第2話 武将、伯爵令嬢になる。

 一晩明け、元忠はあのお椀をひっくり返した様な着物、ドレスに初めて手を通した。


 この長い人生において、女物を着ること自体初めてだが、ドレスというのは十二単のように着るのが煩雑な召し物である。


 先ずしゅみーずなる襦袢を着る。

 こるせっとという帯を締め、

 ぺちこーとなる革製の骨組みを腰にはめ、

 ぱにえというヒラヒラした腰巻きを着て

 おーばーどれすというものを上から着、ようやく着付けが完成する。


 そして、次は長いすすき色の髪を櫛けづられ、結い上げられる。


 この時に元忠は、初めて自分が憑依してしまったアデラインの姿を見た。


 うねった髪はすすき色で、瞳は若草色、肌は青白い。


 見慣れぬその姿は、元忠の美的感覚では美しいには入らず、失礼ながらどこか奇妙に思えるものだった。


 そして、朝起きてからこの大仕事を終え、ようやく朝餉。


 にぎり飯を喰いたい。


 しかし、


 献立は、パンに目玉焼きにハム、そしてヨーグルトであった。


 ここではにぎり飯が贅沢なのだな。自重せねば。


 そう思い、元忠は黙々とそれらを平らげた。


 そして、コンコンと戸を叩く何者かがやって来た。


「良い。入られよ。」


 と、許可を出せば昨日の男、いや、アデライン殿のお父君であった。


「これは……! いやはや無礼仕った!」


 元忠は床に居直り頭を垂れた。


「あぁ……待ってくれ!! その……君のいた所ではそういうマナーなのかもしれないが、ここでは国王陛下か騎士の誓いを立てる以外は床に座るなんてしないんだっ!!」


 と、慌ててアデラインのお父君は慌てて元忠を立たせた。


 その後、茶を一服しばき、綿をたっぷりと使ったソファーなる椅子にて落ち着いてから、話に移った。


「その、改めて……自己紹介しよう。

 私は、デゥバック家当主ハルツ·ヤンソン·ゲオルツオ·マーベル·デ·デゥバックと申し上げる。以後、ハルツで結構。」


「では、某も改めて。徳川が家臣、鳥居元忠でござる。以後、お見知りおきを。」


「……。その、トリイ殿は、戦で命を落とされたと?」


「左様でござる。儂は殿の大戦にて恥じぬ戦いをと思い、最後の瞬間まで悔いなく生き抜いた……と、この世に未練無しと思っておったはず……。誠にこのような仕打ちをすることになるとは……面目次第もござらん。」


 元忠は頭を深く下げた。


「あ……いや、それは分かっているよ。そう頭を下げないでくれ。そもそも、などにかかってしまった私がいけなかったのだし……。

 それで……いくつか判ったことがあるので、君にも話しておこうと思ってね。」


「判ったこと。」


「あぁ。実は、我が家の宝物庫から“願いの短剣”が姿を消していてね……。

 恐らく、君を召喚してしまったのはアデライン自身なのだろう。

 その、深手の傷……覚えているだろうか? 縫合しにくそうだった。切れ味の悪い刃物によるものだ。

 そして……“願いの短剣”は長年放置されて手入れなどされていなかったはず。

 まさか……魔法がまだ生きていたなんて。」


「まほう?」


「あぁ……。私も幼い頃、お祖父様から寝物語としてしか聞いたことがないが。

 昔……我が家の初代当主が陛下より賜った短剣で、生贄をもってして願いを叶えると。

 アデラインが、こんな形でこれを……。

 恐らく、娘の魂は……二度と……。

 すまない。私のせいだ……。」


 ハルツ殿は泣き崩れた。

 しかし……。


「待たれよ、はるつ殿。儂がここへ参った折、短剣なぞ見かけなんだ。そもそもその様な摩訶不思議、如何にして起ころうというのじゃ?」


 ハルツは言った。


「短剣は……アーティファクトで間違い。王宮の魔術師も研究のため我が家に訪れ確認している。それに、アーティファクトは使うと残らないんだ。勿論、痕跡は残るが……。

 王宮魔術師を手配しておいたから明日にも判ることだろう。」


「……その様な……。」


 元忠は驚いた。

 ここではその様な摩訶不思議がまかり通るとは……。


「それで……今後のことだが……。

 あぁ。君を……いや、アデラインを、だな……苦しめていた成らず者共は、今日にも裁判を終え、親子共々絞首刑になる予定だ。」


「ふむ。昨日の無礼者共だな?」


 ざんばら赤髪の青年にその母……。


 青年は若き美空で哀れに思わんでもないが、年を考えれば分別くらいついていて良いはず。

 妥当じゃな。


「それで……。我が家の……存続のこともある。

 その……トリイ殿。

 これからは……アデラインとして生きていてはくれないだろうか?」


「……。

 儂は……戦場にて多くの殺生をして参った。

 今にして思えば、妻に対しても苦労ばかりかけてきたのだろう……。

 その身勝手我儘を思えば、そのくらいはなんのことはない。

 父上。不肖ではありまするが、娘としてお仕えしとうございまする。」


「…………。あの……。その大仰な受け答えは……。」


「申し訳ござりませぬ父上。」


 とりあえず、淑女教育を急がねば。

 ハルツは思った。


 こうして、元忠はアデラインとして第二の人生を生きる事となった。


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