第25話 出会った意味①


「……朝だ」


 明るい光に目をこすり、腕を伸ばす。


 ここのところ眠りが浅かったりまともに寝られない日もあったというのに、昨晩はいつのまにかぐっすり眠っていたらしかった。



 薄く目を開くと、視界に入ってきたのは昨日の夜に見た高い天井。

 そして左には私の体をがっしり抱きしめて眠っているユリア様と、右側には人型のまますやすや寝息をたてているレヴィン様や、魔物たちのお腹の上で重なり合って寝ているルイスたちの寝顔が見えた。


 


 昨晩はお祭り騒ぎだった。というか、言葉通りお祭りだったのかもしれない。


 気づけば私たちは宴会の中に放り込まれ、ドラゴンや魔物たちと食事を囲むことになった。


 美しく盛り合わされたフルーツや新鮮な肉と魚、山菜、木の実、それに甘いビールみたいな飲み物なんかもあって、私たちはどれも一通り食べておおいに満喫していた。


 音楽や楽しげな笑い声があちこちから聞こえ、みんなで焚き火を囲む様子を見ていると、小学校の頃にやったキャンプファイアーを思い出した。

 つい調子に乗った私はヘロヘロの下手くそなダンスを披露した結果、大笑いされた後にずいぶん真剣に指導されたのは情けなかった……けど、場は盛り上がったから良しとしよう。


 比べてオスカー様とユリア様のダンスは好評だった。

 グアラの伝統音楽をなぜか魔物たちも知っていて、それに合わせて踊る兄妹に誰もが無言でしばらく魅入るほどだった。


 ラッセンさんとテトラとルイスも、ラートッハの伝統音楽を披露したり、話をして謎にファンを増やしたりして楽しんでいたようだ。


 彼らが魔物という今まで歴史書や絵本でしか見たことのなかったもの────それも悪いイメージがつきまとう────の存在を受け入れたうえ、みんなで一緒に楽しく過ごしている様は、私にとっても驚きと同時に感極まるものだった。



 そういえば、昨晩わかった衝撃の事実は、レヴィン様が魔物の王だったということだ。

 驚いていると、魔物たちには呆れた顔で見られた。


 そして大騒ぎで楽しく過ごした後、夜もだいぶ深まってから私たちはこの建物に戻ってきたのだった。



 ……なんてね。


 変なの。私、また夢見てるんだ。


 不思議な音楽、踊るドラゴン、たくさんの魔物たち。こんな現実味のない世界、あるわけないもの。


 だから全部私の妄想……ドラゴンとか、海賊とか、グアラとか、ラートッハとか……そんなの全部ほんとうの話じゃないんだわ。

 悲しいことも残酷なことも理不尽も不条理も、そんなにそこらじゅうにある筈、ないものね────。


「ん、おはよシャーリーン」


 レヴィン様が片目だけ細く開いて呟く。

 そして何も言わずに私の目の下を指で拭った。


「……私、泣いてませんわよ」

「そう?」

「おはようございます。今朝ほど不思議な目覚めは、もう一生ないと思いますわ」


 レヴィン様は微笑んで、悪い目覚めじゃないならいい。と言った。




 ◇◇◇




「わあ、きれいだね」


 テトラが思わず漏らした声に、深く頷く。

 苔や草木が巻き付いてうち捨てられた様相ではあるのに、凛と静かに立つ建造物に私たちは目を見張った。


「ユリアが昔、これを見たことがあるっていうのは本当か?」

「いや、そんな気がしてたんだけど……今思えば夢だったのかな」

「……紛れ込んだのかもしれない。悪意ない子供の冒険心を、結界が少しだけ許した可能性はある」


 レヴィン様はこれを城跡と言っていたけれど、たしかにかつては城だったようだ。


 ところどころ崩れていても荘厳さが損なわれず森の中に美しく佇むそれは、いままでみてきた王城とは比べ物にならないほど簡素だけれど、飾り立てずとも、ここにかつて住んでいた人が敬愛されていたのであろうことは想像に難くなかった。


 好奇心のままにその建物のまわりを歩く。

 そしてその後ろをゆっくりついてくるレヴィン様たちに、私はつぶやいた。


「今もきれいな建物なのに、壁はひどく汚れていますね。蔦で隠れてわかりにくいけれど」


 ふと視線をあげると蔦が幾重にもかさなる隙間から、遺跡の壁面がのぞいていた。

 そこにたくさんの黒ずんだ大きなしみがあるのを見つけて、私は思わず顔をわずかにしかめた。


「血の汚れは消えにくいからね」

「血? この……まさか」


 私がぎょっとして少し後ずさると、私の横へすっと歩み寄ってきたレヴィン様が静かに言った。


「シャーリーン、ルイス、ラッセン、テトラ、オスカー、そしてユリア。僕たち魔物を最も傷つけるのは、一体なんだと思う?」

「……なんでしょう」

「心無き自然と生命の略奪、契約者を奪われること。僕たちにとってこれほど身を割かれるような苦しみはない」


 レヴィン様がぽつりぽつりと、そして淡々と話すので、私は息を飲んだ。


「ここで僕の父は契約者を殺された。他の魔物の契約者や魔物たち自身も、多く殺された。悲しみにくれる魔物たちに追い討ちをかけるように火が放たれ、森は燃えた」

「どういうことですか。誰がそんな……」


 ユリア様が険しい顔で問う。

 そのまま言葉の続きを見出せずにいると、レヴィン様は何も言わずに私たちを見つめた。


 ──────過去に魔物の大量虐殺があったということ?


 そんな歴史、どこにも載ってない。

 そもそも魔物がこの大陸中にいたとか、人と共存していたなんて誰も知らない。


 …………なぜ、知らない?


「まさか、人間があなたたちを傷つけたのですか?」


 ルイスの言葉に、レヴィン様はゆっくりとした瞬きで答える。

 言葉がなくとも、その瞳は饒舌だった。


「……ヒトと二度と関わらぬよう、僕と父はすべての魔物を結界の中に隠した。その結界の一つがここだ」

「レヴィン様。どういうことかわかりませんわ。知っていることを全て教えてください」


 私の声にレヴィン様がゆっくりとまた瞬きをする。


 じっと見つめ返すと、知っても価値のない話だ。と前置きをしてから、レヴィン様はようやくその重い口を開いた。

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