第3話 む、胸、くらいなら触っても、いい
勉強を教えてもらうのに、なぜ俺が選ばれたのか。
理由を語った会長の言葉に、俺ははっとした。
俺には、取り柄というものがない。だから、せめてなにか一つでも自慢できることがないかと考えて……結果、行き着いたのが勉強だった。
毎日必死に勉強して、中学ではみるみるテストの点数を上げていった。
そして今では、高校の新入生代表に選ばれる成績を収めた。
なので、自慢じゃないが俺は頭が良いと自負している。
「けど、俺も会長と同じように、誰かに教えてもらってあの成績を取ったのかもしれませんよ」
「……キミのことは調べさせてもらった。
努力家で、中学でも勉強に明け暮れているという情報も得ている」
「どこから!?」
「生徒会長だからな!」
俺の個人情報……いやまあ、中学の成績くらい調べりゃわかるんだろうけどさ。
にしても、中学の日常の情報も得てそうで怖いよ。入学からまだ数日だよ? 生徒会長だからなで済ませる胆力も怖いよ。
……だけどまあ、俺のことを買ってくれてる、ということなのかな。
「……俺を選んでくれた理由はわかりました。でも、別に新入生じゃなくていいじゃないですか。三年生の先輩に勉強を教えるなんて……
それこそ、同じ三年生の人に頼んだほうが、お互いにいいんじゃないですか?」
新入生の中で俺を選んだ理由は、わかった。
だけどもだ。
なぜ、わざわざ新入生の中から選ぶのか。
同級生の方が、教える立場としても教わる立場としても遠慮がなくていいはずだ。
「……同級生は、学校生活を共に過ごしてきた。私のことを、完璧生徒会長であるともはや疑ってもいない。それは二年生も同じ……彼らが一年生だった頃から私は生徒会長だったのだ。
そんな彼らに勉強教えて、なんて言ってみろ。……これまでに積み上げてきた完璧生徒会長のイメージ崩れちゃうだろ」
完璧とか自分で言ったよこの人。深刻な声のトーンでなに言っちゃってんの。
要は……今まで一緒だったからこそ作られてきた自分のイメージが、崩れるのが怖い……と。
その点新入生なら、二年生三年生よりはバレた時のダメージが少ない、と。
「そんなにイメージ大事ですか」
「大事だとも! いいかね、この進学校で生徒会長を務めたなど、内申に大きく影響するんだぞ! それも二年連続だぞ!」
内申とか言い始めたよこの人! 現金だな!
おかげで、いろんな意味で必死なのは、とりあえず伝わったけど。
こんな俺なんかに、自分が頭が良くないということを暴露までしてくれたんだ。俺も真剣に考えてみるか。
……いや、これって会長にとって危ない橋だよな。
「もし俺が断ったりとか、このことを言いふらしたら……とか考えなかったんですか。そんなことされたらまずいでしょう」
そう、会長は俺に自分のことを打ち明けてくれたが……俺がこの話を、誰かに言いふらさない確証なんてない。
会長は俺に、弱みを見せたのだ。
しかし、この人がそこまで思い至ってないとは思えない。いくら頭が良くなくても。
「考えたさ。断られたらその時は……ここで起こったことの記憶がなくなるまで殴り続けるだけだ。記憶がなくなれば、言いふらすこともできまい?」
「……な、殴り続けるって。はは、そんなマンガじゃあるまいし、殴って記憶がなくなるなんてできるはず……」
「できるが?」
……すげえ、この人目がマジだ。
それじゃあ、あの姿を見てしまった以上もう逃げ場なんてないじゃないか!
なんか、うまいように乗せられているような。
……俺に白羽の矢を立ててくれたのは嬉しいけど。なんか、このまますんなりとうなずくのは癪だなぁ。
「……会長が俺を買ってくれてるのは、嬉しいです。約束しますよ、このことを誰かに言いふらしたりしません。というか、俺がこれを言いふらしたところで誰も信じませんよ」
いくら俺が新入生代表を任されるくらいに優秀とは言っても……所詮は新入生。
同じ新入生ならばともかく、二年生三年生は俺がいくら訴えたところで、会長の弱みを信じることはないだろう。
それくらいに、生徒会長のイメージは完璧だ。
「引き受けても、いいとは思ってます。ただ……俺に、なにかメリットはあるのかなって」
「メリット?」
「そうです。俺が勉強を教えるにしても、それで俺になんのメリットがあるんですか」
……正直に言えば、これは意味のない問いかけだ。
メリットというなら、勉強を教えることで会長と二人きりになれるというメリットがある。会長と二人きりなんて、願っても叶うものではない。
こんな美人と勉強会ができるのだ。それも勉強を教えるということは、一度や二度で終わりではないはずだ。
それに、勉強というのは教える側にとっても、復習にもなる。三年生に教えるとなれば、予習にもなるだろう。
だから、メリットはすでにある。それがわかった上で、聞く。
「ふむ、メリット……か。つまり見返りを寄こせ、と」
「……っ」
会長は、俺の言葉を真剣に考えてくれている。が、その目で睨まれると……怖い。
会長の本性を知っていても、だ。もしかしたら睨んでいるように見えるだけで、会長は普通にしているのかもしれない。
……ぶっちゃけると、あの凛とした会長が少しポンコツっぽいのを見て、俺のいたずら心がうずいた。この投げかけに果たして、どんな回答をしてくるのか……気になったのだ。
自分で言うのもなんだが、いい性格してるよな俺。
しばらく考えていた会長だが……その顔は徐々に、赤く染まっていく。いったいなにを考えているんだ?
そしてその視線は、俺を見た。
「…………む、胸、くらいなら触っても、いい」
「…………はい?」
先ほどまで、どんな醜態をさらしても凛とした表情だった会長が。今、俺の前で顔を赤くしている。
俺を見つめる目は、少し潤んでいて……本人も、恥ずかしいことを言っているとわかっているのだ。
わかっているならいるで、俺の中では大きな困惑が生まれていた。そして、思うのだ。ただ純粋な疑問を。
……どうしてそうなる? と。
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