〔一章〕招かれた世界
1-1
爽やかな風に髪を撫でられる。
視界には手に持ったスマートフォン、その後ろには、雲一つない青空が見える。
おかしい。俺はさっきまで自室のベッドで寝転がっていたハズなのに。
首筋がチクチクして痛い。
身体を起こすと、自分が芝生の上に寝ていたことが分かった。
ここは……何処だろう?
首を捻って周りを見てみる。見通しの良い、草原だった。
周囲よりも少し高く盛り上がっている場所らしく、遠くの景色までよく見える。
少なくとも、地元にこんな場所はない。
何県なんだろうか。いや、そもそも、ここは日本なのか?
「電波は……圏外か」
スマホを見ても、アンテナ一つ立ってない。相当な田舎らしい。
おかげでマップアプリも、まるで役に立たない。
ほかに使えそうなアプリはないか、スワイプして探す。
どれもインターネットがないと使えないアプリばかりだ。
その中で一つ、奇妙なアプリが目に留まった。
アイコンが緑の毛をした虎の顔になっている。
そういうことか。さっきの動画は、きっとウィルスだったんだろう。
感染したデバイスの所有者をワープさせるだなんて、最近のウィルスは高性能なんだなぁ……。
「いや、そんなワケあるか!」
勢いよくノリツッコミしてみても、聞こえてくるのは、風が空を切る音だけだ。
ああ、虚しいかな。
ちなみに、この妙なアプリの名前は『ディスカバリー』になっている。
よく分からんが、アンインストールすれば元いた場所に帰してくれないかな?
そう思って、アプリをアンインストールしようとする。が、ダメだ。【アンインストールする】のボタンが灰色、つまり非アクティブになっていやがる。
仕方ない。「押してダメなら引いてみろ」だ。
意を決して、アプリを開いてみる。
「ゲーム画面……?」
―・―・―・
左庭 弘生
Lv.17
HP|913/913 |||||||||||||||
SP|120/120 |||||||||||||||
コンディション/ノーマル
―・―・―・
アプリを開くと、こんな画面が表示された。
その下に【ステータス】【所持アイテム】【メッセージ】という三つのボタンが縦に並べられている。
まるでゲームのメニュー画面だ。
でも『左庭弘生』って、なんで俺の名前が勝手に入力されているんだ?
まさか、スマホの情報を抜き取られたとか……。
少し怖くなったが、もう過ぎてしまったことを考えてもしょうがない。今はこのアプリの全容を知ることが先だ。
まず最初に、無難そうな【メッセージ】のボタンをタップする。
中身は空。まあ、当然か。
次は【所持アイテム】をタップ。こちらも中は空だ。
最後に残ったのは【ステータス】のボタンか。
タップしてみると、今度は【スタイル】と【スキル】の二つのボタンがポップアップしてきた。
どういうものか知らんが、まずは【スタイル】だ。
表示された画面には、さっきまでの二つと違い、一つだけ項目が存在している。
「【翡翠虎の加護】って、なんだよ」
翡翠虎……つまり、あの緑の虎のことなのか?
あんな奴の加護なんて、絶対にロクなモノじゃないだろ。
不審に思いながらも、タップしてみると、詳細が書かれたウィンドウがポップアップした。
―・―・―・
【翡翠虎の加護】
このスタイルの所有者は以下の効果を得る。
≪硬鎧鋼壁≫
受けるダメージのうち、100%をカットする。
≪永久湧力≫
消費するSPが100%軽減される。
≪言変論化≫
文書や会話が使い慣れた言語に変換される。
≪竜燐天衣≫
天候・気候のよる特殊エフェクトが無効になる。
≪千万里眼≫
暗闇による視界制限が無効になる。
≪鍛冶巨匠≫
所有している装備品の耐久値がゆっくりと回復する。
≪反骨狂撃≫
物理攻撃ガードした際、オートカウンターが発動する。
≪無疫息災≫
あらゆる状態異常とデバフが無効になる。
≪炎帝焼師≫
炎属性のスキルが全開放され、熟練度が最大になる。
≪水帝流師≫
水属性のスキルが全開放され――
―・―・―・
いや長いな! まだまだ下まで続いているんだが。
なんか読むの面倒になってきた……。
また今度でいいや。
画面を一つ前に戻す。こっち、【スキル】のほうはどうだ?
―・―・―・
【ヒートランス】
【ファイヤーアサルト】
【ヴォルケーノクラック】
【ルイニングインフェルノ】
【アクアショーヴ】
【ブルーフラッダー】
【ウォーターエンプロイ】
【ディヴァイドストリーム】
【ダートインパクト】
…
―・―・―・
黙って画面を閉じた。
なんかゲームの魔法みたいな名前がビッシリ出てきて、気持ち悪くなってしまった。
どうして、こんな場所で文字をいっぱい見る羽目になるんだ。
頭が痛くなってきた。
もういい。しばらくこのアプリは触らないようにしよう。
そして、こんな使い物にならないスマホなんて、ポケットに入れてしまえ。
「……さて」
とにかく、ここが日本の――あるいは世界の何処なのかを知る必要がある。
近くに誰かいれば聞けるのだが、あいにく人の気配は全くない。
というかこれだけ見通しが良いのに、動物の姿すら一切見えない。
もはや気味が悪くなるレベルだ。
「人、本当にいるんだろうか……?」
身体に受ける風がどれだけ爽やかでも、その不安を吹き飛ばしてくれることはない。
それでも不幸中の幸いと言うべきか。この高台の下に、土の露呈している部分が一本に連なっているのが見えた。
おそらく、あれは道路だ。
道路があるということは、人の営みがあるということ。
その道路を目で辿っていくと、先には街並みがある。
「あそこに行けば、さすがに人が見つかるだろ」
そうと決まれば、さっそく道路に沿って……と思ったが。
どうやらあの道は、坂の急な所を迂回して作られているらしく、かなりうねった道になっている。
あれに沿って歩くと時間がかかりそうだ。
対して、ここから街までは下り坂一直線で行けそうな感じがする。
急な坂がありそうで、ちょっと危ないかもだけど、時間は圧倒的に早くなる。
だったら絶対に一直線で行くべくだ。
そう思って、俺は草原へ足を踏み出した。
下り坂で足を滑らせないように、少し慎重に歩いていても、目に見える街の姿はどんどん大きくなっていく。
「結構早くに到着できそうだな」
今の時刻は十時四十五分くらい。陽が昇り切る前には街へ着くだろう。
でもスマホは未だ圏外のまま。
まあ、たとえ街にキャリアの回線アンテナがなかったとしても、WiFiくらいはあるハズだ。
インターネットに繋がれば、翻訳アプリで言語の壁だって無いに等しい。
なにより、マップアプリが機能する。ここが何処なのか、ようやく知ることができるのだ。
……いや、そうでもないかもしれない。
前方に人が一人、ポツンと立っているのが見えた。
よかった、ちゃんと人がいた。これで、ここが何処なのか分かる。
「あのーっ! すいませーん!」
言葉が通じるかは不明だが、とにかく手を振って呼びかけた。
でも聞こえなかったのか、あの人はこちらを振り向こうともしない。
「すーいーまーせーん!」
今度はもう少し声を大きくして、小走りで駆け寄っていく。
そこで、あの人の周囲を何か変なモノが取り囲んでいることに気がついた。
ピンク色の、ゼリーみたいに半透明で……ボールみたいだ。
立っている人のサイズと見比べると、バスケットボールくらいのサイズと思われる。
ああ、そうか。遊びに夢中で、俺の声が聞こえていないのか。
それなら仕方ないか。そう思い足を緩めて、どんな遊びをしているのか観察してみることにした。
するとピンクの球体がモゾモゾしだして……。
えっ、動いた!?
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