2. 連敗


 同じフォーメーションを採用しながらも全く異なる戦術を駆使する二つのチームの戦いは、三-〇で、真岡シュピーゲルの敗北に終わった。


真岡シュピーゲルの攻撃においての速さは健在で、一時は東亰FK側のウィングバックが後退して守備に入らざるを得なくなったほどだ。しかし、真岡シュピーゲルが特技とするボールを前線へ送るという戦法を東亰FKはことごとく封じてきた。


トップの早岡を狙ってディフェンスや中盤の選手がボールを飛ばすが、東亰FK側のディフェンス陣がシャドーの水田とエンリケが上がってくるよりも前にボールに向かい、ボールを奪い取った頃にはすでに攻撃に向けて彼らの陣形は整っている。


ボールを奪い取り、カウンターを仕掛けるという点を苦手とする真岡シュピーゲルは相手のビルドアップを崩せないまま敗北したという形になる。


また、先制攻撃へ向けて真岡シュピーゲル側の選手が攻撃へ前のめりになっているところの、裏を突かれたというところも敗因の一つと言えるだろう。


 試合後、ワインレッドの沸き上がるスタジアムの一角で、大洋の色をした真岡シュピーゲルの選手が、同じ色をまとったサポーターへと静かに頭を下げた。


サポーターからは拍手で迎えられ、涙を流す選手もいた。その中でサポーターたちはまだ開幕戦だから、これから勝ち上がっていこうと声をかけた。



 週が明けると、真岡市内の真岡シュピーゲル練習場では選手が次の試合へ向けて練習を再開していた。清水監督が時おり選手を呼び、何か指導を繰り返していた。スタジアムの雰囲気とは一変、のどかな自然に囲まれ、互いに指示を出し合う選手たちの声だけが響く。


 これがN2時代からの真岡シュピーゲルの練習風景だと真岡の得点王、点を取るフォワードに与えられる十一の背番号を持つ早岡昂選手は語る。


 前髪を中央で分け、どことなく柔和な顔立ちをしている早岡選手はその美しい相貌からは想像もつかないような無回転シュートを得意としており、東亰FKのコルテス監督もこのシュートをいかにして止めるのかが、勝敗を決めると考えていたほどだ。


N1のチームからも明らかな脅威と考えられていた彼は、先の試合における結果について、彼自身の心境を吐露した。


「絶対点とってやるって思ってたから、悔しいとしか言いようがないですね。キーパーに止められるなら、俺の実力不足だってことですけど、俺より先に相手のディフェンスとかが上がって来て、ボールを持ってく。


俺が遅いあまりにチームの失点を誘っていると思うとやるせない気持ちしかないですよね」


 そう力なく微笑む早岡選手の眼からは、勝利への強い執念がひしひしと伝わってきた。「やるせない気持ちしかない」その言葉に嘘はないと証明するかのように、練習中の早岡選手はボールに向かって、その先につながるゴールに向かって、懸命に走り続けていた。


チームの誰よりも早く、サポートに回る味方を振り切ってしまうのではないかと思うほどに、ボールを一直線に追いかけていた。


 こうした早岡選手をはじめとした選手たちの努力をやすやすと認めてくれるほど、N1の舞台は甘くなかった。続く第二節のヴェール長野FC、第三節では昨年N2リーガを制覇して昇格を果たしたアルテアロセア水戸に敗北することとなった。


どちらも真岡シュピーゲルと同様の陣形を戦術の中に用いてくるチームであり、選手の実力差がはっきりと出ていると考える専門家もいる。


開幕三連敗という結果に世間は厳しく、国民スポーツ新聞は真岡シュピーゲルの三連敗は、旧外地においてサッカーをはじめとしたスポーツが普及しておらず、遅れていることを示す好例であると評した。


しまいには真岡シュピーゲルの昇格は偶然の残物にすぎないという論調がメディアを支配した。


この状況について、ディフェンスの要としてチームの守備を指揮している荒井剛選手は勝利への熱意を露わにしている。


「もう絶対勝つしかないですよね。落ちるところまで落ちたんだからあとは上がるだけ。世間がなんと言おうと俺たちは勝ち上がっていくだけです」


 この日の練習の終わりに、若手選手数人に楽しそうに話をする荒井選手を見かけた。苦しい状況に片足を突っ込んでいるともいえる状況で、不安に苛まれているだろう経験の浅い選手たちに対して、笑顔で語りかける姿は、プロとしての強いメンタルを感じた。


後で若手選手数人に話を聞いてみたところ、次のソルペリオール(長崎)戦に勝利したら、お祝いとして焼肉に連れてってやる、と荒井選手は語ったという。


 この言葉は現実になるのだろうか。三月二十日、春の兆しを見せ始めた長崎県佐世保市。真岡市と同様、海とともに発展してきた都市。


海風がはるか異国の匂いを運んでくる長崎エレクトリシュ陸上競技場には、数えきれないほどの真岡シュピーゲルのサポーターが集っていた。


 選手たちと同様、彼らもまだ諦めていないのだ。試合開始前のロッカールームでは、清水監督がいつも通り声をかけた後、今日は荒井選手が前に出て、話を始めた。


「今まで、開幕戦はじめ、複数失点を繰り返していますが、俺らを中心に絶対ゴールまで向かわせるような真似はしません。練習してきたことを軸に、頑張っていきましょう!」


 この声に呼応するように返事をした選手の中には、先日の練習後に荒井選手と言葉を交わしていた大卒ルーキーのディフェンス、村瀬行也選手の姿もあった。


三月一五日の練習で負傷したディフェンスの森幸村選手の代わりだ。この采配について、試合後のインタビューで監督の清水陽平さんは次のように語っている。


「ナリ(村瀬行也選手)はここのところ見ていてボール保持、つまり相手にボールを奪われないという点において長けているなと思ったんで、試合で経験を積ませたいなと。


彼自身も今日の試合を終えて課題は見えてきたと思うんで、これからも頑張っていってほしいですね」


 試合結果は一-〇で四連敗。しかし、先の三戦に比べると真岡シュピーゲルはよい戦い方をしていたと言える。


 ソルペリオール長崎の基本スタイルは三-四-二-一と真岡シュピーゲルと同様。ミラーゲームが予想されることもあり、真岡シュピーゲルは陣形の維持や開幕戦で露呈した裏を狙われる攻撃の対策を行ってきた。


しかしソルペリオール長崎が特殊なのは守備陣形で、無理にボールを取りに行くことはせず、ディフェンスラインに五人の選手を置き、相手のパスミスを狙い、ボールを奪ったら中盤からセンターの選手が躍動し、ゴールネットを揺らさんとする。


堅守速攻ともいえるものであり、攻撃の速さという点では真岡シュピーゲルと共通している。


このような戦術を佐世保のローカル紙は、カノユユリという佐世保市の花と同じ色をした白とピンクのユニフォームを長年採用し続けるソルペリオール長崎になぞらえてか、海風を受け、世界へ羽ばたいていくカノユユリの花にたとえている。


 これに対し真岡シュピーゲルはソルペリオール長崎の堅い守備をどう崩していくかが課題となった。前半は二〇分のエンリケの枠内シュートなどゴールへ進む姿勢はあったものの、攻撃の大半を長崎のディフェンス陣に阻まれる形でハーフタイムを迎えた。


 ここまでの四五分で、監督の清水陽平さんやキャプテンの水田翔選手らをはじめ、チームにかかわるほとんどの人達が、ソルペリオール長崎の「弱点」に気付いていた。


守備から攻撃へと陣形が変わる際、ほんの短い時間だが、選手が上がりきらず、スペースが多く生まれる時間がある。この間ディフェンスがボールを保持し、攻撃に転ずる時間を稼ぐことで失点を防いでいるが、このタイミングを狙い、ボールを奪ってゴールへ速攻する。


そうすれば現状を打開できるのではないか? と誰もが考えた。


 相手の弱点を把握した後半戦、得点も近いと思われた。しかし相手への対策をする、という点においてはソルペリオール長崎も同様であった。


真岡シュピーゲルがソルペリオール長崎の陣形変更時に発生する守備が弱くなる瞬間を狙うのと同様に、ソルペリオール長崎は攻撃時、スペースをほとんど作らないようにし、ディフェンスが介入するより前にボールを回し、猛攻を仕掛けた。


 この時相手チームがシュートを打った地点の大半は、先の村瀬のところであった。村瀬はボール保持においては優れていたが、フェイントをかける選手に対しての対応はまだ努力が必要とされていたのだ。


 結果、後半三二分にソルペリオール長崎のフアン長谷川のゴールにより真岡シュピーゲルは失点し、延長戦まであと少しのところでの敗北となった。


開幕から一戦も勝利できてないこの状況に対してフラストレーションがたまっているサポーターも増えてきてしまったのだろう。試合終了後にサポーターのもとに赴いた選手に対して、ブーイングで応えるサポーターの数が増えてきていた。


 試合後、サポーターの人々をしっかりと見つめ、ブーイングという事実に向き合っていたキャプテンの水田選手は、この連敗をいつまでも続けるわけにはいかないと語る。


「このままだとチームが悪いほうへ傾いてしまう。本当に勝てるのか? と選手たちが疑い始めるようになってしまったら本当に勝ちは遠のくばかりになる。


もう絶対勝つとかそういう曖昧な言葉じゃなくて、自身らの弱点を見つめなおし、相手を知り、相手の長所を封じながら戦わなければならない。


それに真岡シュピーゲルはそういうところを長所とするチームで、ミラーゲームで逆に相手に封じ込まれるチームであってはならない」


 このインタビューの後、何事もなかったかのように練習へと戻っていく水田選手の姿は試合の時と同様に堂々としており、目鼻立ちのはっきりした顔つきをしているのもあってか、その力強さを感じさせる姿に自然と勇気を貰えるような気がした。

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