異世界で旅をするならタイパ重視で

鷹九壱羽

Introduction

 なんだこれ?

 突然スマホで動画が再生されて、ちょっと焦った。

 流れているのは何かのショート動画みたいだ。

 たぶん、手が変なところに当たって、開いてしまったんだろう。


「…………」


 それにしても、気味の悪い動画だな。

 画面いっぱいに映っているのは、緑の毛をした虎の顔だけで、全然聞き取れないガザガザした声でずっと喋っている。

 金色の背景に、忙しなくフラッシュが発光していて、目が痛い。

 動画でしか見たことないけど、パチンコってこんな感じだった気がする。

『願いを叶える』とか字幕が出ている。すごく胡散臭いな。


「…………」


 まあ、どうせ暇だし? これも何かの縁ってヤツだろう。

 別に信じてるとかじゃないけど、せっかくだし、ちょっと付き合ってみるか。

 そう思って、シークバーを左端まで戻し再生ボタンをタップする。

 音声は相変わらず全く聞き取れないけれど、字幕のおかげで、何を言っているのかは辛うじて分かった。


『お前の苦労をずっと見ていたぞ。本当によく頑張ったな』


 あっはい、ありがとうございます?

 いやずっと見てるとか、プライバシーの侵害だろ、お前。


『ついに我慢が報われ、願いが叶えられる』


 そうだな。今までいっぱい我慢してきた。

 ま、それだけで願いが叶うのなら、人生イージーなんだけど。


『この動画を飛ばしてしまえば、これまでの苦労は全て水の泡だ』


 分かったよ。ちゃんと見ててやるから、俺の苦労に報いてくれ。


『世界中がお前を否定しても、俺だけはお前を認めてやる』


 いいこと言うじゃねえか。ちょっと元気出たよ。

 ……やっぱ今のなしで。

 なんか上から目線でムカついてきたわ。


『さんざん苦しんだのだ。もう楽になれ』


 それで「楽にしてくれ」って言うと、別の意味になりませんかね?


『願いを叶えたいなら、やることがある』


 ん? ちょっと雲行きが怪しくなってきたな。


『この音源を今日中に使うのだ』


 うわ、これ絶対に詐欺だよ。

 知ってたけど。


『やり方は簡単だ。誰にでもできる。これがダメならもう人生を諦めろ』


 なんで急に突き放してくるだよ。

 それから何事もなかったかのようにやり方を淡々と説明するの、やめてくれ。

 笑いが堪えられなくなる。


『俺は決して無理強いはしない。やるもやらぬもお前次第だ』


 いいよ、やってやるよ。たぶん後で。


『では締め括りに俺の加護を送る。波動を二回タップで授かるのだ』


 えっ加護って何? それ意味あるの?

 あと波動? 意味が分からないんだけど。

 いやちょっと待って。なんかカウントダウン始まったんだけど……。


『今だ! 波動を二回タップしろ!』


 画面が激しく点滅しだした。

 なるほど、これが波動って表現なのね。

 二回、タップすればいいのか。はいはいっと。


『今お前の人生は運命から逸脱しようとしている』


 な、なんだってー。


『そのまま願い事をコメントするのだ。お前の願いが叶えられるだろう』


 なら、せっかくなので、叶えてもらうとしよう。

 コメントの枠をタップして入力した。

「世界旅行がしたい」と。

 送信ボタンをタップしたところで、シークバーが右端に達する。

 動画が終了した……と思ったら、急にまたフラッシュが発光しだした。


『その願い、確かに聞き届けたぞ』


 スマホから同じ声が流れ出す。

 別の動画に飛ばされた?

 そう思ったが、シークバーは右端で止まったままだ。

 アプリがバグってしまったんだろうか。一回再起動したほうが良さそうだ。

 タスク一覧を開いて、ショート動画アプリをスワイプしようとしたその時、今度は俺の視界全体でフラッシュが焚かれた。

 目の前が真っ白になって何も見えなくなる。

 同時に、なんだか身体が宙に浮く感じがした。


「え、え? 何が起こってる?」


 俺の疑問に、答えが返ってくることはない。

 しばらくして、ドスン、と身体が地面に落ちる感覚があった。

 視界はまだ白んだままだ。

 それなのに、手に握っていたスマホから、また音声が聞こえてきた。


『よく来たな。ここは燐精世界りんせいせかい「リーフォロス」だ』

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