第9話 米が……!!
元忠の、アデラインになってからの1日は、夜明けと共に起き上がり、水差しから一杯の水をいただくことから始まる。
メイドが来る前に髪を梳き、終わる頃
「おはようございます。お嬢様。」
と、ノック音と共にメイドがやって来る。
「オハヨウ。入ッテイイワ。」
本等で学んだ、こちらの貴族女性の話し方を実践。
やはり、こう……むず痒いと言うか……やはり気恥ずかしい。
失礼いたしますと、メイド二人がやってくると、顔洗い用のたらいを乗せたワゴンを元忠の側に置き、もう一人はドレスの準備に取り掛かる。
ドレスは外歩き用と、室内用があって、特に来客も無いときは室内のドレスを着る。
室内用のドレスは、コルセットやペチコートは不要で、着るのが楽なうえ着心地も良い。
支度を終えると、食堂へ赴き、朝餉をいただく。
今日は、
オムレツ、ほうれん草のソテー、マッシュルームソテー、パン、ジャムがママレード、イチゴ、ブルーベリー
パンを一口大にちぎり、ママレードを塗りつつ食べる。
メインの皿もきれいに平らげ、元忠は想う。
米が喰いたい……。
そんな物憂げな表情に、アーノルドもハルツ氏も少し心配した。
「アデラインや、何かあったのかい?」
ハルツ氏が声を掛ける。
「あ、いえ。父上。朝から申し訳がざりませぬ。」
「責めてるわけじゃないんだ。ただ……。心配で……。どうか、君の話を聞かせておくれ。」
「……。では、その……。
米はやはり、高いのでしょうか?」
「米? 米か……。じゃぁライスプディングを作らせよう。」
ら、らいすぷでんぐ??
こちらでは米をそう呼ぶのか???
いや、しかし……。
言ってみるものじゃ。
ようやく米が喰える!!
こうして、午後の3時のお茶に、らいすぷでんぐなるものを用意してもらうことになった。
米が食べれる嬉しさに、元忠は午前中のアーノルド指導の元、行うマナーレッスンも気も漫ろに、幼子が如く浮足立っていた。
つにに! 午後3時、庭園の東屋にて、父上と共に茶をいただくことに。
そして、
ことっと、目の前に置かれたは……
粥?
やたら白いのだが……、一体何で炊いた粥なのだ??
元忠が戸惑っていると
「おや? 気に入らなかったかい?」
と、父上が眉を下げる。
はっ! いかんいかん!!
せっかく用意していただいた物を、無碍に扱うなどっ!!
「そんなんことは――っ! い、いただきます。」
元忠はひと思いに、ライスプディングを口にした。
すると……
「あ……甘い!?!?!?」
こ米が、甘い!!!
儂の知ってる米の味ではないっ!!!!!
元忠は、自分の思い描いてたにぎり飯と、あまりの乖離した味のライスプディングに衝撃を受け、思わず口を押さえ、匙を取り落とした。
「お嬢様!?!?!?」
皆顔を青くした。
毒でも盛られていたのか!? と、その場にいた全員凍りついたのだ。
しかし……。
「あ……甘くて……。」
「え???」
「も、申し訳ござりませぬっ!!」
元忠は、机に頭を打ち付ける勢いで叩頭した。
「ど、どうしたのかね!?!?」
ハルツ氏はギョッとした。
「我儘を叶えていただきながら! この不始末!! 我ながら情けない限りでございますっ!!」
「いや、ああの……! 理由を聞いても?」
「はっ! 某、この、らいすぷでんぐは初めて食す物でございまして……、その……米がこんなに甘いとは思わず、吃驚してしまいまして。
誠に申し訳がざりませぬ。」
これを聞いて一同、毒ではなかったと安心し、また、元忠の律儀さに驚いた。
ま、当に……家臣の鑑!!
アーノルドは思わず感心してしまったが……、
ハッと気づいた。
この方は家臣ではないっ!!
当家のお嬢様だっ!!!
私としたことが、お嬢様のご要望にお答えできなかった等っ!!
「申し訳がざりません。お嬢様。」
今度はアーノルドが頭を下げた。
「我々一同、お嬢様に尽くそうと努力しているのですが……、お嬢様のご要望にお答えできませんでした。
ですので……、どうか、我々を信じて、お使いいただけませんでしょうか?
お言葉さえいただければ、最善を尽くします故。」
元忠は、アーノルドの下げた頭の頭頂を見ながら、自ら恥じた。
あぁ。なんということじゃ!
かように尽くしてくれようという家臣がおりながら……!
「すまぬ! 儂の言葉が足りなんだ。今度からは、遠慮せず申す故、此度は頭を上げよ。」
「ありがとうございますお嬢様。」
こうして、元忠とアーノルドの絆は深まった。
ハルツ氏も、
「アデライン。前はどうあれ、今は私の娘なのだから。
遠慮なんて淋しいことはしないでおくれ。君の話は何でも聞きたいと思ってるんだから。」
と、優しく微笑んだ。
「父上……。ありがたく。」
元忠はしみじみと、その愛情を噛み締め、自分の亡き父母を思い出した。
思えば、特に母上には、大した孝行もしておらなんだな……。
今世は乱世にあらず。親不孝は繰り返すまい。
そんなほっこりしみじみした空気を、一通の招待状が、見事破壊した。
「旦那様! 陛下よりお嬢様宛の招待状でございます!!」
下男が走って、ハルツ氏に盆に乗せて持ってきた。
ハルツ氏は途端に表情を硬くし、アーノルドも顔が引きつった。
陛下。
ということは……。
この国の君主に謁見出来る!
薄幸令嬢の中の人が戦国武将だったら 泉 和佳 @wtm0806
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