしたの?」彼女が言った。

「別にどうもしないわよ」叩きつけるようにそう言うと、私は一人でトイレを出た。

 

 昼休みだった。A4の紙にまとめた情報用紙を私たちは交換した。

 すると直美は、何故か恥ずかしそうにすぐに立ち上がり消えた。私は、直美から受け取ったA4の用紙に目を落とした。

 するといきなり、思ってもみない彼女の情報が目に飛び込んできたのだった。

 それは「課長が私に言い寄ってくる」。

 確かに直美は男好きのする体型だった。

 しかし間違いなく私のほうが美人だ。

 しかし私には、会社で男に言い寄られた経験などなかった。

 

 そして次の事実を見て私は愕然とした。

「私は瞳の旦那と浮気している」。


 私は言いようのない屈辱感に捕らわれた。


                             おわり

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直美の秘密 吉江 和樹 @YosieKazuki

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