1-3

 さっきまでと比べると、歩く速度はかなり遅くなっている。

 背の小さいポポッタの歩幅に合わせているためだ。

 カルカスの街並は目と鼻の先にあるのに、なかなか辿り着けなくて、ちょっとじれったくなってくる。

 そうは言っても、一人だと何が起こるかも分からない。なので、スマホで虎のアプリを弄りながら、ポポッタの背中を右斜め前に見て歩いている。


「ヒロキさんは、冒険者なんですか?」


 振り返ってきたポポッタに話しかけられ、スマホをしまった。

『冒険者』というのは何だろうか。

 まあ、ほんの数刻前にこの世界にやって来た俺は、間違いなく違うだろうけど。

 不用意に嘘を吐いて、後でボロが出ても困るだけから、正直に答えることにしよう。


「いや、違うぞ」

「そうなんですね。先程、故郷を出たばかりと言っていましたが、それはどちらなんですか?」


 また返答に困ることを聞いてくる。

 日本の和歌山県なんて答えても、まず伝わらないだろうし、さすがにこれは誤魔化すしかないか。

 とりあえず「ここからすごく遠い所だ」とだけ、返した。


「ほうほう。きっと大変だったんでしょう」


 メチャクチャすんなりと受け入れられた。

 なんだ? この世界だと、そういうのは別に珍しくないのか?

 それとも、ポポッタが素直すぎるだけなのか。

 この世界のことは全然知らないけど、後者な気がするなぁ。


「それで、エンギャップには何のためにいらしたんでしょう?」


 ポポッタも好奇心が旺盛というか、さっきから質問攻めにされてるな。

 まあ、話が続かなくて気まずい雰囲気になるよりはマシだろう。

 それにしても、ここに来た理由か。たしか、こんなことを虎の動画にコメントしたのがキッカケだった気がする。


「世界旅行をするため、かな」

「旅がしたかったんですか?」

「ああ、ずっと夢だったんだ。小さい頃から身体が弱くて、家でも外出を制限されていたから」

「ということは、お身体、良くなったんですね!」


 そういえばそうだ。

 自分のことなのに、無我夢中ですっかり忘れていた。

 こっちに来てから結構激しく身体を動かしているハズなのに、肺に苦しさを感じることがなかった。

 異世界に飛ばされたことで、体質が変化したのだろうか?


「それならやっぱり、ギルドで『冒険者』に登録するといいですよ!」

「ギルド?」


 ポポッタに思考を遮られる。

 ギルド。ゲームとかでよく耳にする組織だ。でも作品によって、どういう組織なのかは割と差がある気がする。

 だから、ポポッタの言うギルドが何のための組織なのか判断できない。


「ギルドっていうのは、いろんな依頼を仲介してくれる所です。クエストって言うんですけど、ちゃんと達成できれば、報酬も貰えます」


 依頼をこなして対価を得る。結構ベーシックなタイプのギルドだった。

 ポポッタによると、この世界の大国である『アルトファント』と『オメスグ』、さらに二国のどちらにも属さない特別自治区である『カルカス』の共同出資で作られた、由緒ある組織なんだとか。

 聞いている限り、裏社会に通じているとかみたいな、後ろ暗い組織ではなさそうだな。

 いつまでこの世界に滞在するのか、どうなるか分からないけど、お金が稼げるというのはいい。


「『冒険者』に登録したほうがいいのか?」

「はい! ギルドで冒険者に登録すると、旅をする上でいろいろと便利なんです!」

「例えば?」

「冒険者のライセンスが、そのまま各所の通行手形として使えるので、いちいち面倒な手続きを踏まなくて済みます! ほかにも、街にあるギルド直営の施設を格安で利用することができます!」

「でもお高いんでしょう?」

「それがなんと! 登録のための試験は、既所属者の紹介があれば無料で受験することができるんです!」


 逆に言えば、紹介がないと登録にもお金が掛かるということか。

 ぶっちゃけ今は無一文だから、無理だな。

 それか、街の誰かに頼んで紹介してもらう? いや、変な真似して不審者扱いされれば詰みだから、やめておこう。


「街に着いたら、まず、どうにかして金を稼がないとな。ギルドって、登録しなくてもクエスト受注はできる?」

「えっ?」

「え?」


 しゃっくりみたいな声を出されて、お互いに向かい合って首を傾げる格好になってしまった。

 傍から見れば、マヌケな光景だろう。

 ポポッタが首を傾げている理由はなんだ。

 あ、もしかして「なんでコイツ金持ってないんだ」とか考えてる?

 不審者だと思われた? 憲兵とかに突き出されちゃう? 逃げたほうがいい??


「私が紹介しますよ?」


 何を?

 あ、もしかして、ギルドに紹介してくれる人を紹介してくれるってこと?

 そうだよね。きっとそういうことだよね。

 まさか、こんな年端もいかない少女が、冒険者なワケ……。


「これでも私、冒険者なんです!」


 あーそっかー……。

 薄々そうなんじゃないかとは思っていたけど、そうなのかぁ。

 ポポッタでも冒険者なんだ……。スライム相手に、盛大に空振りかましてたけど。

 こんな子が『冒険者』とか、この世界のギルド、大丈夫なんだろうか。

 いや、良く言えば、見た目や経歴で判断されないってことになる?


「えっと……ポポッタは、どうして冒険者をやってるんだ?」


 いろいろ邪推してしまったけど、とりあえず会話を途切れさせないために、また疑問を投げかけた。


「お金をたくさん稼ぐためです! うち、お父さんがいなくて、貧しいながらもお母さんが頑張って育ててくれたんです。だから、ずっと楽させてあげられるくらいのお金を稼ぎたいんです!」


 すごくいい子じゃないか!

 なんて健気なんだ。感動して、涙が出そうになった。

 きっと冒険者になるためにも、相当な努力したんだろうな。

 いつかスライムも倒せるようになるといいね。


「あの……どうして頭を撫でるんでしょう?」

「おっとゴメン」


 撫でやすい位置にあったので、ついやってしまった。

 そっか、母親のためか。

 うちの両親は、俺が急に消えたことをどう思うか……。

 心配……は絶対しないよな。二人とも仕事大好き人間だから、病弱な息子という足枷がとれて、清々していることだろう。

 あまり思い出したくないことだ。これ以上考えるのは止そう。


「そういうことなら、ポポッタに紹介してもらおうかな。よろしく頼むよ」

「任せてください!」


 ドン、という鈍い音を立ててポポッタが胸を叩いた。

 胸というか、鎧の胸の部分だったけど。

 あんまり勢いよく鎧を叩いたものだから、痛かったんだろう。目尻に涙を浮かべて、叩いた右手を左手でさすっていた。

 本当に大丈夫だろうか、この子……。


「そっ……それじゃあ、カルカスに着いたら、すぐにギルドの営業所へ行きましょう」

「分かった。そこで登録できるんだ?」

「はい。紹介があれば、受験費だけじゃなくて、一部の試験も免除されるハズです! ヒロキさんなら、今日中にでも冒険者になれると思います!」


 まあ、ポポッタがなれるくらいだから、そこまで難しい試験じゃないことは想像に難くない。

 おかげで安心してギルドに立ち入れそうだ。


「ポポッタがいてくれて、助かったよ」

「お礼には及びません! 最初に助けてもらったのは私のほうですから!」


 そんなやり取りをしているうちに、カルカスとやらの街を取り囲む塀が、すぐそこまで迫っていた。

 ようやくの到着だ。

 警備らしき鎧を着た人が立っているが、検問のようなものは設置されていない。

 大国から独立している特別自治区というだけあって、自由に街の出入りができるみたいだ。

 さあ、異世界の街並みとやらを、拝見させてもらうとするか。

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