1-7

 目の前には、肉の塊。

 マンガとかでしか見たことがない太い骨の付いた、分厚い何かの肉だ。

 香辛料の香りに混じって野性的な臭いがする。

 躊躇いはあったが、空腹に堪え切れず、本能のままにかぶりついた。


「……っ――。はぁ~~っ」


 濃い味を飲み込めば、盛大な溜息が吐き出される。


「お口に合いませんでした?」

「いいや。美味いよ」


 ポポッタから差し出されたパスタみたいな料理を受け取る。これも美味そうだ。

 でもガッついてはいけないと、自分を戒める。

 なぜなら、これは、自分の金で食う飯じゃないのだから。

 ギルドの試験ですかっり忘れていたが、俺が冒険者になった理由、それは路銀を稼ぐため。試験で一日潰れたということは、つまり今現在無一文のままであるということ。

 酒場と宿が一体となったこのギルド直営の店に入るまで、その事実に気がつかなかった。


「金出してもらって、ホントごめん……」

「そんなに何回も謝らなくて大丈夫ですよ。お財布落としたんじゃ仕方ありません」


 咄嗟に吐いた嘘を蒸し返され、胸が痛くなる。

 まさかポポッタに金を借りて飯を食べることになるなんて。なんなら今日の宿代まで出してもらっている。

 我ながら情けない……。


「いつか……いや、明日にでも、絶対返すから……」

「そんなっ、いいですって。ヒロキさんの合格祝いです! 驕らせてください」


 さすがに素直に頷けない。

 俺にだって年上としての意地くらいある。このまま好意に甘えるなんてことは避けたい。これは譲れないことだ。


「ギルドの紹介までしてもらったのに、そういうワケにはいかないって」

「うーん……そこまで仰るなら、こういうのはどうでしょう?」


 ポポッタがピシッと人差し指を立てた。


「将来、私がレジェンド級のクエストに挑戦する時、ヒロキさんにもお力添えを願いないでしょうか?」

「レジェンド級? なにそれ」

「ギルドのクエストの中でも、受注に厳しい審査が行われる、高難易度のクエストのことです。命懸けな分、報酬もすっごくたくさんなんです! 一緒にクリアして、私の分け前を多くしてください。今日の代金と、その利息分として」

「そんな大層なクエスト、俺に手伝えるのか?」

「おそらく今のヒロキさんの実力でも十分通用すると思いますよ! どうですか?」


 問われて少し考える。

 今すぐに返すよりも、そうしたほうがポポッタにとっての利益は大きくなるのだろうか。なんなら報酬全額をポポッタにあげてもいい。

 でもそれ、無期限借用にならない?


「なかなか悩ましい問題だな」

「ダメですか……?」

「いや、ダメじゃないけど」

「なら、そういうことでお願いしますね! はい、この話はお終いにしましょう」


 パンッと両手を叩いて、話を打ち切られる。

 なんだかんだで押し切られてしまった。まあ、ポポッタがそう言うなら、いいか。

 今度、レジェンド級クエストとやらの情報を集めておくことにしよう。

 ギルドに行けば、教えてもらえるかな?

 ぼんやり考えていると、ポポッタが満面の笑みで、山盛りの料理たちをこちらに寄せてくる。


「さぁ! どんどん食べちゃってください、ヒロキさん!」

「お、おお。ありがとう」


 多いな。コレ、食べきれるか?と思ったけど、杞憂だった。

 身体の中のドコにそんな空間があるのか不思議になるくらい、腹がいっぱいになる食べていると、自然と平らげていた。


◆◆◆


 飯を食べ終えて、薄暗い宿の部屋で一人寛ぐことにした。

 近くにある大衆浴場施設――いわゆる銭湯で温まってきたばかりなので、ひんやりとした隙間風が心地いい。

 硬いベッドの上に腰を下ろす。上に掛けられている薄い布団は、どことなく黴臭い。

 元居た日本では味わったことのない趣だ。

 少し不快感を覚えるけど、寝れる場所があるだけマシだと思おう。

 それはそうと、今のうちにやっておきたいがあったのを思い出して、スマホを取り出した。

『ディスカバリー』と名前の付いた緑の虎のアイコンをタップする。

 今後のことを考えると、面倒だけどちゃんと確認しておかないといけない。

 まずは【ステータス】を開いて、【スタイル】にある【翡翠虎の加護】の説明を開く。


―・―・―・


【翡翠虎の加護】


 このスタイルの所有者は以下の効果を得る。


―・―・―・


 そもそも『スタイル』ってなんだよ。

 どこかに説明がないか探してみる。

 テキトウにページを開いたり閉じたりを繰り返していると、画面に左上に(?)のマークがあるのに気がついた。こんなマークあったっけ?

 見た感じ求めているモノっぽいな。タップしてみよう。


―・―・―・


(?)ヘルプ:スタイル


 スタイルとは、所有している限り永続的に効果を発揮する能力のことです。

 一度習得すると、任意で破棄するのが困難になるので注意してください。


―・―・―・


 え? もうこれ外せないんですか? なんか嫌なんですけど。

 いや、『困難になる』と書いているってことは、不可能ではないということだ。おそらく、何かしらの方法はあるんだろう。

 その辺をもう少し書いてくれるとありがたいんだけど……。

 それは今はいいか。【翡翠虎の加護】を確認するのが先だな。そのスタイルとやらの説明をスクロールしていく。


―・―・―・


≪硬鎧鋼壁≫

 受けるダメージのうち、100%をカットする。


―・―・―・


 どういうこと? 受けるダメージを100%カットするってことは、ダメージを100%カットするってことか?

 それって、要はダメージを受けないってことなんじゃ……。


―・―・―・


≪永久湧力≫

 消費するSPが100%軽減される。


―・―・―・


 昼間、狂ったようにヒートランスを連射しても問題なかったのは、これが理由だったのか。


―・―・―・


≪言変論化≫

 文書や会話が使い慣れたものに変換される。


―・―・―・


 こんなものまで……。この恩恵もすでに受けていたよな。


―・―・―・


≪竜燐天衣≫

 天候・気候による特殊エフェクトが無効になる。


≪千万里眼≫

 暗闇による視界制限が無効になる。


≪鍛冶巨匠≫

 所有している装備品の耐久値がゆっくりと回復する。


≪反骨狂撃≫

 物理攻撃ガードした際、オートカウンターが発動する。


≪無疫息災≫

 あらゆる状態異常とデバフが無効になる。


―・―・―・


 あの……このスタイル、強くないですか?

 ちゃんと読んでみて、自分がとんでもない能力を持っていることを初めて自覚した。そりゃジルコさんが取り乱すワケだ。

 マジ半端ねぇな、翡翠虎さん。何者なんだよ。

 さっきはこのスタイルを外すことを考えていたけど、やっぱり止めますね。

 心の中で謝罪して、スクロールを再開した。


―・―・―・


≪炎帝焼師≫

 火属性のスキルが全開放され、熟練度が最大になる。


≪水帝流師≫

 水属性のスキルが全開放され、熟練度が最大になる。


≪土帝地師≫

 土属性のスキルが全開放され、熟練度が最大になる。


≪風帝嵐師≫

 風属性のスキルが全開放され、熟練度が最大になる。


≪氷帝凍師≫

 氷属性のスキルが全開放され、熟練度が最大になる。


≪雷帝槌師≫

 雷属性のスキルが全開放され、熟練度が最大になる。


≪樹帝木師≫

 樹属性のスキルが全開放され、熟練度が最大になる。


≪蟲帝喰師≫

 蟲属性のスキルが全開放され、熟練度が最大になる。


≪光帝輝師≫

 光属性のスキルが全開放され、熟練度が最大になる。


≪闇帝影師≫

 闇属性のスキルが全開放され、熟練度が最大になる。


―・―・―・


 そのスキルたちが使い放題ってマジ?


「あーそっかぁ……。これなら残りの人生イージーモードじゃねえか? あははは……」


 二、三周回って、もはや恐怖を感じる展開に、薄ら笑いしか出なかった。

 奇妙なショート動画にちょっとコメントしただけで、俗に言う『チート能力』を与えられるなんて、どんなゲームだよ。

 これって夢なんじゃないか? それでもいいや。夢なら夢で楽しむとしよう。

 さて、このチート能力で何をしてやろうか。

 レジェンド級のクエストで荒稼ぎしてみるか? ギルドのトップでも目指してみるか? この世界って、悪の大魔王とかいるのか?


「……なんかパッとしねぇな」


 いろいろ思い浮かべてみたけど、どれもそこまで魅力を感じなかった。

 そういえば、この世界に来てすぐに浴びた風が気持ち良かったなぁ。

 不意にそんな考えが頭を過る。

 風を探す……旅? それか、単にこの世界を見て回るのも良いのかもしれない。元の世界でやりたかった世界旅行とは少し違うけど、それもまた面白そうだ。

 こんな好き放題できる力を手にして、俺がしたいことがそれっていうのは、どうなんだろう?


「よく分かんね」


 枕元へスマホを投げて、ベッドに伏せる。

 さすがに今日は疲れたみたいだ。枕に顔を埋めると、あっという間に意識が落ちていった。

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異世界で旅をするならタイパ重視で 鷹九壱羽 @ichiha_takaku

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