孤独な男の心の調べ

あの後、彼は引き止めるツレを振り切り、私を半ば強引に屋上へ連れてきた。

どうやら、わが校の屋上は施錠されている方だったようで、人気はない。

けれど、逆に言えばここで教師に見つかったものなら、雷が落ちるのはほぼ確定だ。

私としては早々に彼との縁を断ち切り、半分残ったお弁当の処理に移りたい所存。

ところが、彼はそんなつもりは1ミリもないようで、走った後の荒い吐息のまま、屋上の床に座り込む。


「さっきは悪かった。」

「いや、いいけれど、用事が済んだなら私行くよ?」

「そ、それは待ってくれ。」

「何よ。朝の信号待ちとは違うのよ?」


若干言葉に棘を仕込んで警戒を伝えておく。

そもそも、これでも私は女性である。自分よりも力の強い男性にあまり連れまわされたくない。

それに、誇るべきかはわからないけれど、男性同士のいざこざに巻き込まれるようなことをした覚えはないのだ。

彼の相談を聞く義理などないに等しい。

それは彼自身もある程度わかっているのだろう。

何度か口を開いたり閉じたりした後、ぽつりと言葉をこぼした。


「あいつさ、俺とバンドを組んでたんだ――」


それから語られたのは、どこぞの漫画でもありそうなチープな物語だった。

最初は歌と音楽が好きから集まったバンド。

けれど、それぞれしたい事、できる事に違いが出てきて、段々と溝が深まっていく。

やがて、溝は亀裂になり、バラバラになっていく仲間たち。

それでも音楽が好きで、歌が好きで、続けていきたいのがギター男子。

だから、最後の一人に必死にやめないでほしいと声をかけていたらしい。

そして、そこに立ち会ったのが私とのことだった。


「それで?私が何か関係あるの?」


自分でも恐ろしくなるほど冷たい声で彼への無関心を示した。

分かっている、彼が求めているのは肯定なのだろう。

彼という人間を肯定して、頑張っていると声をかけて、褒めて慰めてあげればよいのだろう。

けれど、私はそれをしない。

私はそこまでお人好しじゃない。冷たい人間なのだから。

けれど、彼はそんな私の思いとは真逆の要求としてきた。


「俺の歌を、これから毎日聴いてくれないか?」

「……ごめんなさい、どうしてそうなるの?」


彼は若干視線を宙に惑わせると、あきらめたように話した。


「ぶっちゃけ、好きなだけじゃデビューなんてできないって、わかってるんだ。」

「一応はデビューを考えてはいたんだ?」

「そりゃ、上手いか同課に関わらずさ、そういう夢は見ちゃうよ、どうしても。

 でも、だからこそ自分の至らなさも見えてくるっていうか――」

「それで聴いてほしいと?」

「ああ、上手くなるまででいい。諦めがつくまででいい。

 せめて、誰かに聴いていてもらいたい。

 俺の歌を、俺の思いを、ここにいるって、気持ちを。」


なるほどなと思うと同時に、私は内心腹立たしくも感じた。

だって、そうじゃない。

これじゃあ、私は自慰の道具のようなものだ。

彼の諦めがつくまで付き合ってあげなければならない。

そんなの私に旨味がないじゃないか。

だから、意地悪な条件を私は出した。


「いいけど、聴く代わりにジュースおごってよ?一曲1本。」

「結構、高いな。」

「嫌なら私はやめても構わないけど?」

「いや、いい。そのくらいの方が、早く諦めがつくと思うしな――」


そういうと、彼はギターを取り出し、歌い始めた。

それは、屋上に響く孤独な男の心の調べ――

叶えたい夢と、叶わない現実、届かない誰かに向けた心の吐露――

だからこそ、私は最後まで聴いた。

その音色が、声音が、あまりに哀しかったから。

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