1-6

 カルカスに戻ってきて、俺たちはギルドに直行した。

 カウンターにいた人に、ジルコさんへ取り次いでもらうようにお願いすると、すぐに彼女が奥から出てきた。


「お待たせいたしました。ヒロキ様、いかがしましたか?」

「えっと……終わりました」

「はい? 終わった、とは?」

「スライム二十体、倒せたと思います」

「そんなまさか。先ほど出ていかれたばかりじゃありませんか」


 眉を下げられ、懐疑心全開の目で睨まれた。

 本当なんです。ウソじゃないです。

 細くなっている目を見つめ返して、訴えかける。


「……かしこまりました。確認いたしますので、指輪をこちらにかざして下さい」


 白くて薄っぺらい石板を差し出される。

 これはなんだろうか。

 大理石のような、ツヤのある表面をしているが、模様は一切ない。

 ひんやりとした感触を指先に感じながら、俺はその白一色の板に指輪を添えた。

 すると、板の上に緑色も文字が浮かび上がる。

 なんて書いてあるのか見たかったけど、その前にジルコさんが手元に戻してしまう。


「――――!?!? あなた、いったい何をやったんですか!」


 石板にさっと目を通したかと思うと、急に叫び声を上げた。というか、怒鳴られた。

 ギルドの中の視線が一斉にこちらに集まる。

 何かマズいことをしてしまっただろうか?

 いや、少なくとも身に覚えはない。

 ひょっとすると、スライムの討伐数が足りていなかったのか。

 それは申し訳ない。


「スライム討伐数、六十五体……」


 あれ、十分じゃないか。


「プレインウルフ四十二、ミドルビースト二十八、グリーンリザード二十四……なんですかコレ!? どう見ても駆け出しさんが倒しきれる数じゃないです! まさか、リング記録の改竄……? いえ、それこそあり得ません。だとしたら不具合かも……」


 ジルコさんが何かの数字を並べて、その後はブツブツ言って考え込んでしまった。

 ウルフってことは、狼のモンスターかな?

 リザードはたぶんトカゲみたいなモンスターのことだから、ミドルビーストっていうのが熊のモンスターのことか。

 それは勉強になったけど、ジルコさん、ずっと頭を抱えたままなんだよなぁ。

 やっぱり、気軽に使っていい魔法じゃなかったのかも。

 このままだと、ってことで、不合格になりそうだ。俺の異世界人生、早くも終了したか?


「あの……たぶんリングは正常だと思います。討伐数も大体合っていると思いますよ。私、ずっと見ていましたから」


 そんな時に助け舟を出してくれたのは、ポポッタだった。


「本当ですか……? では、ヒロキさん。あなたはどのようにして討伐を行ったのでしょう?」

「えっと、【バガーアブソーブ】でモンスターをかき集めてから、【ルイニングインフェルノ】で一掃を……」


 九死に一生とも言えるこの状況を無為にしないために、俺は正直に説明した。

 でもジルコさんは、これでもかというくらい、デカい溜息をついた。


「確かに、バガーアブソーブならその量のモンスターを集めることが可能ですが……そこまでの効力を発揮するには数年の使い込みが必要なんですよ。ルイニングインフェルノが使える人なんて、伝説級の魔法使いくらいですよ!」

「実際に見せたほうがいいですか?」

「やめてください。この街を消し去るつもりですか」


 ごもっともだ。

 自分で言っておいてなんだが、使ってみてくれなんて言われたらどうしようかと思うところだった。


「ヒロキ様、いったいあなたは何者なんですか」

「俺は……普通の旅人です」

「どこが普通ですか……。いえ、言わないならそれでも構いません。それがギルドの掟ですから。とにかく、ヒロキさんの最終実技試験の合格を認めます」


 よく分からないけど、『ギルドの掟』というものに救われたみたいだ。

 少し悶着があったものの、これで俺も無事、冒険者ということか。

 安心したのも束の間、説明を行うためと言われて、一人で個室に通された。

 しばらくして、白い石板を脇に抱えたジルコさんも部屋へ入ってくる。


「それではギルドについて、改めてご説明をいたします」

「よろしくお願いします」

「初めに試験で身に着けていただいた指輪、その『アドベント・リング』がギルドのメンバーとしての正式なライセンスになります。機能の開放を行いますので、こちらに」


 差し出された石板に、さっきと同じように指輪をかざす。

 魔法陣が出現し、パキッという小気味の良い音が出て、それから再びただの石板に戻った。


「これで、そちらのリングは正式なライセンスとしてご利用できます」

「これだけですか?」

「はい。正ライセンスになったリングでは、討伐モンスターの自動記録だけでなく、様々な機能が使用できます」


 それからは淡々と説明をされるだけだった。

 あの白い石板は『フォスタブレット』と呼び、ギルドに設置されているタブレットにリングをかざすことで、自身のステータスを確認できるらしい。

 実際に試させてもらったけど、表示される内容は、スマホの入っている虎のアプリに出ているものと変わらなかった。

 違う点は、フォスタブレットからは、クエストの受注を行えるということだ。

 クエスト完了の報告も、タブレットから行い、報酬は『魔導通貨』で払われ、リングに保存されるとのこと。

『魔導通貨』というのは、ギルドと提携しているショップで決済方法として利用できるものらしい。電子決済みたいなものと理解した。

 ギルド直営の銀行に行けば、現金化もしてくれるそうだ。


「次にモンスターのドロップアイテムについてになります。こちらも、不要なものはギルドでは魔導通貨による換金を行っています」

「モンスターのドロップ……倒した後に拾えばいいんですか?」

「いえ、ドロップアイテムはモンスターを討伐した際、自動でリングの魔法インベントリへ収納されます」


 収納機能……このリングにはそんなものまであるのか。


「インベントリへ収納されているアイテムは、フォスタブレットで確認していただけますが、アイテムの取り出しは行えないので、ご注意ください」

「取り出したい場合はどうすればいいんでしょう?」

「ギルドに併設されている『倉庫屋』をご利用ください。倉庫屋では、インベントリ内のアイテムの取り出しだけでなく、アイテムの収納を行うことも可能です。ただし、取り出しは無料ですが、収納には代金が必要のなります」

「分かりました」

「リングの機能はほかにもございますので、フォスタブレットの【ヘルプ】の項目をご活用ください」


 俺は頷いた。

 ジルコさんが、ふぅと小さく息を吐いた。


「最後に、ギルドの掟についてお教えします」


 その言葉に身が引き締まる。

 掟。さっき俺はそれに救われた。

 次は首を絞められないために、よく知っておいたほうが良いと思うと、自然と背筋がピンと伸びた。


「『心を以って力と成す。力を以って仇を征す』。これが我々の掟になります」


 つまり、誰であろうと出自に関係なく迎え入れる。一方で、悪さをすれば、ギルド一丸となって制裁を加える。そういう話らしい。


「ヒロキ様がどのような目的でギルドに入られたのかは詮索いたしませんが、問題を起こせば、ギルド全体で指名手配される場合もありますので、努々お忘れないようにしてください」

「ははは……」


 露骨な要注意人物扱いに、苦い笑いで取り繕った。

 分かっていますとも。人に迷惑をかけるような真似は絶対にしません。

 俺は善良な一般人ですから。

 なんて内心で呟いているうちに、説明が終了した。

 カウンター前の席に座って待っていたポポッタに声を掛け、外に出る。

 カルカスの街並みは、もうすっかりオレンジ色に染まっていた。

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