破滅

4

 焼肉屋での宴会から数日後。伊吹たちは奈良県南部の山奥に来ていた。

「ホントにここが有名心霊スポットなの?田舎によくある荒地にしか見えないけど……」

四駆のワゴンに寄りかかりながら、政子は細身のタバコに火をつける。

「ホコラ建てる時に軽く調べたけど、何とかっちゅうカルトの総本山やったんやって」

「その割には何もないわね……。奥の廃墟はいきょがちょっと寺っぽいけど」

「15……6年くらい前やったっけ?信者が放火して集団自殺したらしいわ」

滝が静かに放屁する。

「へえ、じゃあ結構話題性はありそうね」

「そうですね。実際に反応もたくさんきています」

伊吹がスマホでSNSを起動する。

「ただ、リプライ欄が異様で……」

麒麟堂きりんどう真宗には関わるな]

[俺地元だけど、ここはマジでヤバいからやめた方いいよ]

[すぐに消せすぐに消せすぐに消せ]

[😱]

どれだけスクロールしても、リプライ欄にはネガティブな感想とインプレゾンビしか見当たらない。

「ねえ、大丈夫なのコレ……」

「ま、ええんちゃう?話題にはなってるワケやし」

伊吹がワゴンに乗り込む。

「では、獲物を待つとしましょう」


 ワゴンを木陰に停めて、三人は設置した祠の様子をうかがう。といっても監視しているのはもっぱら運転席の伊吹だ。

「ったく、なんでオレがバイトのジジイの代わりを……」

「東京からここまでいくらかかってると思ってるの?バイト雇う余裕なんてないわよ」

後部座席に座る滝と政子は掴み合いのケンカに発展しつつある。

「あ、誰か来ました」

双眼鏡を構えた伊吹が声をあげる。

 祠の前に一人の少年がしゃがみ込んでいる。ストリート系のだぼっとしたファッションとキャップから一房はみ出したパープルの前髪が印象的だ。

「あれ、『ぽんど』じゃないですか?『ぽんちゃんねる』の」

「え⁉︎」

「ホンマに?」

伊吹の声に反応して、滝と政子が身を乗り出す。

「アレやろ、小学生動画配信者ミーチューバーの……」

「確か登録者数2000万人超えの超人気キッズミーチューバーよ!とんでもない鯛が釣れちゃったじゃない!」

 政子が高らかにあげた歓喜の雄叫びを遮るように、車内にノックの音が響く。

「ん?」

ドアを開けると、少年が神妙な表情で立っていた。

「…あのほこら建てたの、おじちゃんたち?」

「あ、ああ……」

「そっか」

少年は一瞬考え込む。

「じゃあ、死んじゃうね。かわいそ」

少年はあっけらかんとした顔で伊吹たちに言い放った。


 滝と政子が車を降りて少年に詰め寄る。

「ふふふ。ボク、大人をからかっちゃいけないわよ?」

「からかってなんかないよ。ほんとに死んじゃうから、早くにげたら?」

「なんでワシらが死ぬんや。言うてみいボウズ」

少年が滝と政子を見上げる。

「ほこらを建てたから」

少年が二人を指差す。

「見えるもん。おじさんたちにジョーブツできない人たちがいっぱいすがってるの」

二人は顔を見合わせて失笑する。

「あはは、お話が上手ねえ(バカバカしい。幽霊なんかいるわけないでしょ)」

「学校でそういうの流行っとるんか?(キチガイなんか、このガキ……。デタラメこきやがって)」

少年が二人に冷たい視線を向ける。

「救ってほしいんだよ、みんな。救われないまま死んじゃったから……」

「ああー!やかましいなぁ!」

 滝がズカズカと祠に歩み寄る。

「このホコラがアカンのやろ!」

 そのままハンマーを振り下ろす。

 祠はひび割れ、ただの石材に戻った。

「あっ」

少年が小さく悲鳴をあげる。

「な、なんで壊しちゃったの……?」

「なんでもあさってもあるかいな!オレが建てたんやから壊そうが何しようがオレの勝手やろがい!」

滝が怒鳴りつける。

 麓に続く坂道を大柄の男が歩いてくる。

「んー?どうしたどうした」

無造作に伸ばした髪をハーフアップにし、右耳にはピアスがはまっている。袈裟装束に身を包んでいる事でかろうじて仏門の徒であると認識できるが、そうでなければ田舎のヤンキーにしか見えない。

「パパうえー」

少年が僧侶に駆け寄る。

「あのおじちゃんが、ほこらこわしちゃった」

「えー?マジかぁ……」

僧侶が困った顔で頭を掻く。

「うーん、建てちゃったまでならなんとかできるけど、壊しちゃったか……。そっかあ……」

僧侶がポンと音を立てて合掌がっしょうする。左手の薬指と小指に金の指輪がはまっているのが見えた。

「悪い!ならもうダメだわ、救えねぇ」


 しびれを切らした滝が地面にハンマーを投げ捨てる。

「なんやねんさっきからゴチャゴチャ抜かしおって、この銭ゲバ坊主!」

滝がズカズカと僧侶に歩み寄っていく。

「アホ抜かすのも大概、に……?」

僧侶に殴りかかる直前で、滝の足がピタリと止まる。

「草でもひっかかったか……?」

滝が足元に視線を落とす。


 滝の足首を、白く光る手が掴んでいた。


 滝が尻餅をつく。地面についた両手に無数の手がしがみつく。

『助けて』『いたい』『あツイ』『ヲうちニ帰りたヰ』

「ヒィ!な、なんじゃこりゃ!」

耳を塞いでも声は消えない。

「何よコレ!ちょっと伊吹、ずらかるわ、よ……」

政子の視線の先には、すでにここまで乗ってきたワゴン車はなかった。

「アイツ、逃げやがった……!」

政子が振り返って僧侶に叫ぶ。

「ちょっとアンタ、なんとかしなさいよ!」

「無理だね」

僧侶が一蹴する。

「ここにいる残留思念は、15年近くここにいたんだ。いくべき場所に帰る道標も見つけられず、ずっと現世を彷徨い続けてる」

政子の首に後ろから手が伸びる。

「そこに、カタチだけとはいえアンタらが供養の標――祠を作っちまった」

背中に頭のつぶれた赤ん坊が縋り付いている。

「……救う気概も甲斐性もないんなら、祠なんか建てるんじゃねえよ」

『助けて』『たすけて』『タスけて』

皮膚の爛れた女が、臍の緒のついたままで血まみれの赤ん坊を抱く少女が、炎をあげる青年が、滝と政子に手を伸ばす。

「イヤ、イヤ!助けて、助けてよーっ!」

この世のものではない炎に焼かれ、生者たちの体はじわじわと灰になっていく。

「あいにく真宗なもんでね。現世利益げんせりやくは専門外なんだ」

僧侶は数珠を取り出して合掌する。

「祈ってやるよ。せめて、きっちり浄土には届けてやる」

 悲鳴と読経が混じり合う。

 それが止んだ時、荒地には僧侶と少年だけが残されていた。

「可哀想になぁ」

「かわいそうにね」

僧侶は手を合わせ、彷徨う魂と愚かな余所者に祈りと経文を捧げた。


 一方その頃。

 閑散とした高速道路を、一台のワゴンが猛スピードで走っていた。

「ハア、ハア……」

ハンドルを握るのは伊吹だ。

「なんで、なんでこんなことに」

伊吹は手から血の気が引くほど強くハンドルを握っている。そうしなければ、車はあさっての方向に突っ込んでいってしまう。

 カーナビから電話のコール音が響く。

[おつかれ様でした]

「ハドソンさん!」

伊吹が叫ぶ。耳元で絶え間なく話し声が聞こえるせいで、声を張り上げないと自分が何を言ったかさえわからない。

「わかってたんでしょう!こうなるって!」

[そうですよ]

ハドソンは即答した。

「どうして、こんな危険な仕事を⁉︎関わったらみんな死ぬって、アンタ知ってたんだよな⁉︎」

スマートフォンのスピーカーがハドソンのため息を拾う。

[……だって、鬱陶しいから]

「はあ⁉︎」

[最近うるさかったじゃん、アンタら。何かにつけて『報酬上げろ』ってギャーギャー喚きやがってさぁ……]

いつものハドソンとは別人のようだった。

[バカだよアンタら。自分のせいでドン底に転げ落ちたのに、誰かに引き上げてもらおうってナメた考えしやがって]

「そんな事……!」

[自業自得だよ。アンタら全員、死んだ方がマシな特級バカ集団だよ。……大体、『ハドソン火村』なんてバカみたいな偽名名乗ってるやつを信用しちゃう時点でバカ丸出しだよ]

「じゃあ何て言う名前なんだよ、言ってみろ‼︎」

一瞬の沈黙。

たける。俺の名前は火村ほむら尊だよ]

 尊がそう言った瞬間、ワゴンのハンドルが大きく左に揺れた。

 ワゴンは制御を失い、側壁を突き破って川に落ちた。


 電話の不通音。

「あ、死んだ」

尊は心底無関心そうな声色で呟き、電話を切った。

 尊の背後には、黒い影を引き連れた大柄な男が控えている。

「オレの出番はナシか?」

「そうみたいだね」

「チッ。つまんねえの」

 尊が椅子から立ち上がる。

「そこそこ稼いだし、この仕事もそろそろ潮時かな」

伸びをしながら、尊は大きなあくびを漏らした。

「次は何して稼ごっかなー、と」

細い目をキュッと細めて、尊は蛇のような笑みを浮かべた。

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祠壊師たち【祠壊し文学】 鴻 黑挐(おおとり くろな) @O-torikurona

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