第一章 – 東亰FK戦の敗北から
1. VS 東亰FK
序章では真岡シュピーゲルがN1昇格を果たすまでを語ったが、あの劇的な勝利から三か月経つか経たないかという二月二七日、Nリーガ二〇三八シーズンが開幕した。
この日は昨シーズン二位の横浜マーレと昨シーズン五位の大宮ライトニングの上位対決を含める五試合が行われ、開幕戦を勝利し順調なスタートを決めるチームと開幕戦から敗北を期し、この先をどう戦っていくか検討していかざるを得ないチームを生み出していた。
真岡シュピーゲルは開幕翌日となる二月二十八日、昨年度N1王者、東亰FKとの開幕戦を迎える事となる。
東亰FKのホームスタジアムであるロートシュターディオン東京には三万人近くのサポーターが来場していた。スタジアム前の広場には東亰FKのチームカラーであるワインレッドの旗が風を受けなびいている。
人々は葡萄酒色に身を包み、食べ物を購入する人もいれば、寒空ではあるものの雲一つない空の下で試合前の空気を肌に感じている人も見られた。
東亰FK側のゴール裏では、選手の名前が書かれたものをはじめ沢山の横断幕が設置され、特にゴール裏下部中央に掲げられた、チームカラー色の布に真っ黒な字で「WIR SIND EIN ECHTES N LEAGUE TEAM(我々こそが真のNリーガチームだ)」と書かれた横断幕からは、Nリーガ創設当時からリーガ所属を続けるエアスタツェーンとしてのプライドを感じさせる。
対する真岡シュピーゲルは、東亰FKとの対戦は初であり、首都からはかなり遠方の地にホームタウンを持つにも関わらず、来場者の四割を真岡シュピーゲルのサポーターが占めるほど多くの人が来場した。
スマルトと呼ばれる暗いコバルトブルーをチームカラーとする真岡シュピーゲルの人々は、深紅のスタジアムの一角を深い海のような青に染め上げていた。
地理的にはもちろん、心理的にもアウェイの地に置かれた真岡シュピーゲルのサポーターたちは、一体何を思っているのだろうか? 試合前のゴール裏にてフラッグの準備をしているサポーターに話を聞いたところ、次のように教えてくれた。
「確かに俺たちにとってもチームにとっても初めてだらけのシーズンになると思うけど、ビビッてはないよ。旧外地出身だからって前時代的な目で見てくる人は今までもいたし、N1に来たらってサッカーじゃない別のスポーツをするわけでもない。
今まで通り堂々と応援して、選手に戦ってもらえばいいさ。そして選手たちに少しでも力を送れるように、応援をするのが俺たちってわけ」
私がこの彼の言葉に耳を傾けている時、周囲にいた真岡サポーターもうんうんと言うかのように頷いていた。初めての対戦相手、初めてのカテゴリ、これらに対してサポーターたちは恐れることなく向き合っていたのである。
もしかしたら、私の方が五部から長い時間をかけて昇格を繰り返してきた真岡シュピーゲルの底力を低く見積もっていたのかもしれない。そして、この「恐れないメンタリティ」は真岡シュピーゲルの選手たちも同様であると気づくこととなったのは、フラッグを振る彼と話をしてから一時間も経つかどうかという時だった。
スタジアム内のピッチにおける練習が終わった両チームの選手は、ロッカールームへと戻っていく。選手が去り静まり返るピッチとは対照的に、その周囲を囲む観客席ではサポーターにより絶えずフラッグが振られ、この後活躍するのであろう選手達への応援歌が叫びのように歌われる。
その声はロッカールームで練習着からユニフォームに着替える真岡シュピーゲルの選手たちにも届いていた。
「今日が真岡シュピーゲルにとってN1の初舞台となります。もちろん勝利して、僕たちがN1でも戦っていける事を証明しましょう! そして遠くまで来てくれたサポーター達と共に勝利の喜びを分かち合いましょう!」
四角形の部屋、その三面をロッカーが囲む一室で、監督の清水さんがロッカーの手前に備え付けられた椅子に座る選手へと手をたたきながらそう声をかけると、次はキャプテンを務める水田翔選手が、選手たちの前へ出て、話を始める。
「相手が昨年の王者だろうが何だろうが恐れる必要はない。勝ち点3を持って帰ろうぜ!」
この声に対し、その場にいたすべての選手が声をあげた。
だが昨年のN1王者という存在は軟な敵ではない。東亰FKはNリーガ創設時に設立された一〇のクラブチーム、エアスタツェーンの一チームであり、過去に一八回N1王者に輝いている。監督は若き名将ルーカス・コルテス。
選手とほぼ同年代の監督でありながら、二〇三六年シーズンの途中から監督に就任した。低迷していた東亰FKは一三連勝。
その勢いのまま上位に終わらせた采配は、Nリーガ史上最高の監督と称されるほどだ。コルテスの下でチームは急成長を見せ、リーガ二連覇間違いなしとされてきた。
東亰FKは国民新聞社を経営母体とし、所属選手もポルトガル代表での経験を持つジョアン・サントス、ドイツの名門ベルリン出身のルイス・ミュラー、先のワールドカップでブラジル代表相手にゴールを決めた安藤和久など実力者揃いだ。
試合開始まで残り数分、音楽が鳴り響くスタジアムに赤と青の選手が審判に続いてピッチに降り立つ。両チームのサポーターが見守る中、握手を交わした選手らはピッチの上、それぞれのポジションへとつく。
センターサークル中央にボールが置かれ、主審の長いホイッスルを合図に、真岡シュピーゲルのN1での挑戦が始まった。
両チームともに三-四-二-一のミラーゲーム。真岡シュピーゲルが最も得意とする戦い方。ビルドアップではなくロングボールで一気に前方へとボールを送り、相手の守備陣形が完成する前にゴールへと迫る。
対する東亰FKはビルドアップを重視し、中盤でボールを動すことで、何度でも攻撃のチャンスを仕掛けることに長けているチームだ。また、守備時も前線に人数をかけ、ボールを奪い取った後すぐに攻撃へと転ずることを可能にしている。まさに攻撃特化型のチームだ。
同じフォーメーションを採用しながらも全く異なる戦術を駆使する二つのチームの戦いは、三-〇で、真岡シュピーゲルの敗北に終わった。真岡シュピーゲルの攻撃においての速さは健在で、一時は東亰FK側のウィングバックが後退して守備に入らざるを得なくなったほどだ。
しかし、真岡シュピーゲルが特技とするボールを前線へ送るという戦法を東亰FKはことごとく封じてきた。トップの早岡を狙ってディフェンスや中盤の選手がボールを飛ばすが、東亰FK側のディフェンス陣がシャドーの水田とエンリケが上がってくるよりも前にボールに向かい、ボールを奪い取った頃にはすでに攻撃に向けて彼らの陣形は整っている。
ボールを奪い取り、カウンターを仕掛けるという点を苦手とする真岡シュピーゲルは相手のビルドアップを崩せないまま敗北したという形になる。また、先制攻撃へ向けて真岡シュピーゲル側の選手が攻撃へ前のめりになっているところの、裏を突かれたというところも敗因の一つと言えるだろう。
試合後、ワインレッドの沸き上がるスタジアムの一角で、大洋の色をした真岡シュピーゲルの選手が、同じ色をまとったサポーターへと静かに頭を下げた。サポーターからは拍手で迎えられ、涙を流す選手もいた。その中でサポーターたちはまだ開幕戦だから、これから勝ち上がっていこうと声をかけた。
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