第7話 結果良かったのか?

 こうして、バイエレメンツであることを正式に認められた元忠は、家に帰り着き次第その足でハルツ氏に報告と相談にあがった。


「何だって!?!? ゲホゲホゲホッ!!!」


 ハルツ氏は口にしていた紅茶を、思わず肺に引き込んで大いにむせた。


「はぁっ……。あ姉上ぇ。何でそんなこと!!

 アデラインが狙い打ちされるではありませんかっ!!」


「何を日和ったこと言ってるの!! もう狙われたじゃない!! 貴方はいつも姑息に逃げ回ることしかしないからこうなったのよっ!!」


 うぐぅ……。と、ハルツ氏は当にぐうの音も出ない有様であった。


「それに、もう一つのマジックエレメンツは戦神サニウスのウォリアー! デゥバック家の当主の資格には十分すぎるわっ!! 昇爵だって夢ではなくれよ!!」


 と、ドレイン夫人は意気揚々であったが、ハルツ氏は顔から血の気が失せてしまった。


「サ、サニウス!? ウォリアー!? 

 そ、そんな……。アデラインが国防の最前線に立たされるではないですか!?!?」


 国防の最前線!?


 その一言に、元忠はピンッといきり立った。


「戦場……出られると!?」


「ま、待ってくれっ!!!!!」


 ハルツ氏は叫んだ。


「わ、私は……ただ平穏で穏やかな日々を……アデラインには幸せになってほしいんだ。

 君は……、いや、実際貴方は私達より年上なのかな? 君は、君自身は、元々武将なんだ、戦も慣れたものなんだろう。でも……。」


 ハルツ氏は両手をぎゅっと結んだ。

 その様子を見た元忠は語り始めた。


「うむ――――。

 某は六十二年の生涯の内、戦には幾度も出て参った。しかし……。


 なにも、無謀に敵に向かって行っていたわけではない。時には敗走することもあった。

 最後は、武人として華々しく散ることを選んだが、決して無駄死にではなかった。例え、某の亡き後にどの様な顛末があったとしてもじゃ。


 血の一滴までも余さずこの命、使い切ったと自負しておる。


 ……つまりよ、某はそう簡単には死なぬということじゃ。

 なにより、こう見えて某、二千にも満たぬ手勢を引いて、4万の軍を相手し十三日は生きながらえたのじゃ。なかなかにしぶとかろう?」


 はははははっ!

 と、元忠は笑った。


 それを、ハルツ氏は呆然と聴き入った。


 その日の晩――――。

 元忠はハルツ氏に呼び出された。

 ハルツ氏は片手にブランデーを転がし、ゆったりとソファーに腰掛けている。


「やぁ……アデライン。いや、トリイ殿。」


「……ハルツ殿。」


「そう畏まらいで良い。こちらに来て座りなさい。」


「はっ。」


 ハルツ氏は元忠にもブランデーを勧めた。

 元忠はちびっと口にすると、少し顔をしかめた。


「これは……。強うござるな。」


 味わったことのない濃厚な味と、強い酒気で少しクラッときた。


「ブランデーだからね。君のいたところには無かったのかい?」


「ここまで強いのはございまぬな。」


「そうかね。」


 …………………………………………………………………………………。


 しばしの沈黙が流れて、ハルツ氏が


「アデラインはね……。

 花や草木が好きな子で、庭で麦や野菜すら育てたこともあるくらいなんだよ。

 でも、昨日、散歩に出たら……アデラインの花壇や畑が……見知らぬ銅像やら、匂いのきついバラなんかに変わっていてね。

 きっと……アデラインは辛かっただろうね。

 私が……情けないばかりに。

 姉上にも叱られてしまった。

 私が……逃げ回ってばかりいたから……こうなった。守るべきものも……。

 私は君すら後ろめたいのだ。

 親として守れもしなかった我が子の人生を、君に押し付けている。分かっているんだよ。でもね……。納得がいかないと言うか……。

 女だてらに騎士を目指せるといのは、大変栄誉なことだ。でも……どうか……。」


「ハルツ殿。……。」


 元忠は、ハルツ氏の前に膝をつき改まった。


「お約束申し上げよう。

 某、決してハルツ殿より先立つ親不孝は致さぬと。

 そして、夫を持ち子を成し、必ずやその腕に孫を抱かせてみしょう。」


「……。トリイ殿。」


 ハルツ氏はこの日の晩遅くまで泣き明かした。元忠は黙ってその横でハルツ氏に付き添った。


 翌日――――。


「なんてことなの!?」


 ドレイン夫人の怒号から朝が始まった。


「何とは、何でござろうか?」


 元忠ははてと首を傾げた。


「何じゃないわっ!! 

 どこの世界に床で寝る淑女がいるというの!?」


「しかし! これ全て殿某が勝手するのは筋が違うというもの。」


「あぁ〜。もう……。いいわっ! 新たに部屋を用意させましょう!」


 こうして、伯爵邸に元忠の部屋が整えられた。

 これが、中々に広く豪華な部屋である。


「おぉ! かたじけない!」


「“かたじけない”じゃなくて“感謝いたしますわ”よ! それに、この家の主になろうという者が、床に寝るなど!? 威厳を損なう真似は今後一切しないでちょうだい!!」


「はっ! 肝に銘じましてございます!」


「“ご配慮頂き、ありがとうございます”よ!

 何で貴女そんな軍隊みたいな受け答えなの!? って……。貴女確か以前は……。」


「不肖、某、戦場にて兵を率いておりました。」


「これからは、兵を率いるだけではありませんわっ。 社交にも出ていただきませんと!!」


 ドレイン夫人は手を頭に当て悩ましげにため息をついた。


 社交……。


「社交……と、申しますと、茶会でございましょうか?」


「あら? お茶会の経験はあるの?」


「えぇ。茶の湯の心得は多少ございまする。」


「え? 茶の湯?」


 お茶のレッスンで夫人は度肝を抜かされることなる。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る