1-5

「ぜんっ――ぜん、見つからねぇ!」


 完全に見通しが甘かった。

 今の時刻は十三時半。最初の高台に戻ってきたものの、小一時間経ってもスライム一匹見つけられていない。

 思い返せば、ここに来た時、これだけ見通しが良いのに、周囲に何も見つけられなかったじゃないか。

 馬鹿か、俺は。


「変ですね。これだけ街から離れれば、モンスターの一匹くらい出てくるものなんですが」


 ポポッタはそう言うが、実際、モンスターのモの字もない。

 もう少し、街から離れてみるか?

 でも、そうやって遠くまで行くと、日の出てるうちにカルカスに戻れるか分からないし。

 野宿とか嫌だな。

 あと、腹が減ってきた……。ささっと帰りたい。


「あっ! あそこ! いました、スライムです!」


 一旦街に戻って仕切り直そうかと考えていたら、ポポッタが声を上げた。

 指をさしている方向を見ると、確かにいる。スライムが三匹。


「やっとだな。じゃ、サクッと倒すか」


 見つけた獲物に近づいていく。

 さっきみたいに、手をかざして、狙いを定める。

 後は、魔法の名前を叫べばいいんだったな。


「ヒートランス!」


 炎の槍が曲線を描き、狙いを付けた一匹のスライムを貫いた。

 完全に不意打ちだったんだろう。残った二匹が、こちらを向くでも、逃げ出すでもなく、ただ固まっていた。


「ヒートランス! ヒートランス!」


 間髪入れずに、同じ魔法を二連続で叫ぶ。

 もう慣れたものだった。

 三匹のスライムがいた場所は、あっという間に、ピンク色の粘液が広がるだけの地面になった。

 やっぱり、見つけさえすれば、後は一瞬なんだけどなぁ。

 何か良い方法がないか、頭を掻いて考えながら、ポポッタの元に戻る。


「ヒロキさんって、魔法が使えるんですね! 尊敬です!」


 ポポッタは上品に手を叩きながら迎えてくれた。

 いや、ヒートランスはポポッタを助けた時にも使ってたけど……。

 ああそうか、あの時は伏せて丸まっていたから、見ていなかったんだな。

 って、今はそんなこと、どうでもいい。

 あの時は山のようにいたスライムが、なんで今は全然見つからないんだよ。


「一時間で三体ってなんだ? タイパ悪すぎるだろ」

「……たいぱ? ってなんですか?」

「タイムパフォーマンスのこと。簡単に言えば、あー……時間の無駄ってことだな」

「なるほど! 確かにその通りですね。私、頑張ってもっと探してきます!」


 元気よく走っていったけど、たぶんそれじゃ、解決にならないと思うよ。

 ゲームではこういう時、大体強制エンカウントの魔法とかにお世話になるもんだが……。

 この世界の魔法には、そういった系統のものはないだろうか。

 試しに、スマホを取り出して虎のアプリからスキル一覧を見る。

 相変わらず文字がビッシリだな。そして名前だけじゃ、どんな魔法なのか分からない。

 一つひとつタップして説明を眺める。

 こっちのほうが時間掛かりそうな気がしてきた……。

 あ、でも、それっぽいの見つけたぞ。

 えっと、【バガーアブソーブ】周辺のモンスターを自身に引き付ける魔法……。

 いいじゃないか。

 それと、単体攻撃のヒートランスじゃ、引き寄せたところで処理できないから、範囲攻撃ができる魔法をっと。

 うん、これなんか、良さそうだな。


「全然見つかりませ~ん。ヒロキさん、別の場所に移動したほうがいいかもしれません」


 ガックリと肩を落としたポポッタが、ちょうど戻ってきた。


「いや、その必要はないぞ。俺にいい考えがある」

「はえ? どういうことですか?」

「まあ黙って見とけって。いくぞ……バガーアブソーブ!」


 両手を挙げ、天を仰ぎ、腹の底から叫ぶ。

 その瞬間、周囲に波が広がっていくような感覚が全身に流れた。それで上手く発動できたと確信する。

 さて、どれだけ集まってくるか……。

 最初に感じたのは、微かな大地の震えだ。

 地震の初期微動のような小刻みな揺れは、遠くに聞こえる地鳴りと共に激しくなっていく。

 本当に地震が起きたんじゃないかと疑う程だ。


「なんですか! なんですかコレェ!?」


 ポポッタが腕にしがみついてきた。

 そして、大量のモンスターがこちらに向かってくるのが、見えてきた。

 十分な数のスライムがいる。ほかには、狼とか熊とかトカゲとか……。

 あれ、なんか思ってたより多いな?


「あの……ヒロキさん? 囲まれましたが……?」


 顔面蒼白のポポッタが訴えてくる。

 うん、あっという間に、モンスターの包囲網が形成されてしまったな。

 逃げる暇も、逃げようと考える暇もなかった。


「だっ大丈夫だ! ちゃんと用意はしてるから!」


 そうだ。今回は使えそうな魔法を、予め調べてある。

 強そうな名前だったし、たぶん、大丈夫……だと思う!


「る……ルイニングインフェルノー!」


『破滅の炎を呼び出し、自身の周囲を塵も残さず焼き尽くす魔法』

 説明にはそう書いてあった。

 頼むぞ、カッコいい名前に釣り合った働きをしてくれ……。

 そうじゃなきゃ、今度こそ、声が枯れ切るまでヒートランスbotになる羽目になる。


「おっ、おお!」


 赤黒い炎が俺の周りで円を描いたかと思うと、一気に背を越すくらいの火柱が燃え上がった。

 そのまま渦のように広がる炎が、一瞬でモンスターの包囲網を飲み込んでいく。

 すっげぇ……なんて思った頃には、周辺は、俺の立っていた場所を除いて、焼け野原になっていた。

 というか、範囲広すぎ。

 草原のド真ん中に出来上がった円の半径は、ざっと二十メートルくらいあるぞ……。

 この範囲を一秒足らずで無に帰すとか、危険すぎる。この魔法は使わないようにしよう。


「って、あれ? ポポッタ!?」


 巻き込んでしまった、やってしまった! と思ったら、ズボンの裾を引っ張られた。


「……ちゃんと生きてますよぉ……」


 すぐそこにへたり込んでいた。

 どうやら腰を抜かしてしまったらしい。

 これは後で知ったことのなのだが、魔法の攻撃スキルは、人間に対して効果がないそうだ。


「よかった……」


 安心した俺も、その場にしゃがんだ。

 ひとまず、これで一件落着か。

 数は数えていないけれど、あれだけいれば、スライムの二十体くらい余裕で倒しているだろう。

 後はカルカスのギルドへ帰れば、無事試験合格のハズだが、しばらく動く気になれなかった。


「ヒロキさんって、何者なんですかー?」


 ポポッタが気の抜け切った声で話しかけてきた。


「何が?」

「あんなに強力な魔法スキル、どうやって覚えたんですか」

「さあ……」

「はぐらかさないでくださいー」


 別に、はぐらかすつもりはなかったんだけど。

 たぶん、あの虎のアプリが原因なんだと思うけど、テキトウに流し読みしただけだから、俺にもよく分からない。

 ちゃんと確認しておいたほうがいいな。

 後でやろう。うん、後で……。

 予想外のモンスターの大群と破滅まっしぐらの獄炎を目の当たりにして、変に疲れてしまった。

 今は休むことに専念させてほしい。


「答えにくいことなら、詮索しません」

「そうしてもらえると助かる」


 ほんと、一緒にいたのがポポッタでよかった。

 相手が相手なら詰問されてもおかしくない状況だもんな。

 魔法の使い方とか、もう少し慎重になろう。どんな魔法なのか調べてから使うようにしよう。


「それじゃ、戻りましょうか!」


 もう立ち上がってるよ。

 回復が早いなぁ、ポポッタは。

 でも、お願いだから、ちょっと待って。やめて、無理におぶろうとしないで。


「コケるから! そんなことしたら君絶対コケるから! 分かった立つよ、立つから!」


 ポポッタから距離を取るように立ち上がった俺は、グッタリしながら、カルカスを目指して歩いていく。

 スマホを見ると、十四時前だった。腹減ったなー……。

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