第6話:アイム・ゴースト
とうとう、このときが来た。レイジと御琴は、今、京都にいる。目の前には、古井戸があった。全てが始まったのも、京都の古井戸・黄泉がえりの井戸だった。
ここは黄泉がえりの井戸とは違うようだが、それでも、これ以上にないステージだ。
「少年よ、頼む」
レイジが少年が宿る人形を持ち、自身の胸にあてがう。
そして、”俺”の意識は引っ張り出された。霊体が顕現し、レイジと向かい合う。いつも俯瞰で見ていたから、こうして向かい合うのは新鮮な気持ちだ。
「出たな、猟奇殺人鬼め」
「随分な言い草だな、レイジよ」
「ずっと見ていたな? 俺の戦いを」
そう、ずっと見ていたのだ。俺はレイジに取り憑き、その戦いを観察していた。いずれ自分に復讐に来る祠の破壊者、悪霊スレイヤーの戦いを。
しかし、それだけではない。
「敵うと思うか? この俺に」
「無論だ、そのために力を付けてきたのだ」
「く、くくくく……救えぬ馬鹿よ、力を付けたのがキサマだけと思うたか」
俺の霊体は、かつてないほどの力を得た。人間だった頃よりも素早く動くし、身体も大きくなっている。
俺がなぜ、このイカれた復讐鬼に取り憑いたのか。折角地獄から這い出たのに、なぜ自由を謳歌しなかったのか。力を得るためだ。
「いや貴様はただの猟奇殺人鬼の悪霊に過ぎん……たとえどれほど悪霊を喰らおうとな」
額に傷を負った男が、憎らしい顔で俺を見ている。
「ほざくがいい、キサマらはここで俺が殺すのだ」
「いいや、俺が貴様を討滅する」
「いざ……!」
俺の掛け声でレイジが駆け出す。目の前に迫るバットを避け、奴の身体に爪を突き立てようとした。
しかし、レイジも馬鹿ではない。身を翻し、塩を振りまいた。後ろに跳躍し塩を躱し、飛びかかる。
「今だ! 頼んだぞ」
レイジが、熊のぬいぐるみを取り出す。
「む、夜泣き霊か」
封印が解かれ、夜泣き霊の霊体がレイジを庇うようにして俺の前に立ちふさがる。
「うっ……ぐず」
女が泣き始めた。これを聞き続けるのは、流石にまずい。
しかし、霊体にはノイズキャンセリングイヤホンなどという珍妙なものは使えぬ。
「うおおおおおおおおおお!!!」
自分の叫び声で耳を麻痺させながら、夜泣き霊に突っ込む。近づくごとに声量をあげながら、一息に切り裂いた。夜泣き霊の泣き声が止まった一瞬、その身体を八つ裂きにする。
彼女の霊体は、スッと消えた。
「話にならぬぞ、レイジ!」
「今だ!」
「なにっ!?」
身体にバットがめり込み、吹き飛ばされた。霊体だというのに、全身が痛む。あの滅茶苦茶な見た目で、これほどまでの霊力を宿しているとは。見るのと食らうのとでは、大違いだ。
「キサマァ!」
全身に力を込め、呪いを発動させる。心中の、いや自殺の呪いだ。自身を台風の目とし、周囲に呪いを振りまく。レイジが対峙した無精髭のくわえタバコの男の力である。
「くっ、この死に駆り立てる強迫観念は……!」
「おじさん、接近戦!」
御琴の声でレイジが突っ込んでくる。バットと爪が何度も交差した。いつの間にか、御琴がレイジの背中にくっついている。
「ならば! その体奪い取る!」
俺の霊体から肉塊が飛び出した。人間の身体を乗っ取る華の呪い。
しかし、バットに撃ち落とされた。
「バケモノか、キサマ」
「自称神とやらの能力は借り物しかないのか? 本体はただ切り裂くしか芸がないのか」
「その芸のない奴に歯が立たず、妻子を守れなかったのはどいつだ」
「言ってくれるな、殺人鬼よ!」
振り下ろされたバットを爪で受け止め……。
「ぐっ、爪が!」
眼前にバットを振り上げたレイジ。しまった、痛みに一瞬怯み、呪いを解いてしまった。
「今だ! 頼むぞ婆さん」
バットが飛んでくる。そう思い上段に構えたのが失敗だった。レイジに蹴り飛ばされ、目の前にババアが現れる。レイジの切り札、彼の祖母だ。
念仏が耳にこびりつく。まずい、これを聞き続けてはいけない。
しかし、これは……耳の内側から脳に直接響く感覚は……!
「こんのババァ!」
ババアに飛びかかる。右手の爪が全部折れたが、左手が残っている。ババア一人を切り裂くには十分だ。が、ババアの眼前で……身体が動かなくなった。
「何をした……」
「勝負あったな、殺人鬼」
「まだ、まだだ! 俺は神に近づいた! こんなことで!」
「愚かな……神の力とは、こういうことを言うのだ」
レイジが何処かを指した。その方向にいるのは、御琴。
しかし、様子がおかしい。彼女に狐のような耳と尻尾が生えている。いや、これは……耳と尻尾は霊体? まさか。
「彼女は御巫、そして俺の姪であり、最初から俺の協力者だ」
「馬鹿な! 偶然出会った娘のはず!」
「お前の敗因は俺に取り憑いたこと……俺という身体を祠とし、貴様を封印していたことに気づかなかったことだ」
なるほど、そういうことだったのか。俺は、ひどく冷静なようだった。一時的に封印を強め、俺の意識が及ばぬ時間を作った。それを利用し、御巫である彼女に協力を取り付け、俺を騙すため、偶然出会ったように装った。
華に取り憑かれたのも、そこで切り札を一つ切ったのも、俺を油断させるためか。
「よくもやってくれたな、神に等しいこの俺――」
「貴様はただの殺人鬼、悪鬼羅刹……」
「待てよ、ただ成仏させるだけじゃダメだったんじゃねえのか!」
「確かに貴様にも同情すべき過去はあるのかもしれぬ……だが、お主は自身の意志で人を殺しすぎた」
ふっ、ダメか。もうババアの念仏も唱え終わる頃だ。地獄から這い出た俺も、ここまでらしい。
「じゃあどうする?」
「貴様は罪なき俺の妻子を殺した……地獄に叩き返してやる!」
バットが、霊体にめり込む。景色が素早く流れていく。
意識が、消える……。
直前、井戸が見えた。
「そうか、地獄の入口……ここであったか」
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