第二章 – ミラーゲームという戦い方
1. ミラーゲーム
フィオレット鈴鹿に対する劇的な勝利は、日本列島だけでなく旧外地の人々をも驚かせた。
まぐれに決まっていると冷笑する評論家もいたが、東亰FKのコルテスがこの試合を分析し、真岡シュピーゲルの勝利は戦術的勝利であり、偶然だけで勝利したのではないとSNSで具体的な解説も交えながら投稿すると、真岡シュピーゲルの勝利に泥を塗ろうとする者はいなくなった。
先日、私はこの若き監督と話をする機会を得た。長身痩躯でどこかモデルのようにも見える青年は、この時なぜ真岡シュピーゲルを擁護するような投稿をしたのかについて語った。
「東亰(FK)に対してもいる。金があって強い選手を呼べるから勝てるだけだと言う者が。確かに間違っているとは言えない。
だが強い選手がいるだけで勝ち続けられるほどこのスポーツは単純ではない。あの時(第五節)の真岡シュピーゲルの戦いは的確に相手の弱点を突き、後半の相手チームの修正の上をいく戦いを見せた。
どんな試合も偶然の連続だ。しかし、偶然だけで勝利できるほどN1は甘くない。真岡シュピーゲルは偶然をうまく利用し、最善の戦い方で勝利をつかんだ。それは、誇ってもいい」
東亰FKのコルテス監督はそう言ってにやりと笑った。監督として東亰に数多くの勝利をもたらし、自身のことについてはあまり語らない彼が、年相応の顔をしたように見えて、私は思わず目を丸くした。
新聞やネットニュースは勝利と敗北を繰り返すようになり、降格争いから脱さんとする真岡シュピーゲルを、次第に「旧外地からの刺客」と称するようになった。
この名を最初に用いた、スポーツ記者の苗山貞治さんは、真岡シュピーゲルについて次のように語る。
「最初はね、一番早く落ちるのは真岡シュピーゲルに違いないってどの記者も考えてたと思うよ。でも(フィオレット)鈴鹿戦で勝ち点三とってから、上位に食い込むまではいかなかったけど中位に入れるかってところだったじゃん?
俺たちに弱いチームだと思わせておいて、後からあんな戦い方見せられちゃあ、刺客と表現するしかなくなるでしょ」
苗山さんは私にもそう思わないかと聞いて笑った。
このようにして真岡シュピーゲルは多くの人にN1を戦い抜くことができるチームと認めてもらえたわけだが、ミラーゲームを得意とし、同じフォーメーションを用いる相手に対し、積極的に一対一を挑み、弱点を見つけ出していくという戦い方を、快く思わない専門家や記者も存在していた。
ミラーゲームは基本、相手選手と一対一の攻防になることが多い。つまり、戦術的な点よりも個人のプレーが勝敗を決める。
これをサッカーという十一人が連動して行うスポーツの崩壊といっても過言ではないと語るのが、かつて神奈川県をホームとする平塚オーケアノスで監督を務めた経験を持つ、泉壮馬さんである。
現在は監督業も引退し、故郷の北海道で静かに暮らしている彼が、過去の雑誌のインタビューでミラーゲーム嫌いを語っていた。
平塚オーケアノスは泉監督の下でリーガ制覇をするなど、当時のヨーロッパ最先端の戦術を取り入れたサッカーで、日本サッカーの一〇年先を行くチームとまで称された。
今でも平塚オーケアノスは一〇年先とまではいかなくとも、最新の戦術を取り入れ、対戦相手を苦しめている。
遥か未来の戦い方をするチームに対して、多くのチームがミラーゲームにすることによって、戦術的な利点を抑え込もうとした。
当時の平塚オーケアノスにはスターと言えるような卓越した選手は多くなく、鏡写しの戦いが災いして勝ち点を逃すこともあった。
それが泉さんにとっては自らが磨きあげてきた戦術を愚弄されたように感じられたのだろう。
さて話を再び真岡シュピーゲルに戻そう。フィオレット鈴鹿に勝利して以降、真岡シュピーゲルは横浜プテロスに延長戦の末一-〇で勝利、次節のウィクトリア姫路には敗れたものの、翌週にはアウェイの地で川崎グレンゼ戦をPK戦まで持ち込み、勝利で飾った。
この後も前半戦は勝利を重ね、勝ち点三でルシーニュ三条、室蘭フースバル、ピアチェーレ浜松、刈谷FKを破り、神戸ヒメルからは勝ち点一を獲得した。ここまでで真岡シュピーゲルが積み上げた勝ち点は一九。
順位は二〇チーム中一五位。降格圏内ではないものの、この先の状況次第では降格圏に入ってもおかしくない状況だ。しかし、開幕四試合を勝ち点〇で終えていたチームとしてはなかなかの好成績と言える。
次に、真岡シュピーゲルの強みを分析していきたいと思う。ミラーゲームにおいて重視されることは先述の通り選手個人のプレーの能力だ。そこで真岡シュピーゲルでは徹底的に一対一に特化した練習を行っている。
その成果もあり、各選手が自分のポジションで確実に求められるプレーをこなせる。それだけでなく、全体練習ではこうした個人の能力を仲間に向かって発揮していくことで連携を高めている。これは連携を取ることとは似て非なるものらしい。この感覚については、長年チームに所属している、エンリケ選手が語ってくれた。
「チームメイトと連携するというのは、一般的にチームメイトに合わせながらプレーをするということだと思います。しかし、私たちの能力を仲間に向かって発揮するというのは、仲間に対して合わせるのは当たり前ですが、相手に挑んでいくように、仲間にも自分がどのようなプレーが出来るのかを示し、挑んでいくのです」
流れるようなスペイン語を通訳のラテンアメリカ系の青年が丁寧に訳していくのを聞いていると、エンリケ選手がいかに仲間に挑んでいるのかの一部がわかったような気がした。丁寧に、そして真剣に、仲間にも相手にも、そして自分自身にも挑み続けているのだろう。
では、こうして培われた一対一の技術が顕著に表れていた試合についてみていこう。
まずは室蘭フースバル戦だ。この試合はNリーガ第一二節として五月二日に行われた。フォーメーションは双方三-四-二-一、ロングパスを主体とする戦い方という点もこの二チームは共通している。
室蘭フースバルはゴールキーパーの山下優斗もビルドアップに参加し、中盤ではディフェンスの浅野一輝をアンカーとし、二枚のインサイドハーフでボールを前線へと運んでいく。
ここを起点として攻撃に転ずる特徴のある室蘭フースバルをいかにして抑え込むかが真岡シュピーゲルの課題となってくる。
これに対して真岡シュピーゲルは浅野のパスコースを塞ぐようにフォワードのエルメンコフが立ち回り、室蘭のインサイドハーフはシャドーが抑え込み、前線へボールが通った場合にも守備が間に合うよう時間を稼ぐことが可能だ。
こうして真岡シュピーゲルは室蘭フースバルの攻撃を封じ込み、相手陣内でボールを奪えばゴールへ速攻する。
また、真岡シュピーゲルが自陣でボールを持った場合はゴールキーパーの片岡勝がロングパスで前方へと一気にボールを蹴り出す。このパスに対応するのはエルメンコフ、一九〇センチという長身の彼がボールを受け、ゴールまで一直線に向かっていく。
この戦い方は実を結び、後半一二分にはエルメンコフのシュートで得点している。相手ディフェンスに阻まれることなくロングボールを確実にヘディングでとるという、エルメンコフの強みあってこそだ。
この試合はこの後セットプレーでディフェンスの森幸村がゴールを決め、二-〇で勝利している。
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