第5話 これからよろしくというわけだな
「……勉強を教えるって話、お受けします。でも、見返りにその……む、胸をってのは、いらないです」
俺は、悩んだ。そりゃあ悩んださ。
会長のあの胸を、触ることが出来る。これまで交際経験がないと言っていたから、男に触られた経験もない。
ついでに交際経験は俺もない。
さっき友人に触られたとは言っていたが、いくらなんでも男の友人に胸を触らせているとは思えない……多分。こんなことがあった後で説得力ないけど、女の友人だと信じよう。
だから、俺が会長の胸を触ることのできる最初の男……その権利を、俺は自ら捨てた。
「! そ、れは……ありがとう。だが、いいのか?」
俺の答えを受けた会長は、きょとんとした表情を浮かべている。
勉強を教えてくれることは嬉しい。だけど、自ら提示した見返りを断られたことへの驚き。
その二つの感情が、複雑に絡み合った結果だろう。
「クラスの男子は、私の胸をよく見てくる。男ならば触りたいものじゃないのか?」
「っ……そういう、決心が鈍りそうなこと言わないでもらえませんかね」
「す、すまない?」
この人は、やはり天然だ。俺を篭絡してやろうとか、そんな意図は感じられない。
その上で、こんなことを平気で言うのだ。
せっかく決めた気持ちが、揺らいでしまいそうだ。
「そもそも見返りなんて、会長に勉強を教えられるってことで充分です」
「? 勉強を教えてもらうのは私なのに、それがキミの見返りになるのか?」
……会長は、自分の価値を正しくわかっていないのかもしれない。胸のこともそうだが……
会長のような人物に勉強を教えられる。つまり会長と一緒に居られる時間ができるということなのだ。これは大きい。
同じ学年、クラスならともかく。学年が違えば、いくら生徒会長といっても関わる機会は少ない。
新入生の俺にとって、学校中の憧れ
「ま、なにがメリットかそうじゃないかって感じるのは俺の方なんで、会長は知らなくていいですよ」
「むっ。今馬鹿にされたような気がしたぞ」
そして……俺が胸を触ることのできる権利を放棄したもう一つの理由は。
もしも勉強の見返りに会長の身体に触れてしまえば、もう取り返しがつかなくなるからだ。
俺は頼まれごとを途中放棄はしたくはない。だが、たとえばなんらかの理由で俺が、会長に勉強を教えるのをやめたくなった場合。
身体に触れたという事実があれば、『会長の身体に触れておいて途中で投げ出されるなんて許されない』という概念に苛まれることになる。
俺の意思でやめたいと思いたくなっても、俺の意思でやめることはできないという矛盾が発生する。
まあ、どうせやめるつもりがないなら触っとけよ、と思わなくもないが……
「……?」
……考えたくはないが、この人が俺をハメようとしている場合。
胸を触るその瞬間を、隠しカメラで撮られていたりなんかしたら。
今のご時世、スマホでいくらでも編集できるし、ネットにばらまくこともできる。
会長がそんなことをするとは思わないが……勉強教えてくれる代わりに胸を触ってもいい、なんて言う人だ。
警戒するに越しておくことはない。
というか、一度触ってしまったら……それはダメな気がする。
殺人は癖になる、という言葉があるし。なんかそれと似た感じになりそうな気がする。
それよりも俺が、気になっているのは……
「会長、もしかして誰彼頼みごとをする代わりに胸を触らせてるんじゃないでしょうね」
「なっ、し、失礼な! 私はそんな安い女ではない!」
どの口が言うんだどの口が。
とはいえ、俺が恐れていた事態にはなっていないようでよかった。
会長がそんな、ハレンチ行為に走っているとか嫌だからな。
「じゃあこれからは、今みたいなことは言い出さないでくださいね。誰にもですよ」
「……わかった」
なんとか、わかってくれたみたいだ。
勉強を教える前に、一般常識を教えた方がいいんじゃないだろうか。
「覚悟は、していたんだ。男はけだものだと聞いたことがあるし、以前読んだえっちな本には見返りにイロイロされる……なんてことも描いてあったから」
「覚悟するようなことじゃないですよ。
……というか、会長そういう本、読んでるんですか」
「あっ」
俺の指摘に、会長はぼっ、と顔を赤くした。
さっきもそうだが、会長の口からまさかえっちなんて単語が出てくるなんて思わなかったぞ。
しかも、この様子は……ちゃんと読みやがったな。
「ち、違うんだ! これはその、友人がだな……! 以前家に忘れていった本を、どんなものか知らずに開いてしまって……」
「じゃあ、そういうことにしておきますよ」
「むー!」
……初めて見かけた時は、近寄ることもためらわれるような……高嶺の花って言葉が似合う人だった。今でも、その印象は変わらないんだが。
あの時感じたのは、一種の恐怖だ。表情一つ変えないだろう凛とした態度に、若干気圧されていた。
でも今は、表情がころころ変わる。見ていて、年下の俺がからかいたくなってしまうほどに……
なんか、会長がかわいいな。
「ていうか、そういうのはおおかたフィクションですから。見返りとか弱みとか、現実で実行する人はそうはいませんって」
「そういうものなのか。詳しいな?」
「……ただの予想です」
俺は顔をそらした。
ともあれ、これで俺が会長に勉強を教えるなんて大役を担ってしまったわけだ。
それでも、後悔はない。
「ふふ、ともかく私の申し出を受け入れてくれて、ありがとう。改めてお礼を言おう。
これからよろしくというわけだな、
そんな俺の気持ちも知らず……会長は、今までに見せたことのない、花が咲いたような笑顔を浮かべて。
俺の名前を呼び、手を差し出した。
その意味がわからないわけもない。
若干躊躇しながらも……俺も手を差し出して、会長と握手を交わした。
「はい、よろしくお願いしますね、会長」
――――――
第一章はここまでです。完璧生徒会長と思われた美陽の、思わぬ一面。そしてとんでも発言に大智は翻弄されながらも、二人は勉強を教え教わる仲になりました。
次回から、第二章 生徒会長との家庭教師生活が始まります。
次の更新予定
土下座から始まるカテキョ生活! 〜俺が完璧生徒会長の家庭教師にって本気ですか!?〜 白い彗星 @siro56
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。土下座から始まるカテキョ生活! 〜俺が完璧生徒会長の家庭教師にって本気ですか!?〜の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます