第10話 国王陛下に謁見

 招待状。

 国王陛下からの……。


「どっ、どうしたらいいのだ!? アデラインは淑女教育の最中……。いきなり会う相手としては格上すぎるっ!! 

 それに……。陛下はお人が悪いっ!!」


 ハルツ氏は大変狼狽えた。


「直ぐドレイン夫人に連絡をっ!」


 アーノルドも慌てて執務室へと向かう。


 そんな慌てふためく二人を元忠は呆気に取られて、見ながら


 この慌てよう……、

 昔、信長公に今川義元を討たれた時の事の様でござるな……。


 と生前の出来事を思い出していた。と、同時に、


 はて? この国の君主はそのように慌てるほど気難しいのか?

 となるならば、信長公の様に勝気な上に気短か?

 それとも秀吉が如く油断も隙もない狸か?


 等と思い巡らせた。


 そして、知らせを受けドレイン夫人は直ぐに公爵邸へと馳せ参じた。

 と言っても、ドレイン夫人の態度は落ち着いたもので、


「やはり。陛下のお召しも早かったわね。」


 客間でゆったり座って、ハルツ氏の顔を見るなり言った。


「キャッシー!! どうして君はそんなに落ち着いていられるんだい!?!?

 へ、陛下だぞ!? 」

(キャッシーとはドレイン夫人の愛称である。)


「ハリーこそ少し落ち着いたら? 何も初めてのお目通りというわけでもないのだし。」


「だからこそだよ!! 陛下のお人の悪さは君だってよく知ってるじゃないか!!」


「あぁ……。

 そう言えば、貴方よく陛下に悪戯されてべそかいてたものねぇ……。」


「そんな昔の話! 今持ち出さないでくれ!!」


「まぁ、謁見なら大丈夫よ。

 確かに……陛下はクセの強い方ではあるけれど、今のアデルなら、そう心配もいらないでしょう。」

(アデルとは、アデラインの愛称である。)


 ドレイン夫人は元忠を見やった。


 元忠は、はて? と、目を丸くした。


「しっ!……しかしだなっ……―――――。」


 と食い下がろうとするハルツ氏に向かって、ドレイン夫人はジロッと睨めつけ、


「そうやって!! 後ろに隠すことばかりしていたから! アデラインがんでしょ!?!? 

 私も、嫁いだのですから、口は出すまいと我慢していましたが……可愛い姪が……どれだけ悔しいことかっ!!

 しかし……これも全能たるガイアスのお導き……。

 アデラインが……魂を賭して家を守ろうとした我が家を……ここで守らずして何とします!?!?」


 と、ハルツ氏をまくし立てる。

 一言でも反抗しようものなら、十倍になって返ってくる。それがドレイン夫人である。


 それに、今まで接してきて分かったが、ドレイン夫人は故デゥバック公爵夫人と懇意にしており、その娘もずいぶん可愛がっていた。


 その可愛い娘に、儂が取り憑いたとあっては、その怒りもさぞ大きいものであろう……。


 ハルツ氏はぐうの音も出ず、しょんぼりと黙ってしまった。


 そして、


「さて、アデライン! 我々も打って出る時が来たわっ!! 陛下の謁見に向けて……

 猛特訓よ!!!」


「はっ! あ、いや、わかりましたわっ! 精一杯精進仕り……いたしますっ!!」


 元忠のまだ板につかぬ喋り方に、ドレイン夫人はズルっと肩を落としたが、


「その意気やよし!」


 と、気を取り直した。


 こうして、謁見までの約1ヶ月。


 元忠はドレイン夫人と二人三脚の猛特訓に励んだ。


 流れるようなカーテシーの練習。

 詩集や、貴族の回顧録の朗読、お茶会のマナー、ナイフアンドフォークの優雅な使いこなし、ダンスレッスン、本を頭に乗せ軸のぶれぬ優雅な足取り等……。


 詰め込めるだけ詰め込んだ。


 そうして――――。


 すっかり夏の日差しとなったこの頃、王宮からお召しの馬車がやって来た。


 四頭立ての、金に縁取られた白亜の馬車。


「随分大仰な車じゃ……。」


 と、感嘆を漏らすと、ドレイン夫人は


「何を言うの。これは王家の馬車でも常用のものだわ。装飾だって質素じゃない。正式な召喚ではなくて、あくまで個人的な呼び出しということね。」


 と言った。


 何と! これが常用! 

 この馬車1台で蔵が二つは潰れてしまいそうじゃが……。


 そう思いながら、元忠はドレイン夫人に付き添われながら馬車へと乗りんだ。


 そして―――。


「久しいな。デゥバック令嬢。」


 総白髪の体格の良い初老の男が、後ろ手に腕を組み、王城の中庭にて元忠達を出迎えた。


 かの者が……


 グスタフ国王陛下――――。

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