3. VS フィオレット鈴鹿

 Nリーガに所属するすべてのチームは、それぞれホームタウンを有している。このホームタウンとはチームがいかに地域に密着しているのかを映す鏡のようなものである。


例えば真岡シュピーゲルのホームタウンにあたる真岡市内にはところどころに真岡シュピーゲルのポスターが掲載され、市内の鉄道とのコラボや、小中学校へ選手が赴き、サッカー教室や講演会も行っている。


こういった取り組みは他のチームでも当然行われており、名古屋シュヴェーアトヴァルでは地元商店街とのコラボイベント、川崎グレンゼに至っては地元自治体のお祭りに選手やマスコットがやってきて、祭りを地域住民と盛り上げるといった密着ぶりだ。


 だが逆に地域密着こそがチームの課題となっているクラブもある。その一つが第五節にて真岡シュピーゲルと一戦を交えることとなる、フィオレット鈴鹿だ。


三重県鈴鹿市にホームタウンを置くこのチームは、一九九六年のNリーガ加盟以来、地域への密着という問題を解決できずにいる。


長年モータースポーツの街として発展してきた鈴鹿市において、サッカーというのは馴染みのないスポーツであった。


加えてスポンサーも地元企業ではなく近隣に位置する県を本社とする企業が大半であり、ホームスタジアムも、所有しているのは愛知県内の食品メーカーのレモネだ。そのためサポーターも三重県外を居住地とする人がほとんどという、他とは異なる色を持っている。


 二〇三八年四月三日。三重県鈴鹿市では桜が開花し、市内各地はお花見をする人で溢れかえっていた。スタジアムも例外ではなく、樺太の地から訪れた真岡シュピーゲルのサポーターの中には、桜と記念撮影をする人も見られた。


両チームのサポーターには軽装の人が増えており、深い青と鈴鹿の豊かな自然の色を表現しているという深い緑のユニフォームでスタジアムが埋まる光景はさながら春の豊かな緑と生命の芽吹く海を表しているかのようだった。


緑のユニフォームのフィオレット鈴鹿の選手と、セカンドユニフォームである白いユニフォームの真岡シュピーゲルの選手がピッチへと入場する。真岡シュピーゲル側のゴール裏に掲げられた「俺たちは真岡シュピーゲルを信じ続けている」という横断幕を見て、選手は何を思ったのだろうか。


その答えに私がたどり着くよりも先に、試合開始のホイッスルが鳴り響いた。フィオレット鈴鹿の基本フォーメーションは四-四-二。ディフェンスラインを上げることによってライン間にスペースが生じる可能性を限りなく無くし、相手の自由を奪うという戦法をとる。


だがロングパスを主体とする真岡シュピーゲルに対しこの戦い方は相性が悪く、フィオレット鈴鹿は前半の途中から真岡シュピーゲルと同じ三-四-二-一のフォーメーションをとり、ミラーゲームで相手の動きを抑え込むことを狙った。


しかし鈴鹿の選手たちは慣れないフォーメーションに対応しきるまでに時間がかかり、その隙に中盤のミッドフィルダーである神田のボールがフォワードの早岡のもとに届き、そのままディフェンス陣を振り切ってシュート。


ボールはゴールポストに跳ね返されるが、そのボールをエンリケがゴールへ押し込み、真岡シュピーゲルはシーズン初得点と同時に、先制に成功した。


アウェイゴール裏ではゲームフラッグが揺れ、歓声に包まれた。そして得点を決めたエンリケへのコールがされた。彼らが最後にこうして歓声をあげたのは十二月末の仙台ツヴァイズィーベンとの入れ替え戦に違いない。すると実に三か月ぶりくらいだろう。ここまでゴール裏が沸き立つのも。


 スコアは動くことなくハーフタイムに突入し、チームが狙うは勝ち点三のみとなった。この時の選手たちの目は、いつもより勝利を渇望するかのように、ぎらぎらと輝いていたのをよく覚えている。


最低でも延長戦に持ち込みたいと考えた鈴鹿はスリートップを作り出すことを狙ってかシャドーの選手をミッドフィルダーの古賀正仁からフォワードの本多祐希に代え、後半戦が始まった。


 後半に入ると、鈴鹿側も真岡シュピーゲルと同様のフォーメーションに慣れてきたのか、一進一退の攻防が続く。攻撃の布陣までを同一とする両チームの戦いはまさに鏡に映った自陣と戦っているかのようだった。


互いが自チームの弱点を狙いながら、自チームの弱点を補い、得意な戦術でゴールを目指す。試合の展開としては盛り上がりに欠けると実況は語っていたが、私にとってはこの戦い方こそ真岡シュピーゲルが最も輝く瞬間に見えた。


世間は言った。旧外地では未だスポーツが発達しておらず、ここ十年以内に日本列島内のチームを脅威に晒すようなチームは現れないと。


しかしだ、昨年の監督交代から順調に勝利を重ね、現段階で五位のフィオレット鈴鹿を下せば、この評も覆るのではないだろうか。


 サポーターはいつも以上の声援で真岡シュピーゲルを鼓舞し、選手たちも勝利へ向けてN1リーガ屈指の選手たちを抑え込んでいる。


その時、真岡シュピーゲルに大きなチャンスが訪れた。フィオレット鈴鹿のディフェンス、田代慶が真岡シュピーゲルの早岡と激しく衝突し、フリーキックを獲得。キッカーはもちろん早岡昴。


東亰FKの天才も脅威と恐れた無回転シュートはフィオレット鈴鹿のゴールネットを揺らした。


 三度にわたるホイッスルの音が春の晴天に鳴り響くと、真岡シュピーゲルのサポーターからは歓声が沸き上がり、この瞬間、真岡シュピーゲルというチームは勝ち点三を手に入れた。


 サポーターと勝利の喜びを分かち合った後、選手たちはロッカールームで歓喜の声をあげていた。


今回ゴールを決めた早岡選手とエンリケ選手は勝利が大事だと興奮した様子で語っていた。ディフェンスの荒井選手は笑みを浮かべつつ、安堵の表情を浮かべ、キャプテンの水田選手は手をたたいて喜びを表していた。


この勝利から数日後、真岡シュピーゲルの公式SNSには、若手選手数名を焼き肉店に連れていったという荒井選手によるSNS投稿が紹介されていた。

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