第27話 ラッセン・キャリックの観察


「困ったな。シャーリーンが近くにいないと心配だ」


 美しい横顔に憂いの色を帯びせながら、深刻そうな表情でいう親友に、俺はため息をついた。


「あのな、同じ城の中にいるんだから大丈夫だろ。セキュリティは万全だし、ここにいて危ないことに巻き込まれるなんてことは……」


 ない、と言いかけてふと口をつぐむ。


 ……確かにシャーリーンに限っては、城の中にいようが全く安心ではないな。


 つい最近も、あいつはユリア様とこっそり夜中に城を抜け出して湖に落っこちたりしたし、豪奢な城の中にいるってのにお茶を楽しむ間もなくウロチョロしては、やれ調べ物だやれ体力づくりだなどと言いながら、契約者のレヴィン様と連れ立ってコソコソやっている。


「もしここに千里眼鏡があったら、様子を見たい衝動に駆られたかもしれない」

「はあ。お前、あそこに入ったこと、陛下には絶対バレるなよ」

「もちろんそんなヘマはしないさ」


 千里眼鏡とは、望んだものの様子をいつでも、どこからでも見ることができる「千里眼」という魔法を、誰もが使えるように加工された魔道具だ。


 あの高位魔道具を初めて見た時は興奮したっけな……。

 それらは基本的に王城の宝物庫に眠っていて、その存在について知っている者は極めて少なく、陛下と一握りの腹心のみといったところだ。


 そんな秘密の場所に、まだ幼い頃ルイスに連れられてこっそり忍び込んだ時に受けた衝撃はいうまでもないだろう。


 あれは文字通り宝物庫だった。

 けれどその時に何より一番不思議に思えたのは、こんな代物をということだった。



 ラートッハで最も魔力が強い国王陛下やルイスたちでさえ、あんな魔道具の作り方はわからない。


 そもそもあれが千里眼という魔法が関係しているということは、たまたまその道具には取扱説明の小さなメモ書きが挟まっていたからわかったことであって、宝物庫にあるほとんどの魔道具たちは、使途不明のまま眠っているようだとルイスは言った。


 それなら一体誰がこんなものをつくったんだ?

 この世界には人智を超えたなんらかの存在がいるとでもいうのか?


 その疑問を投げかけた時、ルイスは微笑んで言ったのだ。


 ────それを僕と解き明かそうじゃないか、ねえラッセン?



「って、問題はそこじゃない。女性のプライバシーってものを考えろ。もしここに千里眼鏡があったとしても、使うのはなしだ。着替え中だったりシャワーを浴びてたりしたら……」

「そういう時は強制的に阻まれるだろうから、心配ないと思うけど」

「阻まれる、って誰に?」

「レヴィン様にだよ」


 レヴィン様というドラゴン────そして魔物の王────に出会ったのは数日前のことだ。


 湖に落ちたらそこには封印されたはずの魔物が穏やかに暮らしていた……なんて、全てが夢の中の出来事のような不思議な体験だったし、そこで見聞きしたものには自分達のこれまでの考えや常識をひっくり返すほどのインパクトがあった。


 魔物は恐ろしく、もしも会ったらすぐに全力で殲滅せねばならない邪悪な生き物だ。

 そう教わり、信じて生きてきたのに、実際に目の前にするとあっけないものだった。


 ────恐ろしいだって? 彼らが? どんなふうに?


 俺を含めその場にいた誰もが同じだった。

 レヴィン様や他の魔物たちはもちろん、その新たに見聞きする全ての事象を俺たちは嫌悪するどころか、ずっと昔から探していたものをやっと見つけられたような、胸からスッと棘が抜けていくような、そんな気持ちに包まれたのだ。


「ところで本当に、シャーリーンに首輪をあげるつもりか?」

「ネックレスだろ」

「輪っかの類を贈るのはまだ早いだろ」

「去年はブレスレットをあげたけど?」

「ああ〜、そう」


 ネックレスやブレスレットのようなものを人に贈るのは強い束縛の証だと言われているのを、こいつは知っているんだろうか。


 …………いや、知らないままでやってるから余計タチが悪いのかもしれない。



 俺の知る限り、ルイスは小さい頃からなににも執着しない人間だった。


 金や権力や身分、容姿、能力、誰もが羨むものを全て持っているくせその全てに関心が薄かったし、所有物や人に対してもそれは同じだった。


 だからたとえ少し気に入ったものができても、いつもの笑顔で突然さっと手放すなんてことがよくあったし、そもそもなにものとも一定以上の距離を置き、自身の懐にいれることなど滅多となかった……はずなんだが。


 ルイスはどうも、ずいぶんシャーリーンを気に入っている。

 自分の目の届く範囲におきたがり、シャーリーンに近づこうとする周りの人間には容赦なく笑顔で威嚇する。


 さっさと自分が王子だとみんなに明かしてしまえば誰にもちょっかいかけられなくなるだろうに、それをするのはズルいことだと思っているらしい。


 見ている俺からすると面白いからいいんだが。


「ラッセン。僕が目の前にいるときに、僕の話以外のことを考えちゃだめだろ」


 そう言いながらりんごをかじるルイスを改めて見やる。


 こいつの恐ろしいところは、このセリフを横暴だと思わせないどころか、確かにその通りだなと思わせるところだ。

 優秀な王太子がいてラートッハは安泰だね。


「そういやシャーリーンは、魔物たちと魔法の訓練してるらしいぜ。俺も一緒にやらせてくれって頼んだら喜んでた」

「へえ……面白そうだね?」

「あ、いや、もちろんお前も一緒に、って頼んでおいたからな!」

「そう。ラッセンにしては気が利くね」

「はあ……まあ、褒め言葉はありがたく受け取っておくか……」

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