第8話 平穏な日々とスクープ映像

 私が彼女(もう名前で呼び合っていいことになったので、麻美さん)と付き合い始めると、穏やかな日々が続いた。

 それは、私と麻美さんを引き合わせた約一週間の怒涛どとうの日々、と言うか事故の連続が嘘のような日々であった。

 

 それは、フリーのスクープカメラマンなら飢え死にしそうな日々だった。

 代議士さんが未成年の少女を買う現場を写真に収めると言った、別の意味でのスクープカメラマンよりも退屈な日々であった。

 

 私は新聞社の正社員なので、まったく事故や事件が起きなくても、有難いことに給料がもらえた。


 私が大きなスクープ映像をものにしたのは、麻美さんと付き合い始めて一か月ほどたった時であった。


 その頃には肋骨の一本にひびが入った焼き鳥屋のおじさんも仕事に復帰していた。

 

 私と麻美さんが並んで焼き鳥を選ぶ姿に目を細めて、

「麻美ちゃん、よか彼氏ができて、ほんなこつよかったな。よかった、よかった」

 と焼き鳥屋のおじさんは言ってくれた。

 

 あの足場転倒事故が起きる前までは、

(俺の焼き鳥の焼き方にまで文句を付ける、この若造め)

 と、私のことを顔で笑って心で怒っていたおじさんも、私が倒れた足場からおじさんを助け出したので、おじさんが私を見る目は一変していた。


 そのスクープ映像を私がものにしたのは・・・

「競馬って見たことないから、競馬に連れてって」

 と麻美さんが言うので、小倉競馬に麻美さんと一緒に出掛けた時であった。


 その日の最終レースで、先頭の馬がコーナーを回って直線に入った時であった。

 私は彼女と競馬を見に行った記念に、タブレットPCでそのレースを動画として撮影していた。

 コーナーを回った3頭目の騎手が他の馬と接触したのかどうかは分からなかったが、とにかく3頭目の騎手が落馬した。

 その後に続いていた馬もそれに巻き込まれて、何人かの騎手が落馬した。

 

 私は、その一部始終をタブレットPCで撮影していた。


 私は、その落馬事故のデータをすぐに社に送った。

 JRAは、もちろんその事故の一部始終を競馬場に設置している数多くのカメラで撮影していた。しかしながら、その原因がはっきりするまでは、そのレースで何が起きたのかということは公表しない。

 ましてや『コースに異物が落ちていた』などということは、完全に伏せるものである。


 私が社に送ったデータにより、その落馬事故はストップモーションの連続写真として紙面に掲載された。そればかりではなく、共同通信社の「落馬事故の事実」として世界中に配信されたのである。

 

 撮影者の名前が入ったその連続写真は、私を一発で「スクープカメラマン」にしてくれたのである。


 私がものにした小倉競馬の落馬事故の事実とは何だったかというと・・・


 先頭を走っていた馬がコース内に落ちていた小型の双眼鏡を蹴り上げ、それが3頭目の騎手の顔を直撃して、事故につながったというものであった。

 その事故で騎手一名が死亡し、二名が半身不随の重傷を負ったのである。


 私が落馬事故の録画データを社に送った時、私は双眼鏡には気づかなかった。

しかし、連続写真にすると、それがちゃんと映っていたのである。

 

 JRAも私が録画した映像が公表されなかったら、『単なる接触による落馬』としてもみ消していたかもしれないが、それができなくなった。

 JRAは、そのレースが始まる前から双眼鏡がそこにあったか、それとも、レースが始まってから誰かが投げ込んだのかを詳細に調べることになった。


 私は麻美さんと一緒にいた時に起きたその事故をきっかけに、二か月前の交通事故の写真に写り込んでいた麻美さんを見て感じた、「事故星女」のことが頭をもたげてきた。

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