1-2
ピンクのボールが動いた? あれ生き物なのか?!
よく見れば、あの人、というか女の子が剣を振っている。
戦っているのか……?
あ、空振った。そしてその隙に、ボールの体当たりがお腹に直撃してるし。
鎧を着ているみたいだけど、痛いだろうなぁ。
蹲っちゃたよ。これ好機とばかりにボールたちが熾烈な体当たりを繰り出している……。
「って、呑気に実況している場合じゃねぇ!」
あれ、襲われているんだよな!? 助けないと!
でもどうやって?
あんなゲームの世界から飛び出してきた生物なんて初めて見たんだけど。
ゲーム……? そうか、さっき見た魔法みたいな名前の羅列!
本当にあれ使えるんじゃないか?!
スマホを出して、たしか【ステータス】から【スキル】だっけ。よし、出てきた!
使うってどうすればいい? 一番上にあった【ヒートランス】をタップしても、説明が出てくるだけだ。
どこかに【使用する】みたいなボタンはないか? うん、ないな……。
心の中で念じれば使えたりしないかな。
ヒートランス!
……なにも起こらないか。
やっぱりこういうのって、名前を声に出して叫ばないとダメなのか?
ちょっと恥ずいんだけど。
ああ、こうしてまごついている間にも、ボールが女の子に集っていく……。
くそぅ、こうなりゃ、なるようになれだ!
「ヒートランス!」
ただ叫ぶのも気恥ずかしいので、手を突き出してポーズをとって、高らかに叫んだ。
すると、手のひらから、円錐状の真っ赤な炎が飛び出した。
すごい! 名前の通り、炎の槍が出た!
槍は上手い具合にカーブを描いて、ピンク色のゼリーボールの群れの中の一体を貫いた。
「…………。一体だけかよ!」
効率悪すぎだろ!
と、突然仲間が弾け散ったことに驚愕したボールたちが、一斉にこちらを向いた。
いや、顔とかは無いんだけど、なんかそんな気がする。
女の子から離れてくれたのはいいんだけど、狙いをこちらに定めたのか、すごい勢いでピンクの波が迫ってくる。
ピョンピョン跳ねてるだけで、どうやってそんなスピードが出せるんだよ。
って、そんなこと言ってる場合じゃない! 早く倒さないと、今度は俺がピンクに埋もれる番だ。
スマホで、効率の良さそうな他の魔法を確認している時間なんて、当然ない。
「ヒートランス! ヒートランス! ヒートランス! ---」
何度も同じ言葉を連呼しながら、ピンクゼリーを一体一体順番に貫いていく。
貫かれたピンクは、弾け散って、ただの粘液と化している。
「ヒートランス! ヒートランス! ヒートランス! ヒートランス! ヒートランス!」
もう何回叫んだのか、分からない。
そろそろ声が枯れるんじゃないかと思った時、目の前を動いているモノが無くなっていることに気づいた。
ヒートランスbotとなった甲斐あって、全部のボールを処せたみたいだ。
というか、辺り一面ピンクの粘液まみれだ。服にもちょっと付いてしまった。
足元もヌルヌルしている。これ、滑ったら悲惨だなぁ。
慎重に歩いて、まだ蹲ったままの女の子に近づいていく。片っ端からヒートランスで貫いたせいで、もろに粘液かぶっているな。申し訳ない。
「えっと、もう大丈夫ですよ」
ちゃんと言葉が通じるか不安だったが、一応声を掛けた。
女の子が顔を上げた。頭を押さえて伏せていたおかげか、キレイな黒色の長髪には全く粘液がついていない。
キョトンとした表情で、キョロキョロ辺りを見回す。それから俺の顔をじっと見てきた。
「あの……スライムは……?」
スライム……。まあ、あのピンク色のゼリーボールのことだろう。さすがに俺は、そこまで察しの悪い人間じゃない。
それよりも言葉が問題なく通じることに安心していた。
「見ての通り、全部倒したぞ」
その辺に散っている粘液を、テキトウに指さした。
「全部……ですか? 私が言うのもどうかと思うんですが、相当な量いましたよね?」
「ああ、結構いたな。でも全部倒した」
信じられない、とばかりに少女が地面の粘液に見開いた目を巡らせた。
一体ずつだったから時間はかかったけど、全部ワンパンだったし、大したことないと思うんだが……。
それよりも俺は、どうしてあの量のスライムと戦うことになったのか知りたい。
「いや~、街が見えてはしゃいじゃって、真っ直ぐに丘を駆け下りようとしたら、スライムの群れに突っ込んじゃったんですよ。助かりました!」
なるほど。つまり、アホの子なんだね。
なぜか照れくさそうに、後ろ頭を掻いている少女を見てそう思った。
「あ、今更ですが、私、ポポッタって言います!」
少女が元気よく自己紹介してくれた。
気持ちのいい、ハキハキした声だ。
おかげで、こちらも気分良く名前を名乗ることができた。
「俺は左庭弘生だ。よろしく」
「サニワヒロキさん、ですか? 変わったお名前ですね」
変なのは君のイントネーションだよ。
どうして苗字と名前を区切らずに、一本で発音してしまったんだい?
「『左庭』が苗字、ファミリーネームで、『弘生』が名前、ファーストネームだ」
「……? サニワヒロキさんじゃないんですか?」
どうして上手く伝わらないんだろう。
そんなに難しい苗字でも名前でもないと思うんだけど。
何度も『左庭』と『弘生』で発音を区切るんだと教えたが、ポポッタがそれを理解することはなかった。
「ポポッタにも、家族と同じ苗字があるだろ?」
「? ポポッタはポポッタですよ?」
うーん、つまり、この子には苗字の概念が存在しないってことだろうか。
「まあいいや。俺のことは『ヒロキ』と呼んでくれ」
別に名前なんてどうでもよかった。
今の俺には、ポポッタに聞かなければならないことがあるんだ。
スライムとのエンカウントですっかり忘れていたが、ここが何処なのか、それを知りたい。
と言っても、大方の予想はついているんだが。
一応答え合わせという意味も込めて、尋ねてみることにした。
「なあ、ポポッタ。ここが何処なのか分かるか?」
「はい? どうしてそんなこと聞くんでしょう?」
しまった、迂闊だった。
街を目の前にして、ここが何処だか分からないというのは、確かにおかしい。
このまま不審に思われて、街から遠ざけられても困る。最悪、牢屋にぶち込まれるかもしれない。
まいったな。
いや、悔やむ暇があったら、何か……それっぽいストーリーを考えろ……。
「えっと……故郷から出てきたばっかりで、あんまり地図とかに詳しくないんだよ。ほら、俺、ずっと村を出たことなかったから」
「なるほど! そういうことでしたか。それはさぞ大変でしょう!」
もの凄く情報の薄い出まかせになってしまったが、ポポッタは信じてくれた。
疑いを知らないキレイな瞳をしていた。
あまりの純粋さに、嘘を吐いたことに胸が痛くなったけど、半分くらいは割と真実なので許してほしい。
「ここは『エンギャップ地方』と言います。二つの大国、『アルトファント』と『オメルグ』の国境の隙間にある地域ですね」
「そうか。『あるとふぁんと』と『おめるぐ』の境……」
何を言っているか、さっぱりだったけど、それっぽく呟いてみた。
『エンギャップ地方』『アルトラント』『オメルグ』
全く聞いたことのない地域の名前だ。
まあ、分かっていた。ここは日本じゃない――そもそも地球じゃないんだろう。
スライムとかいたし、魔法も使えた。いわゆる『異世界』というヤツか。
そういえば、ここに飛ばされた時、あの虎が言っていたな。
『燐精世界リーフォロス』だとか……。
「なん、だけど……」
ポポッタの耳に目を向ける。
それは、獣のような耳でも、先端の尖った耳でもない。いたって普通の人間の耳だ。
俺の肩くらいまでしかない華奢な身体に、サラリとした長い黒のストレートヘアー。体格に似合わないゴツイ鎧を着ていることを除けば、日本にいても違和感はなさそうだ。
異世界人みんなが皆、ファンタジックな外見をしてるワケではないんだろうが、なんかこう、新鮮さが足りないな。
「あの……どうされました?」
「や、悪い」
黙ってじっと見てしまっていたので、警戒されてしまった。
慌てて街を指さして話題を反らす。
「あ、あの街に行きたいんだけど」
「カルカスですね! 私も向かうところでした。一緒に行きましょう!」
へぇ、あの街はカルカスというのか。
どうせ一人じゃ、右も左も分からないんだ。だって異世界なんだもの。
なので、せっかくだから、ポポッタの好意に甘えさせてもらうとしよう。
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