第5話 ドレイン夫人

 さて、淑女教育を担当していたモーレット夫人は、辞任どころか、出家ということになってしまった。


 そこで、次の教育係に白羽の矢が立ったのは、父上の従姉妹であるカッシーナ·ドレイン、ドレイン伯爵夫人である。


 今回は、先のモーレット夫人の顛末もあり、父上は正直に、アデラインが“願いの短剣”を使ってしまったため、宿事を、伝えた。そして……


 朝。外がなにやら騒がしい。


 扉の向こうで使用人達がバタバタ走り回るのが聞こえる。

 朝餉を食す手を止め元忠はメイドに尋ねた。


「そこの者。なにやら騒がしいが、何事じゃ?」


「ハイッ。あのっ……それが―――。」


 とメイドが話し始めるより前に、


 バンッ!!!!!!


 すすき色のぐしの女が勢いよく入ってきた。入ってくるなり元忠の肩を掴み


「アデラインっ!! 信じられないわ!!

 本当に……!?!?」


 涙ぐんで叫んだ。


「夫人!! どうか落ち着いてくださいませっ!!!」


 後ろから執事のアーノルド爺が女を止めようと制止するが、


「落ち着いていられるものですかっ!!!

 今すぐ大馬鹿ハリーを呼んできてちょうだいっ!!!!!」

(ハリーとはハルツ氏の愛称である)


 ややあって……。


 いきなりやって来た女こと、カッシーナ·ドレイン、ドレイン伯爵夫人はカンカンに怒り狂い、応接間にてハルツ氏と対面した。


 ハルツ氏はいつもより一回り以上縮こまって、今か今かと、これから落とされる雷の怒声に身構えていた。

 夫人は、茶を一口すすり。


「ねぇハリー。お義姉様が旅立たれて大変気を落としていたのは解るわよ?

 ただ……。

 忘れ形見のアデラインをほっぽらかして、まんまと……それも男爵だか何だか得体のしれない女の“魅了”にかかって……。」


 夫人は息を吸って吐くと


「情けないとは思わないの!?!?!?!?」


 と、一際大きな声で怒鳴りつけた。


「いや……その……面目次第も……。」


「言い訳はいいわっ!!! それに……」


 今度はアーノルドをこれでもかと睨みつけ


「先代から仕えていたお前がっ!!! 何と言う失態っ!!!」


「も……申し訳ございませんっ!!!」


 アーノルドは土下座する勢いで頭を下げる。


 そう言えば、いつの間にか執事長がアーノルドに変わっていた。


 前の執事長はもっと若い男だったが、始終青い顔を晒して、どこか具合が悪いのかと思っていたが……。


 話からするに、アーノルドは父上が正気に戻ってから復職したのであって、先の者は成らず者が引き込んだ敵であったのだな。(謀りが破れた故、恐れ慄いておったのか……。)


「それで、ハリー、彼女をこれから後継者にするのね?」


「うん……。そうです。」


「幸い、アデラインはプランツ·マニピゥレイター。教会も否とは言わないでしょう。急ぎ陛下に謁見を求めご署名頂かねば。それで……。」


 夫人は今度は元忠を睨みつけた。


「どこの馬の骨か知らないけれど、貴女……アデラインの名に、このデゥバックの名に泥を塗ることは断じて許しませんから………淑女教育もご覚悟なさってね?」


 と、最後に笑ってみせた。

 元忠は


「不肖この元た……あ、いや、アデライン。

 必ずや父上のため、儚くなりしアデライン殿のため、死力を尽くす所存。どうぞ、ご存分にご指導願いまする。」


 と手を膝につき頭を垂れた。


 まぁ、と、夫人は口に手を当て呆れるやら驚くやら。


「立派な心意気ですけれど……。まぁいいわ。やる気があるに越したことはないし。恥知らずではなくて何よりよ。」


「ねぇ?」


 夫人は、ハルツ氏をもう一睨みした。


「はい…………。」


 こうして、淑女教育がやっと本格的に始まった。


「先ず何より、その話し方! 全くエレガントではなくてよ!」


「はっ! どのように体得致せば良いので?」


「先ず返事! 『はっ!』 だなんて! 軍隊じゃあるまいに! 『失礼致しましたわ』 とか 『畏まりましたわ』 とか! 

 あぁ! 面倒ねぇ。………そうだわ!」


 夫人は何冊か本を持ってきた。


「これを朗読しましょう。巷の慎みのない恋愛小説では常識は身につかないけれど、貴族や修道女の回顧録なら、問題ないわ。」


 成る程………。


 早速始めることに。

 一冊目。

 “白百合の門をくぐりて” 著、サラエ·G·ワトンスキー。


“初めに。

 私は、直系の血筋なれど、神の恩寵である魔法要素マジック·エレメンツに恵まれなかった――――。”


「師匠。」


「夫人とお呼びなさい! 何かしら?」


「まほうとは何でありましょうや?」


 !?!?!?!?!?!?!?!?!?


「な…………なんですって!?」


 そんなに驚く事だったのだろうか?

 元忠は首を傾げた。




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