第24話 王の番い


 王城を抜け出した私とユリア様は、こっそりと用意していた馬に乗って件の森へとたどり着いた。


 ただでさえ鬱蒼とした森の中は夜闇の中でいっそうおどろおどろしい雰囲気を醸し出し、不気味なほど静かだった。



 ユリア様が言うには、この森は陛下直属の近衛騎士団でさえ入るのに許可が必要なほど秘匿性があるけれども、その理由は「かつて悪しきものたちの一部が封じられた危険な場所だから」とされているため、そもそも誰も近づこうとしないらしい。


 ……好奇心旺盛な幼い頃とはいえ、そんな場所に単身乗り込んでいたユリア様には感服しきりよね。



 そんなわけで人も通らずジャングル化している森はとてつもなく入り組んでいて、私たちは携えた剣────もちろん私の分は魔法で大幅に強化していたけど────を使って森を切り拓きながら奥へと進んだのだった。



 一時間以上そうやって進んだ後、まだまだ奥へと歩いていると、突然ふっと視界が開けた。


 横にいたユリア様も、その時は自然に歩みを止めて立ち尽くした。

 目の前にはまるで映画のセットのように幻想的な湖が広がっていて、それをみた私とユリア様は同時に息を飲んだ。


「これだ! やっとたどりついた!」


 ユリア様がつぶやき、ふらりと湖岸にむかって歩き出す。

 その後に続いて進み、私は湖の手前で荷物をおろした。


 向こう岸が見えないくらい広い湖だ。


 水の色は暗闇の中でもわかるほど煌めいていて、その色はうっすらと虹色がかっており、浅瀬でさえ中は何も見えない。



 私がその色に魅入られながら見つめていると、ユリア様が言った。


「間違いない。たしかアレはこの向こうにあったんだよ」

「この……湖の向こうにですか?」

「ああ」

「湖面がずいぶん荒れていますね。渡ろうとしたら波にさらわれて溺れそうなほどです」

「うん、湖なのに不思議だね」

「ええ、では、当時はどうやって湖を渡ったのです?」

「………………さて、まったく記憶にないぞ」


 そうして、私とユリア様は二手に分かれ、湖の周りをうろうろしながら向こう岸へいく手段を探すことになった。




 草をかき分けながら水辺にそって歩く。


 それにしてもこの湖、見たことがないはずなのになんだか既視感があるような……。

 私はふと立ち止まってじっと湖を見ながら、ふむ、と考えを巡らす。


 そういえば、すっごくきれいって意味ではあの湖そっくりね。

 きれいすぎて私が思わず落っこちたっていう笑い話がある……そうそう、まさにこんな感じで体が傾いで…………


「「危ないシャーリーン!」」

「へ?」


 瞬間、全てが虹色の水に埋め尽くされて、私は意識を失った。




 ◇◇◇




 はあ……、私ったら、水との相性悪すぎないかしら? 苦しい……息ができ…………


「る?!」


 はっと目を開けると、見慣れたトカゲ姿をしたレヴィン様が視界いっぱいに広がった。


「シャーリーン、また溺れたんだね」

「げほっ、私……レヴィン様が助けてくださったんですか?」

「いいや、彼にお礼を言って」


 彼って誰?


 そう思いながらぽかんとしていると、自分の体が妙に上下に揺れていることに気づく。

 恐る恐る下をみて、私は思わず声をあげた。


「な……っ!? わ、ワニ!」

「失礼な子供だ」

「ワニが……レヴィン様! ワニが喋った!」

「ワニじゃない。立派なドラゴンだ」

「ドラゴン?!?!」


 手をついた下には、レヴィン様の背に乗った時にさわったようなかたくてすべすべした鱗の皮膚があった。


 どう見てもワニなんだけど、そういえば小学校の時にみてた恐竜図鑑にワニっぽい恐竜もいた気がする。

 ってことはやっぱりドラゴンなのかもしれない。


「溺れた私を助けてくださったのですね……ありがとうございます。そうだ、ユリア様は!?」

「安心して、そこで眠っている。それよりも……」

「やあ、シャーリーン。どういうことだか説明してくれると嬉しいな」

「これって夢か? 現実か? おい頼むから俺をぶってくれ、テトラ」

「ドラゴン、ドラゴン、ドラゴン、ドラゴン……」

「なんで俺までこんな目に。まったく」

「いや、説明していただきたいのは私のような気がするのですが……」


 見覚えのありすぎる華やかな面々が何故か一様にびしょ濡れで同じドラゴンの背に乗っているのをみて、私は思わず呟いた。


「……そういえば湖に落ちる直前、ユリア様以外の声を聞いた気がします」

「そうだよ、それはルイスだな。はあ〜、今の俺は人生で一番髪型が決まってないぜ。今日をラートッハの祝日にしてくれよ」

「俺はともかくなんでお前らがここにいるんだよ?」

「そりゃこっちのセリフだよ。俺はオスカーがこそこそ夜中に変な動きをしてたから、何かと思ってついてきただけだ」

「僕は兄様が変だから後をつけてみただけで……」

「テトラ! もう夜中だぞ、成長期なんだからお前はベッドでぬくぬく寝てないといけないってのに……!」

「それを言うなら兄様も成長期なんじゃ?」

「おい、変な動きとはなんだ。俺はただユリアの動きがおかしいから監視のために追跡しただけで……じゃあルイスはテトラの後でもつけてきたのか?」

「いや、僕はちょっとした虫の知らせがあって、シャーリーンがこっそり外出するのを見つけたから、ついてきただけだよ」


 ペカーッ、と光を放つような笑顔で言い切ったルイスに、全員が思わず口を止める。


 なんだかコントのような状況だけど、そんなに私とユリア様の動きってわかりやすかったのかしら……秘密裏に動いていたはずなんだけど?


「しかしまさかシャーリーンが湖に落ちるとは。助けに行ったユリアを助けに俺まで水をかぶることになったんだぞ」

「そのオスカーを助けに俺が」

「その兄様の助けになりたくて僕は」

「僕はもちろん、シャーリーンのために飛び込んだよ」

「そして全員仲良く、溺れたけどね」


 レヴィン様が笑いを含んだいたずらそうな声で言うと、その存在を思い出したかのように全員がぴたりと動きを止める。


 そしていっせいに私の方に目を向けて、言った。


「「「「これはどういうことなんだ?」」」」

「ああ、それはですね」

「う、うう……っ」


 みんなに説明しようとした瞬間、寝ていたユリア様の意識が戻ったのか、下の方から呻き声があがった。


「ユリア様? ユリア様、私ですシャーリーンです。お気づきになりましたか?」

「うっ……ああ、シャーリーン、無事でよかった。湖に飛び込んだはいいものの見つけられなかったからね。怖い思いをしただろうに」

「そんな、ユリア様が助けに来てくださったのが見えました。本当にありがとうございます」

「感動的な演出を壊して悪いが、俺もお前を助けに水に潜ったんだ。もっと兄を慕ってもいいんだぞ」

「は? あれ、なんで兄……いや皆さんが」

「ちょうど良いタイミングで目覚めたね。さあ、ついたよ」

「……え? なに? 今誰が話したの? ところでここはどこ?」


 ユリア様が呆気に取られている様に苦笑しながら、私は湖岸についたワニドラゴンに促されてその背中からおりようとし、ぴたりと動きを止めた。



 瞬きするのも忘れて、目の前に広がる光景を見る。

 そして何度も何度も目をこすった。


 月光の薄灯に照らされたひらけた水辺に、レヴィン様によく似た姿形のさまざまな色のドラゴンや、魔物たちが待っていた。


 レヴィン様がワニのドラゴンからちょんちょんと降りて前へ進む。

 そしてずずず、と大きなドラゴンの姿になって、翼をひろげた。


 ────月明かりと夜の森。湖と漆黒のドラゴン。それにこうべを垂れる魔物たち。

 それはひどく美しく、ぞっとするほど神々しい光景だった。


「王よ、ようこそおいでくださいました」

「ヒトをお連れしたので? 一体どれだけぶりに見ることか……」

「相変わらず小さい頭をしておるの」


 あっちこっちから聞こえる声に私はなかばパニック状態になってレヴィン様の体に触れた。


 そして太い太い木の幹のようなレヴィン様の体にしがみつき、飛び跳ねながら叫ぶ。


「レヴィン様! ドラゴンが……見たことない魔物が、大勢いる!」

「……シャーリーン落ち着いて」

「ねえレヴィン様、夢じゃない?」

「夢じゃないよ」

「え? ゆ……夢じゃないの?」


 私とレヴィン様の横で、自分の腕をつねりながらユリア様が口をあんぐり開けているのを見て、私は思わず笑った。


 ……そりゃそうよね、幻のような存在がこんなにもたくさん生きていることに驚かないはずがない。



 ユリア様や他の面々の表情を見渡す。

 全員が全員、もはや間抜けといえるほどの驚いた表情をして固まっている。


 けれど決してその感情は邪悪な魔物悪しきものたちを見た嫌悪感などではなさそうで、私は胸を撫でおろした。


「シャーリーン・グリーナワと申します」

「僕の契約者だ」

「契約者を持ったというのは本当だったのですね! 生きているうちにまたこんな日がくるとは」

「……ええと、そしてこちらがグアラ王国のユリア姫とオスカー王太子殿下、ラートッハ王国のラッセンとテトラ、そしてルイスです」

「陛下、我々はまたヒトと交わるのですか?」


 陛下というワードに疑問を持ちつつ、そこにいる魔物たちの目線を辿って、レヴィン様を見やる。

 レヴィン様は穏やかな声で言った。


「過去長い長い間、ヒトは例外なく結界ではじかれてきた。でも君たちは……父がつくった結界を自ら越えた」


 魔物たちの間で、ザワザワとざわめきが広がる。

 そのかたわら、相変わらずユリア様たちは、理解が追いついていないという表情でただ突っ立っていた。


「世界の意思が、君たちに見せたがっているのかもしれない」

「何を、ですか?」

「…………城跡に向かおう。皆、歓迎してくれてありがとう」

「いつでも歓迎します、若き王よ」

「王と契約者と友人らがおいでじゃ。今日は宴じゃ」


 魔物や動物たちが陽気な声をあげる。


 森の奥にこんな世界が広がっていたなんて……誰が想像するだろうか?

 私たちはぽかんとしたまま、レヴィン様に導かれるままに、ただ森の奥深くへと歩を進めた。

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