5. Et Nos Cedamus Amori
夜になると、ウァレリアはいつもと同じように寝室へ入り、束ねたままにしていた髪をおろす。頭が少し軽くなった感覚と共にベッドへと倒れこむとふう、と息を吐きだす。
一年前、ウァレリウスと口論の末に殺してしまった時にはどうしようかと思ったが、ルキウスは未だにウァレリアとの協力関係を維持しているし、予想以上に商売の才能を持っているらしい。
いつか、夫婦という偽装が効かないほどにルキウスが大人になってしまったら、彼を置いて再び旅へ出よう。そうしたところで彼は商人ウァレリウスの後継ぎとしてやっていけるはずだ。
最初は恩恵と思った不老不死も、時間が経てば経つほど楽ではなくなってくる。憂鬱だ。思考の海へと沈んでしまいそう、とメランコリックな自身に浸っていると、部屋に誰かが入ってきた。
入口の方へ目を向けると、そこに立っていたのは一年前と比べると少し背が伸びたようにも見えるルキウスだった。
「どうしたの? 眠れないなら眠りたくなる話でもしてあげるわ」
ルキウスは何も言わずに入口に立ち尽くすだけだった。
「どうしたの? 可愛いルキウス。あなたが眠れなくて私の元に来るなんて初めてね。もしかして夜の相手が欲しい年ごろになったのかしら。生憎、私の体は死体も同じ。楽しめる代物じゃないのよ」
ウァレリアは体を起こし、ルキウスの方へと歩を進める。いつの間にか背が同じくらいになっている。顔も少し凛々しくなっただろうか。
ウァレリアが本当に純粋な少女だったころに嫁がされた、あどけなさを残した顔で一丁前なことしか言わないあの少年よりもずっと美しい。
ウァレリアの名を呼ぶが、その後の言葉を紡げないようだ。ウァレリアは不安定な心を持ったルキウスを受け入れるかのように彼をそっと抱きしめる。
「怖かったのね、もう大丈夫よ。私が一緒にいてあげるから。あなたが土の中で腐るまで」
ルキウスもウァレリアの体へと手を回し、身をゆだねた。不意に彼女を襲った人の重みでバランスを崩しそうになったウァレリアは片足を後ろへ下げることでバランスを保つ。
「ルキウス、一緒に眠りましょう。怖くならないように、素敵な楽園のお話をしてあげるわ」
ウァレリアはルキウスの手を引きベッドの方へと戻る。誰かと一緒に夢を見るのは久しぶりだ。暖かい、不思議なことに。
ソファーベッドに押し倒されたウァレリアは初めて自身が本当に愛されているという事実と対面した。利害の一致以上の感情を抱かれていることは明白ではあったものの、いざここまで行動に移されると、言葉を失ってしまうようだ。
「本気なの? ルキウス。今のあなたから見たら私なんてただの子供でしょう」
辛うじて絞り出されたウァレリアの言葉を、ルキウスは黙って首を横に振り、否定して見せる。
「馬鹿言わないでくださいよ。私から見ればあなたはずっと大人でした。その姿は少女であろうと、その魂は私よりも、あのアシア総督だった男よりも、ずっと遠い昔からこの世界を見ている」
予想はついていたが、やはりウァレリアの正体は知られていたらしい。
「そうよ。不思議なものでしょう。伝承に残ることもなかった国に生まれて、美しいうちに歴史の中へ埋もれた国に嫁ぐことになったの。永遠を手に入れたのはそこで起こったほんの偶然の出来事からだった。でもあなたに会えたことは嬉しく思うわ。ルキウス」
でもごめんなさい、あなたも私の記憶からいつか消えてしまう日が来るの。どうしてかウァレリアはそう続けることが出来なかった。
「私を愛してくれているのは嬉しいわ。でも、私の体は新しい命を創ることは出来ないのよ」
「それは子供の頃に聞きました。ただ……あなたの側にいたいんです。ウァレリア、あなたを愛してる。心の底から」
ウァレリアは上体を起こすと、ルキウスの唇に彼女の唇を重ねる。だがその先には行かせない。人と人ならざるものとの関係性は、このくらいが丁度いい。深くかかわりすぎて、一生埋まることのない溝を作ることになるよりは。
「そう。その言葉は飽きるほど聞いてきたわ。でも不思議。あなたに言われると、何故だか新鮮に思えるの。ルキウス」
唇を離すと、ウァレリアはルキウスの愛にそう答える。会えてよかった、そう思える相手は久しぶりだ。
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