薄幸令嬢の中の人が戦国武将だったら
泉 和佳
第1話 武将、憑依する。
十三日間――――――。
この老体ではこれが精一杯であったか……。
元忠は、率いた兵どもの骸をちらと見て、悔しさを噛み締めた。
やはり、負けと分かっていても悔しいものは悔しいものだ。
しかしっ――――――!!!
飛んでくる矢を払い、向かってくる敵を切り倒し、先陣を切る。
……憂いは無しっ!!
残るは、華々しく散るのみ。
その時―――――。
壮年の、愚直な眼光をたたえた漢が一人立ちはだかった。
「某、豊臣が家臣。鈴木重朝で候。貴殿は、鳥居元忠殿とお見受けする。」
「いかにも。」
「多勢に無勢ながら、その引くを良しせぬ戦い、見事でござった! 若輩ながら、お相手願いたく存じる!!」
鈴木重朝は刀を構え元忠と睨み合う。
元忠は
「大将とあらば、相手にとって不足なしっ!
参られよっ!!!」
はぁっ!!!
気合を入れ打ち合う。
相手も踏み込み攻めの一手。
しかし、死ぬ間際だからか、六十を超えた老体は思いの外軽い。だが……。
「あがっ!…………。」
数十回打ち合った末、内小手から入り、首を切り上げた一閃に、最後は倒れた。
殿っ!!!
兵どもの叫ぶを最後に、すべてを閉ざされた。
あぁ……。わしは死んだか。
今、静寂な闇の中にある元忠は悟った。
しかし、これでワシは武士としての本懐を遂げられた。
殿、願わくば、天下に号を発するお姿拝みとうございました。
それだけが………心残り。
うむ…………?
死んだはずが、手首に痛みを伴う。
ジンジンと痛い。
…………はて、戦にて殺生過ぎた故、地獄にて責め苦に遭うておるのか?
と、疑問に思っていると、いきなり視界が開けた。
女子の手首……深手を負うておる。
「ならぬっ! 死ぬではないかっ!!」
んん!?
これは女子の声!? 今言葉を発したのはワシで相違ない!!
元忠は自身の状況を確認すべく起き上がった。
すると、深手を負うておる腕は自身の腕で、鎧が、ヒラヒラした薄い裲襠? に、変えられている。
それに、胸板には幼いながら双丘がついており、肌が見事な白さである。
これではまるっきり少女ではないか!?
これは一体全体どういうこと…………。
等と思案にふける間は無かった。
バタンッと扉が開かれ、赤毛の……ざんばら頭の青年がズンズンこちらへ向かってくる。
そして、辺りの血溜まりを見てカッと叫ぶ。
「お前っ!! 勝手なことをっ!!!」
そして、勢いのまま頭を引っ掴みにきたので、
元忠は、青年の手を上に弾き、懐へと間合いを詰め、胸ぐらをひしと掴んだら、そのまま床へ引き倒した。
そして……。
「たわけぇ!! 手負いの女子に手を挙げるとは何事じゃっ!!! 賊にも劣る所業!!
一体如何様にして躾けられてきたのかっ!!?? 親の顔にも泥を塗る恥さらしよ!!」
と、地響きするくらいに怒鳴りつけた。
すると、青年は放心し、あ、あ、と情けなく口を開けるばかりであった。
そして、
ドタバタと音がして、今度は
「何事ですか!?」
と、裾がお椀のように広がった着物を着た年嵩の女が、入ってきた。そして、
「まぁ、ふしだらなっ!! うちの息子を誘惑したのね!!」
等と頓珍漢な事を言いだしたので、元忠は腹の底から響く声で問い詰めた。
「息子とな? かような恥さらしに育て上げたは、そちの手落ちか?」
「な!?……なんですって!?」
「これを恥さらしと言わずして何と言う!?
手負いの女子に手をあげよったのだぞ!?
良くも抜け抜けとたわけたことを!! 先ずは息子の首根っことっ捕まえ地へ伏し、此度の不始末を詫びさせるが、親の教えであろうが!!」
「そんなっ、や野蛮な……だ旦那様に……。」
「はっ、全く。
子も子なら親も親じゃ。旦那様に言いつける? 年端も行かぬ子供も言いぶりじゃな。お家を任される御台の立場を解っておるのか? 全く呆れる……。」
「このっ……!!!」
今度は平手打ちをしようと手を振り上げてきた。が、
元忠が、女の手首を掴み、グッと握ったその刹那――。
パリンっ―――――――。
と、何かが割れる音がした。
よく見ると、女の腕輪についていた玉が砕けていた。
女は、サーッと青ざめ、その場にてへたり込んだ。
「そんな……あ……どうしたら……。」
親の形見であったのであろうか?
うむぅ……。 これはしたり。
「すまぬ。親の形見であったとは知らなんだ……。」
と、詫びると。
女は激昂して叫んだ。
「違うわよっ!!!!!
これは私のっ――――!!!
新しいのに替えなきゃ……。どうすれば……。」
そこへ、
「どうした? 何事だ?」
と、今度は色の薄い、これまたざんばら頭をぴたと撫でつけた男が現れた。年の頃は四十を周ったところであろう。
「あの、その…………。
アデラインに、暴力を振るわれてっ!!」
と、なんとまぁ、因幡の白兎もかくやと言う嘘を並べる。ので、元忠が口を挟んだ。
「ほう。暴力とな? 一体どのように加虐を与えたと?」
「あ……あなたが私を殴ったのよ!!!」
「この腕で、どこを殴ったというのじゃ?」
元忠は深手を負った腕を差し出した。
「そ、それは……。」
女が言い淀むが、男がわしの方へ駆け寄り労しく腕を持った。
「な……早く医者を呼べ! 一体何があって……。」
男は部屋の内に視線を彷徨わせ、やがてわしが引き倒した青年に目が止まった。
「貴様か?」
そう言うと、男は毛を逆立て怒気を露わにした。止めるより早く、男は青年の胸倉をつかみ殴り倒す。
すると、青年は思いの外驚いて、叫んだ。
「なっ……何でだよ!? 母さんの魅了は効いてないのかよ!?」
「デニー!!! なんてこと言うのっ!!!」
女が血相変えて声を張り上げる。すると、男が、ゆっくり女の方を見やり、怒りも通り越したすまし顔で問い詰める。
「魅了だと? 一体誰の差し金だ?」
ヒィっと、女は短く悲鳴をあげ後退る。
しかし、逃げ場など当然ない。
男は人を呼び、女と青年を地下牢へと放りこんだ。
そして、男は元忠を南蛮式の椅子に座らせた。直に来た医者だという、鳶色の髪の男が深手の腕を手当し、辞した後、男は事の仔細を尋ねてきた。
「アデライン。一体何があった? どうか父様に聞かせておくれ。」
元忠は、なんと言ってよいやら思案した。
なにせ自分も状況が解っていないのだ。
ただ、わかっているのは、今いるこの身体は、あでらいんなる少女の物で、全くの部外者である自分が、どういうわけかこの身体に憑依してしまっているという事だけだ。
そのような奇妙珍妙な話、見るからに子煩悩と思しき父親にどう説明せよと言うのか?
しかし……。隠し果せることでも無し。
元忠は覚悟を決め口を開いた。
「……あでらいんと申すのか。この娘。」
「アデライン?」
男は、娘の異変に早くも気づいたのであろう。不安に表情を曇らせる。
しかし、元忠は続けた。
「うむ。何からどう話すべきか?
貴殿に告げるは、誠に酷な事であること承知しておるが、さりとてこの娘、貴殿にとっては大事な子宝。儂はこのまま謀るは、不実と心得る。
故に、今から申すこと、信じがたいことであろうが、是非にも聞いていただきとうござる。」
元忠は両の手を膝に置き、姿勢を改め身の上を説明し始めた。
「拙者、徳川が家臣、鳥居元忠と申す。
しかしながら、拙者、天下取りの大戦にて我が殿に最後まで追従できず、情けなくも敵に討ち取られた不忠者。
ところが、どのよな縁か貴殿の娘子に思いもよらず取り憑いてしまった。この身は必ずお返し申し上げる。
それまでは、この元忠、この娘に傷一つ入れぬ事かたくお誓い申し上げる。」
と、深く頭を垂れた。
「な…………。それは、それは……。」
男は、それ以上言葉を続けることができず、放心して部屋を後にした。
やはり、大事な子の体が得たもしれぬ輩に取られたとあっては、心痛は察するまでもない。
その日、男は元忠を訪ねることは無かった。
そうして元忠は療養のため、部屋にしばらくこもることとなった。外の景色を見れば、日は傾き辰刻を過ぎた頃。
手持ち無沙汰故になるも、部屋の物を勝手に触るのは気が引ける。なにせ女子の物であるし、故意ではなくとも、勝手に体を使っている身としては憚られる。
これは、坐禅に限る。
元忠は部屋の真ん中で胡座をかき、念仏を唱えながら坐禅を組んだ。
やがて、部屋は暗くなり、明かりを灯しに来た下男が元忠を見て
「おっお嬢様!?!?」
と、大層驚いていた。
はて? 坐禅を組むのがそんなに珍奇なことであろうか?
「何を驚く。主が坐禅を組み行に励んでおるのだ。驚くことあるまい。」
と言えば。
「ギョウ?? ザゼン??」
と、怪訝な顔をしていた。
どうやら、キリシタンでも祈りを捧げるとかいう坐禅に近いことがあったが、ここではないようである。
そして、運ばれてきた夕餉に元忠は度肝を抜かれた。
「な……なんだこれは!?」
皿には、焼きめのついた肉塊が菜っ葉や芋? 野菜と共に盛られている。
下女は不可思議に元忠を見つめ答えた。
「……鹿肉のポワレですわ。お嬢様。」
「どう食せば良い?」
盆には四つ叉の小さい槍? のようなものに柄の長い小刀が置かれたきりである。
……これで食すのか??
その姿に、メイドは驚愕した。
デゥバック伯爵家は皇太子派の派閥を率いる古い家門である。近頃後妻が家内を荒らし我が物顔で闊歩していたものの、前妻の娘であるアデラインはしっかりと淑女教育を叩き込まれていた。それなのに……
グサッ
ポワレのど真ん中にフォークを突き刺し、持ち上げ、
「むっ。食べにくい……。」
と、つぶやくと、フォークで刺した肉を中にぶら下げ、見事な剣さばきで袈裟斬りにした。
「お……お嬢様?」
「あいすまぬ。不慣れでの。そこの者、どう食せばよいか教えてくれぬかの??」
「は……はい。」
メイドは言われるまま応じた。
普通、テーブルマナーもままならないようでは、侍女からも蔑まれるものだが、なにせ中身は歴戦の将であるためか、メイドはただならぬ威圧を彼女から感じていた。
こうして、元忠は常識もマナーも通用しない環境にありながら、その威厳と威圧をもって、今まで彼女を顧みなかった使用人達をいとも簡単に配下に置いてしまった。
果たして、元忠は無事アデラインに彼女の身体を返せるのか――――?
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