第11話 グスタフ国王

 ドレイン夫人との猛特訓中、在位中の国王陛下について、いくつか事前に学んだことがある。


 先ずこの国、エーデ王国はグレートグラウンドと言う大陸の西端にある。

 国土面積は大陸の中で3番目で、豊かな穀倉を持つ。

 ただし、鉱山は少なく、鉱物は輸入に頼ることが多い。


 故に、軍事面で不安の多い国であるため、他の国より魔法が重要であり、庶民であっても魔法が使えさえすれば貴族と結婚ができたり、功績を残せば貴族になることも出来る。


 つまり、貴族ばかりが権勢を振るえるとは限らない国なのである。


 しかし、その状況は古参の貴族には面白くないので、新興貴族を妨害する等して牽制をしたり、抵抗を試みていた。


 そんな状況下、国を二分するのも危険であったため、グスタフ王の王妃は最初は古参貴族から選出された。


 しかし―――――。


 他国から王女が輿入れすることとなり、元いた王妃候補の貴族令嬢は側室に格下げとなった。


 言わずもがな、他国と同盟を結び、王女を自国に娶ったのはグスタフ王の策略である。


 そもそも、


“愛しい人との最後の別れを”

 等と偽の愛人まででっち上げ、婚約期間も伸ばしに伸ばし、時間を稼いだ隙に他国間と同盟を結ぶあたり、行動の迅速さは武田の騎馬隊の如し、狸ぶりは秀吉めのようである。


 父上が申す通り、“人が悪い”のは間違いござらんな……。

 隙など与えてやるものか!


 元忠は、グスタフ王の御前で美しいカーテシーを披露した。


「国王陛下。本日のお召し、感謝申し上げますわ。」


 元忠のこの姿に隣に控えていたドレイン夫人も目を見張った。


 普段の雄々しい受け答えなど、忘れそうなほど優雅である。


「おぉ。久しいな。デゥバック嬢。……ふむ。」


 グスタフは顎に手をやり思案げに元忠を見つめた。


 グスタフは、デゥバック嬢を見ながら、明らかに変わった眼光の強さに気づいた。


 以前ならば、おずおずとこちらを見つめて、小さい時のハルツの様だったが……。


 今は物怖じもせずこちらを見つめる。


 デゥバック家に関しては、密偵を送り内情を探らせていたが……。


 セイントを我が手元に置けるなら良し。

 敵の手に落ちるなら排除。と、考えていた。


 しかし……。


 小さな子リスが少なくとも、気位の高い猟犬程度には育ったようだ。

 結果は良い。

 小リスより、犬のほうが使い道はあろう。


 よもや……いくらバイエレメンツで、新たに獲得したエレメントが“ウォリアー”だったとしても、手に負えない野獣ではなかろう……。


 グスタフはそのように考えていたが……。

 少々その考えが、甘かったことに気づくのは、そう遠い未来では無い。


「時に……最近、をようやく追い出したそうだね? ハリーはその後どうだね? 元気にしているかい?」


 最近入り込んだネズミ? 

 後妻に収まっていた、かの親子か。

 ネズミ……とは、

 この男。

 家臣の家に起こっておったこと、知っておったな?

 それを重々承知の上で、放置していたと言うことは……。


 自ら手を汚さずしてお家の取り潰し……いや…………まさか、アデライン嬢を手駒に置く算段であった?


 アデライン嬢はセイント。


 攻撃は出来ずとも、このプランツマニュピゥレイターは植物を自在に操る! 

 つまり、兵器以外の兵糧には困らぬということ。


 欲する気持ちは解らんでもないが………。


 やり口は非道! 美濃の斎藤道三に通づるいやらしさじゃっ!!


「ネズミとは意なことを………ネズミはどこにでもおり候。故に陛下の自らお気にかけることにはございますまい。」


 元忠は笑顔で答える。


「まぁ………。それもそうかの。」


 国王陛下は何が嬉しいのか、笑顔で答える。


 元忠は首を傾げた。矢鱈と満足げな笑顔である。


 何が嬉しいのか…………。


 その時、侍従が客の訪れを陛下に告げた。


「陛下。皇太子殿下がお越しですが………。」


「丁度よい。通せ。」


 陛下のお下知がでたので、扉が開かれた。すると、颯爽とマントを翻す少年が現れた。


 ドレイン夫人は彼をみた瞬間、顔を少ししかめた。が、


「皇太子殿下にご挨拶申し上げます。」


 と、直ぐにすまし顔でカーテシーをし、数歩下がった。

 元忠もそれに続く。


 すると、


「おや?……。見ない顔だ。夫人! その方の横にいる娘は誰だ?」


「こちらは我が従姪、デゥバック嬢ですわ殿下。」


「お初目にかかりまする。それが……おほんっ。

 私はデゥバック伯爵が娘、アデラインでございます。お見知り置きくださいませ。」


 と、挨拶したところ。


「ほぅ……。あの庭師か農民か判らぬ泥臭娘が……見違えるようではないか! 今なら妾に迎えても良いぞっ!!」


 と、ニカッと快活に笑うので、恐らく本人に全く悪気はない。


「オホホホ。お戯れを……。」


 と、ドレイン夫人は笑顔で返していたが、怒気がすごい。


 ふむ。まぁ……。冗談であろうし……。


 もし、嫁にという話では伯爵家を守れなくなる。

 やはり入婿が欲しい……。


「大変魅力的なお話ではありまするが、身に余る光栄。

 やはり、殿下のご伴侶とならば見目麗しき賢明なる女子がよろしいかと存じまする。

 私ではとても務まりますまい。」


 元忠は皇太子に恭しく述べた。すると……。


「……。私の気のせいかな? 令嬢の性格も随分変わったように思うのだが……。」


 うーん。と皇太子は思案した。


 この時、ドレイン夫人は気が気ではなかった。


 皇太子は普段から無遠慮な物言いで、周囲を辟易させてしまうのだが、時折妙に鋭かった。


 と、勘付かれてしまったのだろうか?


 そして――――。


「良し! 手合わせしよう!!」


 皇太子が、いきなりとんでもないことを言い出した。

 それに、元忠は当然の様に返事する。


「はっ! 畏まりましてっ。」


 ドレイン夫人は冷や汗を流した。

 もし、憑依の事がバレたら……アデラインはどうなるのか___!


 しかし……。


 元忠は悠然と構えている。


 いっそ頼もしく思えるくらいに。


「ねぇ……大丈夫なのね?」


 ドレイン夫人は元忠の手を握って尋ねた。彼女の手は震えている……。


「安堵めされよ。これなるは唯の手合わせ、何ということはない。」


 と、元忠は彼女の手にそっと手を置き鷹揚に微笑んだ。


「おいっ! 早く来いっ!!」


 と、殿下に急かされ元忠は


「ただいま参りまするっ。」


 と、皇太子殿下の後に続いた。


 ドレイン夫人の心配をよそに、元忠の胸は高鳴っていた。


“想うがままに振る舞われるお姿は君主の器ぞ。よく仕えるように。”


 生前、まだ小姓であった頃、あちらでの父上に、言われた言葉。

 今も覚えている_____。


 そのお方こそ、我が生涯の主。


 徳川家康公。






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薄幸令嬢の中の人が戦国武将だったら 泉 和佳 @wtm0806

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