第14話 リゾートアイランド
大陸初となる貴族向けのリゾート計画は、思った以上にはやく軌道にのった。
無事に島を競り落とした翌日には現地調査と工事計画が組まれ、その過程で島に温泉がわくポイントがあることまで見つかり、私はプロジェクトのあいだ終始大興奮だった。
そうして施設をオープンしてから一か月、すでに貴族の間では類を見ない話題のスポットとなり、島は「新時代の美と食の楽園」として話題を掻っ攫った。
コンセプトもこの世界では目新しいものだったようだけど、なによりすごかったのはラッセンさんの人脈だ。
女たらし人たらしの色男、と社交界で噂されていたというだけのことはあり、オープンと同時に多くの貴族の奥様やご令嬢がたがやってきて、満足して帰ってから王都で体験を話題にする。
自然と口コミは広がり、貴族の女性で島に行ったかどうか、どれほど行っているかはもはやステータスになりつつあった。
リゾートでは、そもそも入浴の概念がなかったこの世界に温泉を利用した入浴文化を取り入れたほか、独自開発の化粧品やバスグッズなど、美に関する発明品を続々リリースして販売した。
この世界の貴族の中では、昔のヨーロッパで行われていたようなことがまだまかり通っている。
肌を白く見せるために鉛入りのクリームを使うだとか、不健康そうな方が上品だから食事をまったくとらないとか、血を抜いて貧血になることで肌の色をより青白く見せようとするだとか……、そういうことだ。
野菜を食べないのもそうだけど、本当にこういう常識にほとほと嫌気がさしていたこともあって、私はこの島から美容常識を転換する取り組みに相当力を入れた。
美に関する新たな価値観を打ち出すことは賭けでもあったけど、仲間たちのおかげで軌道に乗り、市中で新たなブームを巻き起こしていると聞いて胸を撫で下ろす思いだ。
ちなみに化粧品だけじゃなく、今後は美を軸にしてサロン事業も展開する方向で動くらしい。
他に私が注力したのは、食事とアクティビティ部門だ。
島内で提供する料理は四人で試作と試食を繰り返して決めた。
私は前世の知識を振り絞ってこの大陸にはないエスニックフードのレシピを提案し、これも思いのほか好評で、採用された。
そしてアクティビティ。
島の北半分は深い森になっていて、その奥には美しい湖がある。
見た瞬間感嘆の叫び声をあげた私は、その湖畔で楽しめるアフタヌーンティーの案をすぐさま用意したわけなんだけど……ひとつ問題があった。
その名も森、深すぎて迷う問題。
昼間はもちろん、夜でも森は鬱蒼としてるから星が見えないとか、立て看板がどうのこうの、これじゃ誰も湖畔にたどり着けないからやる意味ないのでは、などと言うみんなを見て、私は何気なく「羅針盤使ってもらうのはどう?」といった。
「……羅針盤て、なんだ?」
「え? あ、方位磁石ですよ」
「方位磁石ってなんだ?」
しばらく無言でラッセンさんと見つめあいながら、その時私はそういえば前にお父様が「アーシラも星見の教育が大変で、航海がなかなか進まない」みたいな話をしてたっけ、と思い出した。
そう、この世界にはまだ羅針盤がなかったのだ。
仕組みを話すとすぐさま、ルイスが謎の学者集団を連れてきて話はトントン拍子に進み、完成品を試した時はみんなして諸手を挙げて喜び、感激していた。
……そういえば前世では、羅針盤が生み出された後に大航海時代が始まったのよね。
これから大きな時代の波が来るのかもしれない────そんな予感がして、私は胸が高鳴ったのだった。
そうそう、アクティビティの話だったわ。
結局、貴族女性が羅針盤を使って森の中へ行き、アフタヌーンティーを食べて帰ってくるというのを私は想定していたけど、ラッセンさんはそれに賛同しなかった。
そして、ターゲットを貴族の子女に変えて、彼らのランチ&遊びスポットにしたのだ。
「貴族女性はスリルや冒険なんて求めないだろ。羅針盤で行き帰りなんて面倒なだけだ……でも子供は違うかもな」
こうして、最初は女性の楽園として口コミが広がっていたものの、今はもともと目論んでいた通り、家族で避暑地として予約してくれる貴族も増えているらしい。
◇◇◇
「シャーリーンってさ、なんでルイスと一緒に放浪してんだ?」
ある日、島で新たなアイデア出しの会議をしている最中、たまたま二人きりになった時にラッセンさんが言った。
「……生まれた時に敷かれていた道ではない道を、探したいんです。ルイスが背中を押してくれたから、一緒にいる……んだと思います」
「普通の家門の貴族令嬢なら、家で刺繍してパーティーしてれば幸せに暮らせただろうに……おっと、今のは失言だった、すまん」
「いいえ。けれど、こうして家を出たから気づけたこともあります。この国は、まだまだよくなる余地が多くあるってこととか」
ラートッハは平和だ。
争いはなく、誰かが戦場に赴くこともなければ飢えによって野たれ死ぬ人も多くない。
だけど、それだけだ。
百年以上もの間、国民の生活は何一つ変わっていない。
魔法使いが支配し、国民は教育の機会を与えられず、魔道具以外は何も発展しない。
病だって、原因を知りさえすれば防げるものがあるはずなのに、なんの対策もされていない。
薬だってこの世界には存在しない。
王族によって────正確には王族が管理する光魔法使いによって────魔法がこめられた魔法石が薬として流通していて、みんなそれに頼っているけれど、高価なので買えずに命を落とす者も多いのだ。
「……そういえば今度、国王陛下が島に視察に来たいんだとさ」
「視察? 国として上下水道の整備事業をしてくれないかって話、検討してくれそうってことですか?」
「ハハハ、驚くなよ。なんともう検討済で、我が社と独占契約で公共事業として全国的に上下水道を敷設していくことには合意してくれた。今回のは視察という名のただのバカンスさ」
私が声をあげて思わずラッセンさんにガバッと抱きつくと、ラッセンさんは鼻の下をかきながら言った。
「いやあ、シャーリーンはすごいな。水道の設計工事会社を設立して技術を管理してくれって言われた時は変な女だと思ったけど」
「時間がかかっても、国の公共事業になるはずだという確信があったので。おかげで、向こう何年も収益が見込める安定したビジネスになりましたね」
「お前は天才だよ」
ラッセンさんが心から賛辞を送ってくれているのに嬉しくなった私は、ニンマリと笑って言った。
「まあ、お父様の力添えがあったのも大きいですから」
「ああ。グリーナワ公爵領も、上下水道の敷設が始まってから領民が増えてるって聞いたよ」
「ええ、住みやすくなったようですし、何よりこの画期的で民思いの事業に投資してくれるいい領主がいるからと……おかげで納税額も増えているそうです」
「あとは王宮との交渉に、俺とルイスとテトラが活躍したことをお忘れなく、シャーリーン様?」
「ええ、感謝しています」
女だからこそ、そして陛下に目を付けられているグリーナワ公爵家の娘だからこそ。
それがいかなる能力だとしても、外部に悟られてはならない。
だからこの島の管理や運営・新商品の開発などの全てはルイスとラッセンさんとテトラの三人が中心となって行っていることになっているし、工事会社も彼らの会社ということに表向きはしているのだ。
もちろん会社の所有権や収益は私にもあるので、これはいずれ意味のある財産になってくれる……と信じているけど。
「お前ならできると思うよ。誰かにもともと決められてない生き方、ってやつをさ」
ラッセンさんが真剣な顔で言い、私ははにかんだのだった。
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