人里では

 村役場にて祠を壊したと報告を受けた村長は、酷く蒼褪めて震えていた。

 なにせあの神様の事だ、何をしでかすか予想が着かない。


「こわっ、壊したって……どういう状態だ?」


 そこまで寒くも無いのに歯をがちがちと鳴らしながら、村長は作業員に質問する。

 作業員たちはそれぞれ顔を見合わせて、一番前に居た見た目は若そうな男が面倒そうに口を開く。


「邪魔だったので重機で引っこ抜いた後、間違えてタバコの火を落としちゃって燃やしちゃって、跡形も無くなるように潰しましたけど」


 そんな答えを聞いた村長は今にも意識を手放してしまいそうになった。

 けれども責任感からだろうか、自ら両頬を叩いて意識をしっかりと保つと、役場の放送で村民に呼びかける。


「警報警報、あの祠が壊されました、全員これから三日間は窓の外が見えないように塞ぎ、絶対に家の外に出ないように」


 続いて役場職員に対して各世帯への備蓄配布や板材の搬入などの指示を出す。

 代々受け継がれてきたマニュアルによって効率化された、祠被害への備えである。

 けれどもオカルトにとんと縁の無い都会人たる作業員たちには、事の深刻さが伝わっていないようだった。


「なんだってこんな切羽詰まった風に動いてんだろうねぇ」


 役場を追い出されて青空の下、煙草の煙を吐き出しながら先ほど村長に報告した男、現場監督が独り言ちる。


「じいさんばあさんは信心深いっすからね、何も起きないのに滑稽なもんですよ」


 けらけらと笑う作業員たちに釣られて、現場監督も口角が上がる。


「なんだったら俺、明日も祠壊しに行っちゃおっかな」

 

 怖いもの知らずの一人がそんな風に言って、また笑い声が上がる。

 彼らが平穏に過ごせたのはこの日が最後だった。


 場所は変わり、都会のビルの中。

 壊された祠が神に発見された次の日の事。

 会議室では椅子に深く座った重役達が、眠気を誤魔化そうともせずに流れるスライドを見つめていた。

 

「では次のスライドの説明に移らさせていただきます」


 ギラギラと輝く目の下に大きな隈を作った男がそう言って、ポインタのスイッチを押す。

 カチリという小さな音は、骨の折れる音と肉の潰れる音にかき消された。

 人体の壊れる音が数秒程ビル中に響いて、やがて静まった。


「こぴ、ぽひゅ……ぷふ……」


 タイピング音もコピー機の作動音もしなくなったビル内に、電話の受信音と粘ついた呼吸音だけが響いていた。

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祠が壊されていた アイアンたらばがに @gentauboa

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