第28話 最後の夜
「入るぞ」
突然がちゃりと扉の開く音がして、私はそちらにぱっと顔を向けた。
部屋の入り口に尊大な態度で立つオスカー様をみつけてぴたりと表情を固める。
いや、目があったタイミングで入るぞって言われても……。
「入るぞって、もう入ってるじゃないですか」
「俺の城だ。俺がどこにいようが自由だろ?」
「さすがオスカー様」
オスカー様はずかずかと部屋に入ってきてソファに座ると、お前もここに座れと顎で自分の前の椅子を指した。
「よく聞け。知っているとは思うが、ルイスは立派な人間だ。正義感も強いし、頭もいい。同じ立場として俺も誇らしく思っている」
「??? はあ……そうなんですね?」
「あいつはこないだ聞いた歴史の件で罪悪感に苦しんでるんだ。ラートッハの王族であるってだけのことで……」
「え、なんですか? もう一度お願いします」
「だから、ルイスがラートッハの王子だからというだけで、あいつは悪くないのに罪悪感を持ってるからケアしてやってくれって……おい、俺の話を白目剥いて聞くんじゃねえ」
「あの、ちょっと待ってください。…………ルイスって王子様だったんですか???」
「はあ? いや、ええ……知らなかったのか? おい、その……俺が言ったと知られるなよ、わかったな?」
────ああ、なるほど合点がいった。
これまでどうにもおかしいと思っていた言動や周りの人の反応、オスカー様とお友達なんていう事実、そのすべてはルイスも王子様だったからといわれれば、スッキリする。
「ずっと何者かと思っていたんですが……そういうことでしたか。でしたらおっしゃる通り、先般の話で責任を感じているかもしれませんね」
「ああ……そうだ。落ち込むようなタマじゃないが、正義感に燃えすぎていたら……疲れているだろうと思ってな。俺はいつもあいつの近くにいるわけじゃないから、頼んだぞ」
「ええ。まあ、ラッセンさんの方がそういうケアは得意そうですけれど」
「お前からしか得られない栄養もあるんだ。多分」
へえ、とよくわからないながら頷くと、オスカー様は満足そうに笑った。
「オスカー様は友達思いですね」
「まあ、そういうことだ。ところでお前、明日が誕生日だと聞いたが本当か?」
突然ふられた話に私は目をぱちくりとさせた。誕生日……そういえばそうだっけ。
ルイスが言ったのかしら?
「はい、たしかにそうですね」
「俺の国で誕生日を迎えると言うのに、盛大にやらなくてどうする? 明日パーティーを開くからまともな格好でこい」
「パーティー?!」
「あのな、仮にも公爵家令嬢だろう。それくらいで怖気付くな」
オスカー様の言葉にしばらくぽかんとした後、私はなぜだか面白くなって、ついに吹き出した。
◇◇◇
王城の一角、赤と金色で揃えられた豪華絢爛な大広間で、誕生パーティーは開催された。
扉をあけた途端広間のあちこちから花火が上がり、びっくりしていると金ピカのお御輿みたいなのに乗せられて謎に広間を一周。
御輿を担いでくれている衛兵さんたちに申し訳ないやら恥ずかしいやらで開始早々顔を真っ赤にしている私をみて、オスカー様はニヤニヤと、ラッセンさんは腹を抱えて笑っていた。
その横でにこにこしているテトラとルイス、オスカー様に抗議しながらも笑いを隠し切れていないユリア様。
オスカー様がプロデュースしたというだけあって料理も演出も何もかもが派手で、私は久しぶりの華々しい空間に、錆びついた乙女心が飛び跳ねるのを感じていた。
「飲んでるか? シャーリーン」
「ええ」
ブドウジュースの入ったグラスを傾けると、ラッセンさんはワインを飲みながら「グアラは酒もうまいのに」と言った。
この世界にはろくな法律みたいなものがないので、お酒は何歳だろうが飲んでも構わない。
とはいえ前世で散々、お酒はハタチになってから、とか刷り込まれてるせいで個人的になんとなく飲むのを控えているだけなんだけど。
「シャーリーンの誕生日を祝して」
「ありがとうございます」
目を合わせてグラスを重ねると、ラッセンさんはにやりと笑った。
「それにしてもお前たちと旅を始めてからどうにも女っ気が足りないな。この会場もむさ苦しいったらないぜ。なんでドレスを着なかったんだ?」
「いやあ、ユリア様が全部用意しているから任せておけと言って下さったもので……」
「ああ、ユリアちゃんの好みだからこんな男前なんだな」
ユリア様に全身コーディネートされたハンサムファッションに身を包んだ私を見て、ラッセンさんはがっかりしたように眉を下げた。
「けっこう似合ってると自分では思っていたんですけど」
「似合ってるよ。けど最近は色気がなさすぎてシャーリーンくらいは華やかなドレスを……」
「色気がなくてって……メイドの子達や侍女長のお婆様ともラブハプニングがあったと聞きましたけど?」
「おーっとテトラが近くにいるときにそういう話は禁止だ。……どこで知った?」
城で働いていようが、女の子は女の子。
噂好きでおしゃべり好きな侍女たちはいろんな情報を持っていて、そういうのを聞き出すのは同じ女の私にとってそう難しいことではなかった。
特に彼女たちは色恋の話が大好きで、ラッセンさんがいかに素敵かとかどんなふうに口説いてくれるかとかは、一通り聞いているのだ。
ユアンお兄様に、恋愛の師匠にするならラッセンさんだといつか教えてあげたいわ……。
「兄さま、僕が何?」
自分の名前が聞こえたのかこちらにやってきたテトラを見て、いーやなんでもない、と頼れる兄の顔でテトラの頭を撫でてから、ラッセンさんはひらひらと手を振ってオスカー様たちが談笑しているところへ向かった。
「シャーリーンちゃん、お誕生日おめでとう」
「ありがとうテトラ」
私が満面の笑みで言うと、テトラは笑ってからふと真剣な表情に戻って言った。
「シャーリーンちゃんは、大丈夫? 胸が苦しくなる話を聞いたあとだから、しんどかったりしないかなって」
「……ありがとう、気遣ってくれて」
テトラの能力は読心術だ。
彼の前でわざわざ嘘をつく必要はないと思い、私は素直に言った。
「衝撃は大きいけれど、レヴィン様やテトラたち、みんな一緒だからかな。意外と大丈夫よ」
「なら、よかった……。シャーリーンちゃんはいつも強くて元気に見えるけど、実は負担に思ってたりしたら……と思ったから」
「そうね、確かにいつも以上に考えることが多かったかもしれないわ。……テトラは人の感情の機微に敏感ね」
「…………ごめん」
「謝る必要なんてないわ。テトラの能力は、あなたが優しい人間だって証拠だもの」
「の、能力って」
「私が何も言わなくてもそうやって、私のことを心配して寄り添ってくれる。とっても優しくて、素敵な能力をあなたは持ってるし、そんなテトラが私は大好きよ」
私が微笑むと、テトラは長い睫毛をパチパチさせてぽぽっと顔を赤くした。
「ふーん、なんだか甘い空気が流れているな。さて、換気でもしようか?」
「え、あ。ユリア様……」
「ごきげんようテトラ様。シャーリーンは私のお気に入りだから、見つめ合うのはやめてくれよ」
「へ!? み、見つめ合うだなんて……!」
横から突然現れたユリア様がテトラの目元を手で遮ると、テトラはアワアワした後でそそくさと逃げて行った。
テトラってなんか、小動物っぽいわよねえ。
私が向き直ってユリア様に微笑むと、ユリア様は満足げに鼻を鳴らして言った。
「かわいい。私の用意したものを着てくれてありがとう」
「ええ、結構気に入っていますわ」
「うん、好きな子が自分の選んだもので全身包まれていると思うと気分がいいな」
「好きな?」
ユリア様にすっと差し出された手を無意識で握り返した後、わたしははっとしてその手を離した。
「あ。無礼でしたか?」
「まさか。私たちはもう友達だろう? 別の国にいるが、私たちの道が近い将来にまた……必ずどこかで交わることを望んでいるよ」
ユリア様は相変わらずの男前な笑みを浮かべると、私の右頬にキスをした。
「おいユリア…………」
「はあ、麗しのお兄様。好きな人にアピールするのになぜ遠慮が必要なの?」
オスカー様がこちらに向かって来るのを見て、ユリア様は眉をひそめた。
「シャーリーン、俺の企画したパーティーはどうだ」
「さすが、豪華で素敵です。とても気に入りました。ありがとうございます」
「そうだろう。そうだろう」
ふふんと鼻を鳴らして笑うオスカー様を見てユリア様が冷めた目をした。
この二人仲がいいんだか悪いんだか……なんにせよすさまじい美形が目の前に並んで私は眼福でいいんだけど。
「ユリア、お前は城をこっそり抜け出して以来体調不良といってしばらく公務を休んだ上、まったく部屋から出てきもせず。どれだけ母上が心配していたと?」
「体調が悪かったんだから仕方ないだろう。どうも最近魔法石に拒否反応が出るからね。使えばはやく病も治ったのだろうけど……」
「拒否反応? なんだそれは、聞いたことがないぞ。屁理屈ばかり言って、どうせ騎士任命式をサボりたかっただけじゃないのか?」
「ハハッ、お兄様じゃあるまいし、失礼な。公式のイベントだからなんなんだ。なんで他人のためにドレスを着ることを強制されないといけないんだ? 馬鹿馬鹿しい」
目の前で謎の喧嘩を始めた兄妹を笑いながらなだめつつ、私は尋ねた。
「グアラでも病気は魔法石で治すのですか?」
「当たり前だろう? ほかになにがある」
お金がないと大病が治りにくいのは前世の時も同じだったけど、例えば風邪とかなら薬や食事で治ることもあるのに、この世界の人たちはそういうのにも高価な魔法石をつかっている。
症状の根本にどんな原因があるかを誰も知らないから、この世界の人にとっては風邪も難病も変わりはない。
医薬学が発展すれば、助かる命も増えるはずなのに……。
私が考え込んでいると、いつのまにか会場は飲めや歌えやの大騒ぎになっていて、すっかり熱気に包まれていた。
夜風に当たろうとふらりとテラスに行く。
ベランダの柵にもたれかかってぼーっとしていると、後ろからルイスの声がした。
「素敵なパーティーだね。全部シャーリーンのためにみんなが企画したんだよ」
「ありがとう、ルイスが言ってくれたんでしょう」
「僕は誕生日を教えただけ。シャーリーンを祝いたいって言ったのはみんなだよ」
ここでなにしてたの、つかれた? と聞いて横に立ったルイスに、私は答えた。
「ううん。今日は綺麗な星空だなと思って見ていたの」
「シャーリーンの機嫌がいい時は、よく晴れてる気がするよね」
「そうだったかしら?」
ルイスと星を見ると不思議な気持ちになる。
ルイスが私をさらってくれた日も星が綺麗な夜だったからだろうか。
頭がごちゃごちゃして、辛いような、逃げたいような、苦しいような、そんな時にいつも、ルイスはそばにいてくれているような気がした。
「そういえば、治癒用魔法石について提案があります。石に込める魔法を最適化して用途別にしたり、石を使わない方法を取り入れていくべきだと思っていて。……一緒にやっていただけますか?」
「君のしたいことならなんだって、僕は全力で手伝うよ。これからもずっと」
「ありがとうございます。……身分なんて関係ないと思いつつ、やっぱりルイスが王子様だとわかったら、緊張しますね」
「隠してるつもりじゃなかった。せっかくシャーリーンが王子としてじゃない僕を見てくれているのに、わざわざ言いたくないと思ったのは事実だけど……。こんな形で知られたくなかったのに」
「いいんです。色眼鏡なしにルイスのことを知れたのは、私にとっても嬉しいことだったと思いますから」
私が微笑むと、ルイスが安心したように笑った。
そしてしばらくした後、ルイスは言った。
「僕とラッセンは来年になれば、中等科に行かないといけないんだ」
「あ。学校ですか……」
すっかり、この先もずっとルイスと旅しながら生きていくような錯覚をしていた自分自身に驚きながら、私は頷いた。
「それまでに全部の国を見てまわりたい。ついてきてくれる?」
ルイスが放った言葉に胸がずきりと痛むのを感じながら、私はまた頷いた。
そのとき十二時の鐘が王城に響き渡り、履きもしていないガラスの靴から魔法が解け始める音が聞こえた気がした。
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