第23話 訓練


「私、この時間が本当に好きです!」


 レヴィン様に聞こえるように大きい声で叫ぶと、レヴィン様が嬉しそうに唸る。


 手のひらに触れるのは漆黒のかたいうろこに覆われた肌、そしてふと後ろを振り返ると、長いしっぽがうねうねと美しい波形を描いていて、それがとても愛おしく感じた。



 魔法の実戦訓練のため、「壁の向こう」へ行くことを提案してくれたのはレヴィン様だった。


 ついにその機会を得た私は、ここのところ毎晩、寝るふりをして部屋に戻り、実際にはレヴィン様と壁の向こうへ出かけてひととおり訓練してから何事もなかったように床につく、という日々を送っている。


 壁の向こうへ行く時は瞬間移動でひとっ飛びだ。

 けれど帰りは、たまにこうして本来の姿────つまりはドラゴンになったレヴィン様の背中に乗って、のんびりとお城まで送ってもらう。



 ふと下に目を向けると、遠く視界にひろがったのは、あちこちでカンテラのやわらかい灯りがついた泣きそうになるほど美しい街並みだった。


 耳をすませると、風にのって夜までにぎやかな街の一角から流れる音楽が聞こえてくる。


 楽器を打ち鳴らし、歌いながら街を歩く人々の小さな影が見えて、なんだかおもちゃの世界にいるようだと思った。



 聞こえてくる音に合わせて私も歌う。

 レヴィン様は何も言わず、ただ悠々と空を泳ぐ。



 しばらく穏やかな夜の時間を楽しんでから、私はまた声を張り上げて言った。


「レヴィン様はこうやって空を飛んで、海のずっと向こうまで行ったことはありますか? こことはまったく違う大陸や国があるのかしら」

「……いや」

「どうして? 私、行ってみたいわ」

「僕も君も、行けないだろう」

「なぜですか?」

「…………今日のメイリンは、いつも以上に厳しかったね」

「え? ああ、そうですね。初めて吹っ飛ばされました」


 メイリンさんは、天使みたいな少年……の見た目をした魔物だ。


 手厳しいことばかり言いながら実は優しい────なんてことはなく、連日連夜ボロ雑巾のように私を虐め、もとい訓練してくれるありがたい師匠でもある。


 ちなみに口癖は「お前バカなの?」「死ぬよりマシだろ」「呆れた石頭だな」……などなど辛辣なものばかりだ。



 魔物というものは、人間より身体能力も知能も高い生き物で、もともと暴力や戦いなんかは厭うらしい。


 だから誰かを傷つけたり苦しめるようなバトルは好んでしないんだけど、知略を尽くしたり能力をうまく使って相手をあっと言わせるとか、そういったは好きで、仲間内でもよくやっているのだそうだ。


 最初は相手にならなさすぎて面白くないと言われていたけれど、効率化と強化の魔法を自分にかけながら身体の使い方や動体視力、瞬発力を徹底的に鍛えだしてからは、少しずつ魔物たちが私を見る目も変わった。


 なにせ、前世の知識のおかげか、私が繰り出す魔法の面白さは、魔物でさえも一目置く魅力に溢れていたのだ。


 今では発想力でどっちがより面白い魔法を編み出せるかとか、相手の裏をかく魔法トラップを何重にも張り巡らせるだとかいう心理戦にももつれ込み、なかなか面白い訓練ができていると思う。


「エレノアさんも、世話焼きで優しいですわよね。対戦中はまったく容赦ないですが……」


 メイリンさんと腐れ縁らしいエレノアさんは、いつも私をズタボロにするメイリンさんに対して手厳しく文句を言う。


 かわいそうじゃない、もっと優しくしてあげなさいよとか、一見慈悲の心に溢れていそうなことを言って、私を庇おうとしてくれるのだ。


 しかし、実際に自分が対戦相手となると、別人かと思うほどのサディスティックなアタッカーへと変貌する。


 「なんでここまで上がって来れないの?」「やっぱりニンゲンよわぁい」「おもしろくないから、もう海に捨てちゃおっかなあ」みたいなゾッとするセリフを、平然と言って私を恐怖におののかせる。


 しかも先日は実際に、海までふっ飛ばされて、私は溺れさせられた。

 本気で死ぬかと思うのは、いつもエレノアさんとの訓練の時なのだ……。

 

「あっ、レヴィン様。今日は長い夜になりますよ。かわりに明日は日中、ずーっと部屋で寝ましょうね」


 私が言うと、レヴィン様は少し呆れたような音で唸った。




 ◇◇◇




「さあシャーリーン、こっちへ。行こう」


 夜も深まった頃、いつもなら誰も近寄らない私の部屋の扉が静かにたたかれた。


「ユリア様。私、興奮しすぎて震えていますわ」

「実を言うと私もだよ。人目を盗んですることって、楽しいよね」


 少し前のこと、私とユリア様はある約束をした。

 それは、昔ユリア様が見た遺跡らしきものに二人で訪れてみよう、という子供じみた冒険話だったのだけど、私たちは着実にその計画を実行へと進めていたのだった。



 ユリア様はもちろん、これまでにも何度か幼い頃の記憶を辿り、そこに行ってみようとしたことがあるらしい。


 けれど深い森だからこそあまり進みすぎると道に迷って帰れなくなる危険が高く、結局冒険しきれたことはなかったそうだ。


 しかし今回、そんなユリア様にはなんともちょうどよく二つの好機が訪れた。

 一つは冒険の仲間となる私の登場、そしてもう一つは羅針盤の登場だ。



 リゾートアイランドの開発にあたり私がアイデアを出してつくられた羅針盤は、いまや島の中だけでなく外国でも知られる発明品となったらしい。


 羅針盤のおかげで深い森でも道を辿ることができるようになったことで、ユリア様も今回の探索を決行することに決めたそうだ。



 ちなみにその時にユリア様が言ってたけど、羅針盤はグアラ王国をこえてアーシラ王国まで流通していて、なんとこの羅針盤のおかげでアーシラの航海術も著しく向上しそう……なのだとか。


 ……海外の国々とあいまみえる時も、そう遠くないのかもしれないわね。



「いいかい、物音をたてず、とにかく静かに私についてくるんだ。一歩も離れずに」


 今夜はいったん、その遺跡がある場所までいくための手がかりをつかんで、その手がかりをもってまた城で緻密に計画や作戦を立て、そうしてようやく本格的に後日遺跡へと挑むという算段だ。


「今日はとにかく、あの場所がどのあたりだったのかを特定できれば御の字だ。無理せず行こう。いいね」

「ええ、もちろんです隊長!」


 私がひそひそ声で言うと、ユリア様は暗闇の中でもハッとするような、極上に男前な笑みを浮かべたのだった。

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