第15話 船上①
「おかえりルイス。はじめての船旅には良すぎるほどの船ですね」
「君にはもっといい船室を用意したかったんだけど。正体を知られたくないし……」
割り当てられた船室で一人のんびり荷解きしていると、船の中を見てくる、と出て行っていたルイスが戻ってきた。
船室といっても、もともと人のために作られているわけではないようで、狭い荷物置き場に雑魚寝するような形だ。
……まあこの船は貨物を載せた貿易船だし、人は貨物の埋まっていない場所を間借りして安めに航行できるオマケみたいなものだからね。
それでも前世で住んでたいくつかの家より快適だから、ルイスも気にする必要ないんだけど。
「ノーツ港は食べ物がおいしかったから名残惜しいけど、グアラ王国の料理も期待できると思うよ」
ルイスの言葉をきいて私はしんみりしながら頷く。
ノーツ港に来てから、思い返せば半年以上の月日が流れていた。
そして今日、私たちは馴染んだノーツ港を去り次の旅先に向かう。
数ヶ月に渡って滞在した街を離れるのはとても寂しかったけれど、島や会社の運営も安定し実務は現地の従業員たちに任せられるようになってきた今、ここに私たちがとどまり続ける必要も最早なくなってしまったのだ。
「なあ、本当〜にいいのか? いくらシャーリーンだからって、一応貴族の女の子だぞ。男三人と船で雑魚寝なんて……世間に知られたら結婚相手がいなくなって」
「心配いらない、僕が責任を取るから」
「この船しかなかったから仕方ないけど、シャーリーンちゃんは心配だよね……気になることがあったらすぐ言ってね。僕たち配慮するから」
「ええ、ありがとう。信頼しているから大丈夫よ。それに全員こうして平民のふりをして乗っているわけですし、ラッセンさんが吹聴しなければ私の不祥事は誰にも知られることはないかと」
私が目をやると、ラッセンさんはおお、こわいこわい。とおどけて言いながら荷解きに取り掛かり始めた。
リゾートアイランド計画を一緒に実現したラッセンとテトラは、王都に住む三大公爵家のひとつ、キャリック公爵家の息子たちだ。
にもかかわらず、シャーリーン島の開発運営のために彼らは私たちと一緒になって長い間ノーツ港に滞在してくれていた。
一度、「親たちから帰って来いと言われないんですか?」と尋ねたことがあるけれど、「帰るか帰らないかは俺たちが決める」という回答だったのでまあ……よかったのだろう。
ルイスとノーツ港を去って次の旅先に向かうことを決めた後、世話になったキャリック兄弟に真っ先にその旨とこれまでの感謝を伝えたら、二人は真顔で頷いた。
「いつ出るんだ?」
「来週には船で出ようかと」
「わかった、じゃあ俺たちも準備しなきゃな!」
「はあ……え?」
というわけで、なんやかんやと旅はまたこの四人で続けることになったのだった。
「いや〜海はいいな。最近は物騒だっていうけど、こんなに天気がいいととてもじゃないけど平和にしか見えないよな」
「物騒ってなんの話ですか?」
「ああ、ちょっと前から、グアラとラートッハの間を航海する船が立て続けに何隻も襲撃にあってるんだと」
「金品だけじゃなく、乗客や乗組員も犠牲になっているんだって。そのせいで客船がほとんど就航休止しちゃって……。貨物船もだいぶ減ってるみたいで」
そう言って、テトラが悲しそうな顔をする。
それを見たルイスとラッセンさんが深刻な表情で押し黙った中で、私は眉を寄せた。
「私たちも陸路で行った方が良かったのでは?」
「そうしたかったんだけど、航路が閉ざされているせいで陸の物流網が混乱していてね。知っての通り、東側、隣国であるグアラとの国境にはノイシュタイン森があって、陸路交通はそもそも困難だし」
「まあお前なら力づくで……いや、でも今は本当に差し迫って必要な人だけが使うべきだしな」
「……グアラ王国の首都にヤボ用があってね。ちょうどこの貨物船が首都まで行くっていうから、交渉して船室を間借りして、渡航することになったんだ」
「オスカーにヤボ用だなんて言ったら、すさまじく拗ねるだろうな。絶対本人には言うなよ」
「オスカーというのは? お二人共通の友達なのですか?」
「グアラ王国にいる変な男だよ。シャーリーンは名前を覚える必要もないからね」
「ひどすぎて笑えるんだが」
楽しそうに話すルイスとラッセンさん、それをくすくす笑いながら横で見ているテトラを視界に入れながら、私はグアラ王国というワードをつい最近聞いた時のことを思い出していた。
以前、私が名前を呼んだら即座にその場に現れるということを知って以来、ちょこちょこ部屋で話す機会のあったレヴィン様に、次の旅行先はグアラ王国になると話した時のことだ。
「グアラか。昔は僕も、よく訪れた」
「あら。グアラで何をされてたのですか?」
「僕の父が契約した魔法使いが住んでいたのがグアラ王国で、その仲間たちとよく遊んだりしてた」
「グアラ王国に魔法使いですか?」
「当時は大陸のあちこちに魔法使いがいたから」
「へえ……。では、なぜ今ではラートッハにしか魔法使いは生まれないのでしょう?」
レヴィン様はうっそりと笑うだけで何も言わない。
増えていく謎に嘆息してから、私は言った。
「これまで何度か話してきましたが、やっぱりレヴィン様が本に記されているような恐ろしい魔物と同じとは、とても思えませんね」
レヴィン様に会えば、みんな認識を改めてくれないかしら?
私がおどけて言うと、レヴィン様は深いあおの瞳をこちらに向けた。
「シャーリーン。大多数の人がもつ共通認識は、えてして真実にも勝る」
悲しげに揺れる瞳に魅入られそうになっていると、レヴィン様が言った。
「魔物は邪悪で恐ろしく、人に害なすもの。それが今の世では、真実よりも重みのあることなんだよ」
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